第19話

「そんなまさか!陛下が閲覧確認する速度は常人のそれとは訳が違いますよ、結隊長の三倍速ですね」


「悪かったな、頭悪くて…」


兢がムッとしながら花の束を荷台に運んで行く。

清良が荷台の数と出荷する花の種類を帳簿に書いていく。

春蘭は清良の隣に行くと帳簿を覗き込んだ。


「…品質の割に数が少ないな、原価も高い」


「夏場は花が持ちません、活きのいいものは高くしませんと商売にならないのです」


春蘭が見上げた先に、はい、お嬢さん、こちらの服で大丈夫ですか?と、高級とは言わないが一般庶民よりは上質な質感の淡い青色の官服を手渡された。


「ありがとう、事務所借りる」


春蘭が、急いで会計事務所に入るのを確認すると、義佳が清良に、あの子、彼女?と微笑む。

清良は、え、あ、有り得ない!と奇声をあげた。


「そうなの?お似合いなのにな」


「義佳殿、あの人は男の方ですよ」


背後にいた玉露がじとー、と二人を見上げる。

義佳は目を瞬くと、まさかぁ、あんなに可愛いんだから女の子でしょ、と笑い飛ばす。

お似合い、と言われた清良は真っ赤になりながら帳簿を確認する。

出荷値と利益に差がほとんどない。

この利益で種を買い育てて又売るのか…、ほぼ賃金なしと大差がない。

慣れなのかここの稼ぎで満足なのか、ギリギリ食べていくだけの生活を強いられているのか?

それをチラ見しただけで見抜いたのはやはりあの方、凄い、と事務所を振り返る。

ちょうど着替えて髪から髪飾りを取った春蘭が出てきた。


「うーん、やはりこちらの方が動きやすいなー、肩凝ったわ」


「化粧落とせよ、女形みたいだぞ」


伸びをしながら肩を回すと駆け寄ってくる春蘭をべし、と兢に頭を叩かれながら厠に連行されて行く。

あの二人はどのような関係で?と義佳がひきつり笑いを浮かべた。


「お姫様と従者ってところですかねぇ…でも無二の親友みたいな不思議な関係ですね」


玉露の声に、清良もクスクス笑う。

国王と側近、でも実際あれほどお互い信頼し合って仲が良いと周りは関係性を疑いそうだ。

厠から戻ってきた春蘭は何食わぬ顔で、寄ってくる。

それを兢が、追いかけてくる。


「ほら、袖と裾折っておけよ、借り物なんだから」


「面倒くさいなー、兢がして」


サイズの合ってない服にぐずる春蘭を呆れたように世話しながら、みんなの視線に気づくと、兢が春蘭から離れた。

お前のせいで変な目で見られたじゃねぇか、と背中を叩かれた春蘭は、何を気にしてるんだ、と唸る。

そもそもお前は私の側近だろうに、と口を尖らせると、こんな時ばかり正論吐いてるんじゃねぇよ、と頬を摘まれる。


「何をごちゃごちゃされてるんですか、取り敢えず帳簿に不正はありませんし、労務状況も比較的良いかと存じますが」


間に割って入った清良に止められながら報告を受ければ、春蘭は出荷作業の終わった作業工場を見渡した。

職人達が荷台を押して街の小売問屋に引き渡している。

積んだ花は、それぞれ束のまま水の入った容器に入れられ馬の引く大型の荷台に移されて行く様子を目にした。

錦雲が、小売問屋に伝票を渡し、現金を受け取ると義佳の元へやって来た。


「楊殿、本日の売り上げだ。職人達に分配頼みます」


「畏まりました、こちらの方々には?」


春蘭が、いい、いい、私達は見習いだし、と苦笑すると、では、と義佳が懐から包みを出すと春蘭に手渡した。


「何だ?」


兢が横から手を出して包みを開くと、沢山の黒い種が出てきた。


「風船葛と朝鮮朝顔です。来年春に撒いてください、夏に棚を這わせますと日除けになりますよ」


にこり、と笑う義佳に、春蘭は満面の笑みを向けた。


「ありがとう、庭で世話するよ」


「咲が、ですか」


玉露の声に振り向くと、喜びそうな土産だろ、と笑顔を向ける。

相変わらず庭弄り好きだな、お妃ちゃんは、と兢が苦笑し、でも来年の春ですよね?稚児が生まれませんか?と清良が首をかしげる。

その様子を見ながら、義佳が錦雲に、この方達は?と耳打ちする。

錦雲が、国王陛下とその側近達だよ、可愛らしい御子ばかりだ、と笑みをこぼす。


「ええ?国王陛下?!」


義佳が素っ頓狂な奇声をあげると、春蘭が、はーい、と生返事で手を挙げた。


「楊 義佳、楊 法益の従兄弟と聞いた。本日より私の傘下に入ってもらう。代わりの役人は宰相の李 劉宝が派遣してくるからそれまでに旅支度頼むぞ」


びし、と義佳を指差す春蘭に、ドンマイです、義佳さん、と兢が苦笑しながら会釈する。

玉露と清良もよろしくお願いします、と頭を下げた。

錦雲は、苦笑しながら、良い人材ですから手放したくないのですが、とごねたが、春蘭は許せ、次の役人も絶対役立つ者にするから、と錦雲の肩を叩いた。

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