第6話

食事を終えると、咲が春蘭の側に寄ってきた。


「陛下…、お一人で眠れます?」


「まぁ、多分平気だよ」


泥のように眠り込むのは、いつものこと、と春蘭は気にも留めてなかったが、咲がキュ、ッと春蘭の袖を握ってくると、私は寂しいです、と呟く様子に、ハッとした。

くす、と笑うと、眠るまで二人で散歩しようか、とこっそり咲と屋敷を抜け出すことにした。

抜け出すといっても、敷地を出るわけではない。

詠月の育てた花園を回るだけだ。

夜陰に紛れてこっそりと…。

可愛い妃の我儘位聞けなくてどうする、とつい頬が緩んでしまう。


「陛下、お星様です、綺麗ですねぇ…」


真っ暗な空に散りばめられた星を見ながら、春蘭は昔李宰相に習ったことを思い出した。

星とは、彼らが消滅する際、最後の輝きを我らに見せているのだ、と。

人の一生と同じで星にも寿命があるのだと、教えてもらった。

居眠りばかりで怒鳴られてばかりいたが、意外と覚えているもんだな、と自画自賛しそうになる。

二人で夜空を眺めて手を繋いで、一時の幸せと感じる咲と春蘭を屋敷の屋上から清良は、難しい顔で見下ろしていた。


「お兄様?お話とは…?」


湯屋の道具を手に、慌ててきたらしい花梨に清良は振り返る。


「お前、自分の任務を忘れてないか?誰があの小さい方と仲良くしろと言った?」


清良の低い声に、花梨は屋上から花園を歩く春蘭と咲に目を移す。

仲睦まじく楽しそうに微笑みあう二人の邪魔はしたくなかった。

花梨は、縁家の娘。

当然、お妃候補に上がった人物である。

歳は咲と同じ十三歳。

正妃になるのは、嫡男を生んだ生母である。

つまりはいずれは妃の一人として後宮に入るのだ、と小さな時から教育されてきた。

輿入れは咲が先でもただの下女の一人扱いで終わるつもりでいるな、と兄が言っているのは分かっていた。


「でも…お妃様と陛下は本当に仲良しです…」


「でも、お前、陛下、好きだろ?ずっと目で追ってる、気付いてないと思ったか?」


花梨は、勢いよく清良を振り返る。

健闘してくれ、と笑顔を見せて清良は花梨の肩を叩くと先に階段を降りていく。

その様子を扉の陰に隠れていた唯が、へぇ、と納得したように見ていた。

あの子を同行させたのは、そういう経緯か、と納得すると、阻止するのはきっと私の役目よね、と笑う。

唯にとって、春蘭は夫の命の恩人。

命懸けで夫が守りたい人。

ならば、私も春君の幸せが一番大事、と扉から顔を出すと、泣き出しそうな顔で庭を見下ろす花梨の肩を叩く。


「花梨ちゃん、お風呂いこー?誰かいるの?」


「あ、唯様。陛下とお妃様ですよ、仲良しですよね」


花梨が、取って付けたような笑顔で振り向く。

唯は、庭先に向かって手を振った。


「春君、お妃ちゃん、先にお風呂いくねー?冷えないうちに入りなよー?」


「唯ちゃんと花梨か?」


唯の声に、春蘭と咲は屋上を見上げた。


「随分仲良くなったみたいですね、花梨ったらあんまり元気がないのです」


「体調崩さないよう、気を配ってくれ、大事な縁家のお嬢様だからな」


心得ております、と微笑む咲の頭を撫でると春蘭と咲も屋敷に戻った。

乾家の風呂は、大浴場があり、温泉だった。

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