フルール◆散りゆく花に涙の祈りを


 ――――人気アイドル斉藤翔真、一般女性との交際を発表。


 とある週刊誌が、女と腕を組んで歩く翔真くんの写真と記事を掲載した。


 信じられなかった。

 信じたくなかった。

 翔真くんが、私を裏切ったなんて。

 一生アイドルで居続けたいって言っていたのに、そこら辺に転がってるような安い女のものになっちゃうなんて。

 相手はきっと、SNSで散々匂わせをしていたあの女。散々ファンたちにマウント取ってきた、性格ブス。

 翔真くんには「ファンの皆がたくさん彼のCD買ってくれたから、あたしの誕プレめっちゃ豪華だったょ!」とか頭の悪いことを言う女は相応しくない。自分の言動が彼にどう影響するか考えられないバカが身近にいるなんてあり得ない。仮にほんとの彼女なら、もっと彼のために行動するはず。あのバカ女にはそれがない、いつだってあたしあたしで自己顕示欲しかないんだから。

 私は翔真くんがデビューしてからコンサートは全通してきたし、ファン感イベントだって欠かさず行った。ファンクラブナンバーだって上位だし、誰よりも彼のことを応援してきた。

 それなのに、どうして私を裏切ったの?

 他の女のものになってもファンはずっとついてくるって思った?

 そんなわけないじゃん。アイドルじゃなくなった翔真くんなんて、その辺の男共と同じ。バカな安い女に跨がって腰を振るしか能のない、猿のなり損ない。

 そんなの絶対に認めない。私の翔真くんはそんな汚い生き物じゃない。

 もしこれが嘘記事なら尚更最低。存在しない彼女をでっち上げて穢したんだから。

 アイドルはずっと、永遠に、輝いてなきゃいけないの。


 だから私は、彼に贈り物をすることにした。


「ご機嫌よう。哀しみに暮れる貴女。散りゆく花に相応しい悲劇をお望みなのね」


 最近話題のネット都市伝説、運命配達員フェイトポーター

 創作だって言う人もいるけど、体験談もいくつかあって、呼び出し方が簡単だから試してみたら本当に現れた。

 いつの間にか部屋にいた少女は、くるんとしたセミロングの巻き毛に薄ピンク色の瞳が可愛らしい少女だ。髪色はごく淡い黄緑色で、髪の所々に花が咲いている。頭がお花畑みたいで、って言うと何だか悪口っぽくなるけど、本当にそうとしか言えない不思議な姿をしている。手足は細く、身長も低い。見た感じ小学校低学年くらい。

 斜めがけにしたポシェットにもお花がついていて、どこもかしこもお花だらけ。


「アイドルの斉藤翔真くんに、彼の最期を飾るための悲劇をお願い」

「ええ、ええ、勿論よ。美しい貴女の涙を対価に、最高の輝きをお届けするわ」


 歌うように言うと、少女はポシェットから水色の小瓶を取り出した。

 小瓶には竜胆の花が描かれていて、フルールって名前に相応しい花塗れ具合だ。


「涙を頂くわ、愛しい貴女。きっと、誰もが彼を惜しんでくれるわ。それが贈り物。最期の祈り。最高の祝福」


 フルールの言葉と共に、自然と涙が溢れてきた。

 胸がぎゅうっと締め付けられる感覚がする。まるで、感動系の映画を見たときや、翔真くんのコンサートで輝く笑顔を最前で浴びたときみたい。

 ああ、もうこの感覚を味わうこともないんだと思うとより哀しいけれど、でも先に私を裏切ったのは翔真くんだから、仕方ないよね。


「散りゆく花に、最大限の愛を」


 そう、やわらかい声がしたかと思うと、フルールは消えていた。さっきまで部屋に満ちていた花の香りも嘘のように消えている。


 誰よりも輝いていたアイドルに、相応しい悲劇を。

 アイドルの最期は、十人並みのつまらない交際発表なんかじゃだめなの。そんなのそこらの三流芸人なんかとなにも変わらない。翔真くんは、そんな安い人じゃない。なのに、自分から安売りするような真似して。

 デビュー当時から私が導いてきたように、今回も教えてあげなきゃね。

 アイドルっていうものが、どういう存在か。どうあるべきか。


 正しい在り方を。

 正しい散り方を。


 * * *


 ――――人気アイドル斉藤翔真、死亡。


 数日後、一つのニュースが世間を賑わせた。

 死因はステージ上のライトが落下し、下敷きになったことによる圧死だった。


 コンサートのクライマックスを終え、一度舞台袖に下がったのちアンコールの声に応えてステージへと上がったとき。突然照明が落ちてステージ上が暗闇に包まれた。最初は演出かと思われたが、直後に凄まじい音が会場中に響き渡った。

 そして、予備のライトがつけられると、轟音の原因が明らかとなる。


「キャアアアアアアアアアアアア!!!!」


 観客席から悲鳴が上がる。

 これまで上がってきた黄色い声援などではない、恐怖と驚愕の悲鳴が。

 ほんの数秒前までステージ上で誰よりも輝いていたアイドルが、一瞬の暗闇を経てもの言わぬ肉塊と化していたのだ。潰れてあらぬ形となったソレをステージライトが眩しく照らす。観客たちはソレに釘付けになる。

 彼はアイドルらしく、最期の瞬間まで人の目を惹きつけ続けた。


 そしてこの出来事は、一人の女性の人生も終わらせた。

 事故死と思われていた斉藤翔真が、遺書を残していたのだ。

 彼は最近一般女性に付き纏われていた。その女性は自分を彼女と思い込んでおり、彼女らしく振る舞って家まで押しかけてくるのだが、彼は全く心当たりがなかった。

 SNS上でもまるで斉藤翔真と交際しているかのように振る舞い、高価なバッグやアクセサリを彼からのプレゼントだとして掲載していたが、斉藤翔真には女性向けのブランドものをプレゼントしたどころか、購入した事実もない。

 遂には週刊誌にまでストーカー女を交際相手として掲載されてしまい、その女性はますます「公認カップル」と思い込んだ。

 これではきっとファンも離れてしまうだろうし、アイドルとしてやっていくことは出来ない。以前のように仕事をすることが出来なくなった。

 天職だと思っていたアイドルとしての価値がなくなった自分は、最早生きていても仕方がない。

 だから最期に、予定していたコンサートをやりきって其処で終わろうと思う。


 そんな内容だった。

 最後に照明の落下にスタッフの落ち度はないので誰も責任を取らせないよう添えてあった辺りが、何とも彼らしい気遣いだった。

 そのお陰で、スタッフやイベント主催のアカウントが炎上することはなかったが、斉藤翔真の恋人を自称し、匂わせ投稿を繰り返していた女性ファンのアカウントは、まるでガソリンを浴びたかのように大炎上していた。


『マウントクソ女! お前の妄想のせいだ! お前が死ねば良かったのに!』

『彼女ごっこは楽しかった? ねえ? いまどんな気持ち? アンタのキモい妄想のせいで翔真くん死んじゃったけど?』

『人殺し! 死ぬまで人を追い詰めといてなに平然としてんの!?』

『ここが祭会場ときいてwwwマジで全部マウントじゃんwwwウケるwwww』

『斉藤翔真死亡直後のやつ芸術点高すぎて草』

『コイツも事故死だと思ってたんだろうなwwwでなきゃさいごまでアイドルとして最高に輝いてたよ♡とか言えんわ』

『いや事故死だったとしても頭おかしすぎだろ。人が死んでんだぞ』

『ブスに本カノ気取られるとか最悪。ファンとして接するのだって大変そうなのに。そりゃ死にたくもなるわ』

『私、この女が池袋で立ちんぼしてんの見たことあるよ。プレゼント偽装のブランド買うのにPしてたんだね』

『売女が彼女気取ってんじゃねーよ。お前みてーなグロブス相手すんのちんぽ腐ったキモおぢしかいねーっての』


 斉藤翔真死亡に対する反応とみられる投稿に吊り下げられた、数々の返信たち。

 全てが彼女に対する中傷や揶揄で、他の炎上騒動では少数ながら見られる擁護する意見が一つとして見られなかった。こういった騒ぎでは冷静を気取って謎のどっちもどっち理論を持ち出す、状況も空気も読めていない人や、過剰に叩かれている様子を見て「いくら何でも、此処まで叩かなくても……」と憐れみを見せる、聖女気取りの学級委員長が現れるものだが、それもいない。

 そして此処まで誹謗中傷が集中すれば多少なりとも精神的にダメージを負いそうなものだが、次に彼女が投稿した記事は更なる炎上を読んだ。


『みんな、翔くゅがいなくなってかなしいんだね。。。あたしもかなしい。。。でも翔くゅゎずっとあたしのそばにいるょ。。。』


 そんな文言と共に、自撮りを掲載したのだ。

 斜め上からのアングルに、目元に涙のスタンプを張った、媚び顔の自撮りを。

 バッチリメイクをして、服も髪も決めて、背景には嘗て彼からのプレゼントとして載せたブランドの山を映り込ませることも忘れずに。

 火に油を注ぐためとしか思えないその行為は、当然ながら更なる炎上を呼んだ。

 そして更なる炎上は、現実世界にまで及んだ。ネット上でどれほど叩かれても全くダメージを受けていないとわかるや、過去の投稿を掘り返して自宅を特定、家にまで押しかけて嫌がらせをする人間が現れた。

 挙げ句に『ストーカー女をストーカーしてみたw』という、夜道で炎上元の女性を襲い無理矢理キスをして逃げるところを映した動画が出回った。

 此処までされても女性を擁護する意見が一つも見られず、寧ろ誰もが良くやったと賞賛を浴びせている。

 この奇妙な、あまりにも一方的すぎる炎上劇は、新たな火種が現れるまで不自然なほどに続き、女性が斉藤翔真の自宅マンション前で首つり自殺することで収束した。自殺の原因は炎上と嫌がらせによって心身を病んだ結果――――そう、世間では結論づけられていた。

 だが、この女性の顔が満面の笑みだったことは、警察関係者のあいだに秘められ、ついぞ世間には公表されなかった。


 * * *


 たくさんの花が咲く庭園にて。

 フルールは花を指先で弄びながら歌っていた。

 其処へ、新たな人影が現れる。


「お帰りなさい、ヴィヴェット。良い夢を与えられたようね」

「ええ、ええ、そうなの! 最愛の人と恋人になる、素敵な夢よ」


 艶のある長い黒髪に大輪の赤い花飾りを挿した髪型と、夜空の如き深い闇色の瞳、そしてプロヴァンスの民族衣装を纏った少女ヴィヴェットは、フルールに飛びついてうれしそうに答えた。


「彼女は最期まで、愛する人の恋人だったわ!」




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運命配達員 宵宮祀花 @ambrosiaxxx

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