第20話
午後から義佳の案内で、園路の街に案内して貰うと、春蘭は飾り物屋で冠の一種の装飾品を買った。
本来は宮中では妃しか正装で付けない装飾品の一つだが、豪華なものではなく、銀でも金でもない、塗り物の安価な花を模した飾りの付いた細い物にした。
店を出ると、包装して貰った冠を大事そうに抱えて引き返す春蘭に義佳が微笑む。
「それ、似合いそうですね」
義佳がニコニコ他意のない笑いを浮かべる中、春蘭は不機嫌そうに義兄を見上げた。
「私が付けるわけじゃない、これは清良の妹にやるのだ」
「は?花梨に、で御座いますか?」
清良もどういう風の吹き回しだ?と驚いた顔をする。
春蘭は申し訳なさそうに、目を反らすと、折角お気に入りだ、と仕立てて貰った女官服を駄目にしたお詫びだ、と呟く。
「あ、あの衣装、花梨の私物だったんですか?」
玉露も驚愕しながらドロドロに汚れた衣装を思い出す。
淡い桃色の裾が赤く若い娘が着るその色が、とても黒髪の春蘭に似合っていたが、あれは花梨の、と清良も思い出す。
後宮に上がる前、父と母が花梨に似合う様に仕立てた特注品だったはずだ。
「如何にか詫びねばならぬだろ、縁家の父上と母上にお前から私が謝っていた、と伝えてくれないか?」
清良を見上げれば何か考える素振りをしたが、了解しました、と無表情で頷く様子に春蘭はホッとした。
その瞬間、玉露が、なりません!と喚いた。
「縁先輩は、花梨を陛下の側室にしたいんだろ!俺、知ってるんだから!」
「玉露、お前何言ってんだ?清良さんがそんなこと画策するわけねぇだろ」
兢が慌てて玉露の口を手で塞ぐと、春蘭はまぁまぁ、と苦笑する。
「清良、すまないな、お前も両親に無理矢理やらされてることくらい私は分かってるんだ。だからお前を責めたりはしないよ、でもね、花梨を嫁にはしてやれない」
静かにそう言うと、玉露を捕まえて清良に差し出した。
「玉露がな、花梨を嫁に欲しいそうだ。悪くない話だと思うぞ、李家は世襲宰相家。実質王家の次の名家だ、こいつは字は下手だが劉宝の次の宰相に私はなると思うよ」
玉露が驚いた顔で、春蘭を振り向くと、俺、宰相になるの?と口をパクパクさせた。
兢が、おい、と眉を寄せる。
「陛下がそう仰るなら、そうなのでしょうな。その為には玉露には死ぬ気で勉強して手習いさせましょう、字の下手くそな宰相閣下には私の妹はやりたくないですね」
「下手、下手言わないで下さい、練習してるんだから!」
ジタバタ暴れる玉露に、義佳が確かに帳簿の文字酷かったな、と苦笑すると、君、いくつなの?と首をかしげる。
「十二歳だ!」
「この子、学問所の生徒ではないんですか?」
義佳の疑問は確かに玉露の年齢からしたら極自然で、春蘭も苦笑してしまう。
「今年の春の科挙試験、一位で合格してるんだよ、で、今は私の書記官見習いなんだけどねぇ…」
「絡繰文字の天才ではあるわな」
兢がクスクス笑う。
玉露はぐうの音も出なかった。
正直、清良は正規の書記官だけあってさすがに綺麗なお手本のような文字を書くし、瑠記は美しく流れるような達筆で読みやすいと評判だし、書記官ではないけど兢もそれなりに癖があるが字は綺麗だ。
春蘭に至っては語るに然り。粒の揃った可愛らしい文字だがこちらも読みやすく大変好評だ。
そんな中で、玉露だけが年相応の歪な文字を必死に手習いしてる日々。
同い年の子供ばかりの軍部では腕は一番なはずなのに。
人間誰しも欠点はあるはずである。
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