疑惑の花弁
第13話
翌日、朝日とともに兢が目覚めると、部屋には春蘭と玉露だけで清良がいなかった。
「春蘭、朝だぞ、起きろ」
俯せて死んだように眠る青白い頬を軽く叩く。
おいおい、本当に男か?と疑いたくなるような艶やかな肌触りに兢は自分の手を凝視した。
「ん…まだ早いよ…」
寝返りを打ちながら、薄っすら目を開ける仕草に、どきり、と心臓が高鳴った。
目のやり場に困るわ、こいつ、と頬を掻きながら春蘭の寝台に腰掛けると、隣の寝台に眠っていたはずの玉露が、んー、と伸びをした。
「おはよう、玉露!よく寝れた?」
「ん…母上の声じゃない声で起きるの久しぶり…」
ぼー、っとした顔で体を起こす玉露の動作を見ながら、まだ十二歳だもんな、母親が恋しいか、と兢も苦笑する。
出がけに自分も離宮の母に会いに行った。
気を付けてね、元気で帰るのよ、無理はしないで、と念を押された。
精神を病んで一年、衰弱し痩せた母に心配させてはいけないのは分かっていた。
それでも、母より俺には守りたい人がいる、と未だ寝台にへばり付く春蘭を振り返る。
「結隊長の母上は今どちらに?」
「離宮で静養中だ。旅に出る前に会ってきたよ、すげー心配してた」
うちもです、母上が泣いてしがみついてきて兄上が宥めて説得してくれなかったら俺、同行出来ませんでした、と困ったように玉露が笑う。
十二の子供を長旅に出す勇気に天晴れ、然り、内心切ないだろうな、と兢は苦笑する。
「親というのは、何が無くても心配する生き物なんだよ、私なんて昨年の初陣時、父上が危ないからって駄々こねて凄かったからな」
横になったまま、春蘭ははっきりした声でそう言うとため息を漏らす。
「そりゃそうだよ、危険の少ない今回とは訳が違う、戦争だぞ?」
「危なかったのはお前で私は危険な思いはしなかったけどな」
クスクス笑う春蘭に、いい加減起きろよ、今日は出荷作業見学するんだろ、と兢は春蘭を抱き起こす。
「私には心配してくれる親はいないから気が楽だ。どこで死んでも悲しむ人はいないだろう」
ふぁ、と欠伸をしながら平然と春蘭が言う言葉に兢は唖然とした。
玉露が目を見開いた。一気に眠気が吹き飛ぶ。
「少なくとも俺は悲しいよ、お前が死んだら俺も死ぬからな」
「はいはい、お前、それ、口癖だね」
カラカラと笑いながら、冗談だよー、玉露、と笑顔を向ける春蘭に、本当は本気じゃないのか、と玉露は疑いの視線を向ける。
「結隊長が陛下を大好きなのはよく分かりました…」
「お前だって春蘭好きだろ、大好き大好きって顔に書いてあるけど?」
ありがと、二人とも、と春蘭は苦笑すると、着替え始める。
仕事じゃないんだからもう少し寝ていたかったな、と嫌々髪を掻き上げた。
伸びたなー、いっそ切ってしまおうか、と荷物から小刀を取り出すと、兢が慌ててそれを取り上げる。
「何する気だよ?!」
「え?髪を切ろうかなって…暑いし長くなりすぎてまとめ難いから…」
兢は、無言で春蘭の髪をバッサリ切り落とした。
肩の辺りで綺麗に真っ直ぐ切り揃えると、こんなもんか、と納得して小刀を鞘に収めた。
玉露が、ああああ、勿体無い!、と叫ぶ。
その声に、他の部屋から何事か、と一行が顔を出した。
「陛下…髪が…」
花梨がわなわなしながら口を押さえると、後ろから入ってきた咲が、一瞬驚くも目を輝かせた。
「陛下、可愛いー」
ぎゅー、と春蘭に抱きついてくる。
似合う似合う、女の子みたい、とはしゃぐ咲に、春蘭は苦笑を浮かべた。
「これじゃ唯ちゃんとお揃いだよ」
「いいんだよ、お前、昔からその髪型が一番似合うからな」
兢は、ニンマリ笑うと、初めて会った時の春蘭を思い出し吹き出した。
春蘭は、鏡を荷物から出すと、まぁ、似合ってるのかな、これ…、と首を傾げた。
咲が楽しそうに春蘭の髪を結っていく。
髪飾りを付けられて、男だか女だか分からない見た目にされたところで、詠月が朝御飯の用意ができましたよ、と呼びに来た。
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