例えば、〇〇になりたい

凪野海里

例えば、〇〇になりたい

 例えば、言いたいことをはっきり言うあの子になりたいと思う。

 周りの意見に流されないあの子は、自分の意志を持っている。

 一方私は、ふと気がつけば誰かの意見に合わせてる。

 あなたもこれで賛成だよね。――(もう決まってしまったことなら)それで良いよ。

 ここに行きたいんだけど、良いかな?――(ここでヤダと言ったら面倒だよな)良いよ。

 自分の意志を、他人の意志で簡単に曲げてしまうような私は、優柔不断で流れる水に身を任すような立ち位置だ。

 あの子は違う。

 賛成の意見に真っ向から立ち向かうし、賛成しかあり得ない空気を相手が漂わせているなか、「いいえ」と否定する。

 それを自分勝手だと言う人もいるだろう。

 でも私は、その姿を羨ましいと思うのだ。


 例えば、しっかり者のあの子になりたいと思う。

 道に迷ったとしても、焦らずふと立ち止まって、じっくり考える。

 焦ったら焦ったままでいてしまうから、立ち止まることもせずに、私はいつも道を踏み外す。

 選んだ道を進んでから、選ばなかった道のことを考えてしまう。それは悪いことではないけれど、きっと心の何処かで後悔してる。

 あの子は迷わないのだろうか。

 私も試しに立ち止まってみる。

 大丈夫かな。誰かがもし道を急かしてきたとしても、私は自分らしい道を選べるかな。答えなんて、きっと誰にもわからない。


 例えば、「ありがとう」を言えるあの子になりたいと思う。

 ありがとう、ありがとう、ありがとう。

 何気ない言葉のくせに、それがないといつも使っている毛布がないときみたいな、物寂しさと切なさを感じさせる。

 それをあの子はわかっているんだ。

 親しい相手に対してこそ、決して忘れてはいけない言葉。

 次にあの子に会うときは、最初に口から出る言葉が「ありがとう」でありたい。


 例えば、食事をするときが綺麗なあの子になりたいと思う。

 口を開けて、もくもくもくもく黙って食べる姿のなんて、上品な姿。

 私なんて、大きく開けた口でばっくり食べて。美味しいものはたしかに美味しいけれど、あの子が食べるときは違う。

 私は「ご飯を食べる」だけど、あの子は「食事をする」

 私は「ばくばく」食べるけど、あの子は「もくもく」食べる。

 私は美味しいを感じるけれど、あの子はもっと素材の味を舌全体で味わっているようで。

 それは育ちの良さかしら? いいえ、きっと生まれついてのもの。

 あの子は食事の遅さを気にしているけれど、

 私はあの子のそういうところが好きなのだ。

 あの子を真似て少し上品に食べてみよう。ばっくり、ばくばく……。ほらやっぱり、うまくいかないや。


 私には「あの子になりたい」者がたくさんいる。

 それは決して“私”にはなり得ないものだから。

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例えば、〇〇になりたい 凪野海里 @nagiumi

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