第17話
視察は、現場には事前に知らせずに行う。
春蘭、兢、清良、玉露の四人で、錦雲の案内で園路の工場に向かう。
出荷の手伝いをしながら、不正がないか伝票を調査するのが目的だ。
仕事ぶりに始まり、出納の確実性、見合った原価か清良の指示で玉露が帳簿に書き込んでいく。
兢がテキパキと花の束を縄で縛って行く様子を、錦雲に見習いだ、と紹介されたせいか職人達が器用なもんだな、と感心した。
春蘭は、離れた小屋で花を切り揃える作業を手伝う中年の女性達に混じって、手取り足取り教わりながら不器用な手付きで頑張っていた。
それを見ていた職人達が、あの別嬪、どこの子?あんなの嫁にしたいよな、とウキウキしていると、堅物鉄面皮の清良が、あの方は領主詠月様の親戚筋だ、と明かす。
兢が、そんで俺の物だから手出すなよ、と釘を刺した。
なんだよ、男知ってるのか、生娘じゃねぇのかよー、と大笑い。
「あんたの噂で持ちきりね」
「ああ、すまぬ、きっと仕事が遅いとか下手くそとか?」
春蘭は、上手く切り揃えられないのか男たちの話など耳に入らぬ様子で、もたもた仕事をするだけで精一杯。
隣で指導してくれている比較的若い女性の言葉に、申し訳なさしかなかった。
「違う、違う、あんたが綺麗だからあいつら嫁にしたいって」
「はは、そうか。誰がいいかおすすめ教えてくれ」
春蘭は、面白そうにその女性に目を向けた。
じっくり見てはいなかったが、よく見れば素朴な中に一輪の花の咲いたような可愛らしさのある彼女、幾らか年上のでもまだ若い娘だと気がつく。
「あの、大人しそうな義佳なんてどう?まだ若いけど仕事は出来るわよ」
娘の指差す方を見れば、玉露に帳簿の付け方を教えている青年が見えた。
実直そうなきちんとした服装で、会計担当の下役の息子らしい。
「ふーん、君、ああいうのが好みか」
春蘭は、くす、と笑うと仕事場に戻る。
きっとこの娘が好いている相手なのだろう、顔を赤らめて違うってば!と照れる彼女が微笑ましい。
「私の友人も相当仕事は出来るよ、あの小さい子、あの歳で科挙に受かっているから」
「は?あの子?まだ子供じゃない!?」
彼女が驚愕するのは無理もない。
大の大人が受けても官吏になるのは難易度が高く難しい。
春蘭と兢は受けてはいないが同じ程度の知識を、散々劉宝に叩き込まれたお陰で何とか政務に付けている有様だ。
「李 玉露。世襲宰相、李 劉宝の弟だよ」
「え…そんな上役、どうしてここに?」
小屋にいた中年の女性達も一斉に、小屋から出て玉露を一目見ようと群がり出す。
小屋に娘と自分しかいないのを確認すると、春蘭は娘に目を向けた。
「私の書記官だからね、字の練習兼ねて連れてきた。あ、私は国王の渉 春蘭。あれらは全部私の部下だ」
はぁああああ?!と叫ぶ彼女に、春蘭は口元に人差し指を立てて、し、っと強い眼差しを向ける。
二人だけの秘密にしてくれ、と笑顔を向けると、わ、分かったわよ、と言いながら娘が仕事に戻る。
「で、何で女装してるんですか」
「視察だってばれずに現場見たいから」
こそこそ娘に目配せで耳打ちすると、近いわよ、と睨まれた。
詠月様とは本当はどういう関係なのよ、と耳打ち返しをされる。
「叔母上。私の父の妹だ」
「萩 提安陛下の息子さん?本当に?」
目を瞬く彼女に春蘭は苦笑する。
臣民は殆ど春蘭の本名を知らない。
父の名は一昨年前の戦乱で各地に知れ渡ったが、次の国王が実の子である事も、その子がどんな人物かも庶民には伝わっていないのである。
「悪かったね、似てなくて。私は母上にそっくりなんだそうだ」
幼き頃に病死した母が今ではどのような姿であったか、春蘭もおぼろげながらにしか思い出せない。
白髪の父の家系とは違う黒髪の自分が、王家に生まれて暫く母と自分は父が違うのではないか、不貞の子、と呼ばれ、祖父や祖母から散々忌み嫌われた時期もあった、と劉宝に聞いたこともある。
でも紛れもなく貴方は陛下の息子さんです、自信を持ちなさい、と叱咤激励されて生きてきた。
「…他の人は?時にあの茶色の髪のかっこいい人」
「…やっぱり気になる?かっこいい?」
急にしゅん、とした春蘭に娘は首をかしげる。
公然と、春蘭は自分の物宣言している物好き男に、春蘭は溜息しか出ない。
あいつは出会った時から私を自分の姫だという。
頭おかしいんじゃないか、と呆れるしかなかった。
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