第34話 シェルヴィ様は羽ばたきたい!(1)

「おいハース、我は今無性に羽ばたきたいのだ」


 学校からの帰り道、相変わらず人気ひとけの無い歩道の途中で、ふとシェルヴィ様が言った。


「ま、またですか……」


 なんか、すごくデジャブな言葉だ。


「ん?

 またとは何だ、またとは」


「いえ、こちらの話です」


「そうか」


 最近のシェルヴィ様は、『思い立ったらすぐ行動』という言葉がぴったり当てはまる。

 まぁ、好奇心旺盛なお年頃といえばそうなのだろう。

 その後、山道に差し掛かったところで俺はシェルヴィ様に尋ねた。


「ところでシェルヴィ様、その羽ばたきたいというのは、具体的にどういう意味なんでしょうか?」


「うむ。

 我は、自由に空を飛びたいのだ!」


 うん、それは無理。

 だって、自由に空を飛びたいなんて青色のネコ型ロボットに頼むべきお願いだ。


「ちょっとシェルヴィ様、それは流石に、ねっ……」


 もちろん、シェルヴィ様の願いは全て叶えてあげたい。

 でも、無理なものは無理だし、現実を知るのも教育だ。

 だから、今回はご縁がなかったということで……。

 

「ハース、ハースにも無理なのか……うるうる」


 よしっ、やろう!


「俺にお任せください!」


「ハ、ハース……!」


 俺の方を向き、ハグをするシェルヴィ様。

 この守りたいと思う気持ちを、人は母性と呼ぶのだろう……。


「では、帰ったら早速作戦会議をしましょう!」


「うむ!」


 俺とシェルヴィ様は、魔王城という名の家に帰るとすぐに俺の部屋へと走った。

 

「2人ともおかえりにゃ!」


「おかえりなさい……にゃ」


 いつもいつもお出迎えしてくれるクロさんとシロさんの温かい笑顔。

 自然とこちらまで温かな気持ちに……。


「ただいまなのだぁぁぁあああああ!」


「帰りましたぁぁぁあああああ!」


 ならないんだよね。

 通り道に自然と立ち上る砂煙。


「こほこほ、何事にゃ!」


「こほこほ、全速力……にゃ」


 俺とシェルヴィ様はそのまま玄関を駆け抜けた。


 そして始まる作戦会議。

 俺とシェルヴィ様は、机に向かい合う形で座った。


「では、ただいまより、シェルヴィ様羽ばたき作戦についての作戦会議を始めます」


「うむ」


 まずは、シェルヴィ様が理想とするシチュエーションを聞き出さなければ何も始まらない。


「シェルヴィ様、改めて詳しく教えてください。

 羽ばたきたいとは、どういう風にでしょうか?」


「自由に空を飛びたいのだ!」


「それはもう先程、しっかりと聞かせていただいたので、もっとなんかこう、踏み込んだ内容が知りたいです」


「ふっふっふ、それはな……」


 シェルヴィ様は自信に満ち溢れた顔で立ち上がると、俺に背中を向けた。


「ん?」


「この羽で、なのだ!」


「あぁ、そういう事ですか……。

 って、それ!?」


 そういえば、シェルヴィ様には羽があった。

 とても小さく黒い羽が……。

 

「その羽は今、動かせるんですか?」


「もちろん、無理なのだ!」


 うん、やっぱ無理だ。

 諦めよう!


「それは厳しいですね。

 じゃあシェルヴィ様、何か別の事を……」


「でも、こうやって大きくすることは出来るのだ!」


 その時、身体に電流が走ったような感覚が走り、目の前が真っ暗になった。

 いや、これは真っ暗になったんじゃない。

 真っ黒なんだ。


「どうだ!」


「す、すごいです……」


 そう、それはシェルヴィ様の羽だった。


「あれ?

 そういえば、羽動いてますよ」


 先程聞いた話と異なり、シェルヴィ様の黒い羽は、バサバサと音を立てながら、しっかり羽ばたいている。


「うむ。

 でも、今は無意識なのだ……」


 ほぅほぅ。

 無意識下なら動かせる、と。


「うーん。

 おそらく、これが大きな課題ですね。

 飛び方を教えようにも俺には羽がないですし、羽ばたくと言われてもイマイチイメージできないですし……」


「うむ……。

 あっそれなら、愉快な仲間たちに頼めばいいのだ!」


「愉快な仲間たち、ですか?」


「うむ!」


 シェルヴィ様はそう言うと、玄関から1度外に出た。

 当然、俺も一緒にだ。


「シェルヴィ様、どうするおつもりですか?」


「ふっふっふ。

 ハースよ、我の秘技を見るがよい!」


 ひ、秘技、だと……。

 シェルヴィ様は大きく息を吸うと、こう叫んだ。


「我はシェルヴィ、ハースの主である!

 この声を聞いているハースの部下たちよ、至急我の前に姿を現すのだ!」


 するとその直後、白軍服を身に纏った獣魔隊の隊員が至る所から現れ、シェルヴィ様の前に集まった。


「呼ばれた気がするガウ!」


「俺様をシェルヴィ様が呼んでる!」


「100%記憶してありますので、すぐに駆けつけます」


 そこには、フェンリアル、レオル、オクトの姿もあった。


「はっ!」


「お呼びでしょうか!」


「シェルヴィ様!」


「ハ、ハース様!」

 

 確かに、様々な個性を持つ獣魔隊の隊員を頼るのは有効だ。

 だが、足にしたり、判別してもらったりと俺が隊長になってからというもの、頼りすぎている気もする。


「皆の者、よく聞け!」


「はっ!」


「呼んでおいてすまないが、空を飛べる者だけ残るのだ!」


「はっ!」


「帰ります!」


「失礼します!」


 うわぁ……。

 いくら子供の言葉とはいえ、呼ばれたのに何もなしは少し可哀想だな。

 よしっ、俺も少しくらい皆の願いを聞いてあげよう。


「あっ、ちょっといいかな」


 俺は帰ろうとしている人たちを片っ端から集めた。

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