第33話 シェルヴィ様が2人いる!?(2)

「いや、用があるのは俺様じゃない。

 こちらにいらっしゃる、ハース様だ」


「いやいや、レオル副隊長。

 ハース様がこんなところにいるわけ……」


 レオルの声を受け、辺りを見渡したオクトさん。

 じーっ、パチパチ。


「ハ、ハース様!

 それにシェルヴィ様まで!

 ここここれは、どどどどういったご要件でしょうか」


 俺とシェルヴィ様を見るなり、片膝を地面につけ、敬意を表するオクトさん。

 しかし、シェルヴィ様が2人いることには気づいていない様子。


「はじめまして、オクトさん」


「は、はじめまして……」


 ありゃ、相当怖がってるな……これ。

 俺もちゃんと言葉を選ばないと。


「率直に聞きます。

 そのタコ足で、人を見分けることはできますか?」


「は、はい!

 天才で繊細な腕を持つ私になら可能かと。

 でも、私は誰を見分ければいいのでしょうか?」


 あっ、やっぱり気づいてなかったのね。


「シェルヴィ様です」


「シェ、シェルヴィ様、ですか……?」


 不思議そうに首を傾げるオクトさん。

 しかし、改めてシェルヴィ様に視線を向けると、一瞬で驚いた表情に変わった。


「えっ、シェルヴィ様が2人いる!」


「オクトさん……」


「はい……?」


「もしかして、天然ですか?

 ……じゃなくて、見分けられるって本当ですか!?」


「は、はいっ!」


 思わず、俺はオクトさんの両肩を掴んだ。


「はぁ、あなたはとても美しい」


「はわわわわ……!

 そんな、私にはもったいないお言葉です……」


 顔を手で覆い、分かりやすく照れるオクトさん。

 今思えば、この時の俺はシェルヴィ様が見つかる嬉しさに支配されていたんだと思う。

 その証拠に、俺の放った言葉はほとんど口説き文句だ。


「ハースが女を口説いてるにゃ」


「口説いてます……にゃ」


 この2人が呆れているなら、当然あのお方はお怒りだ。


「おいハース、何をしているのだ?」


「おいハース、何をしているのだ?」


 しかも、今は2倍の威力を持っている。


「も、申し訳ありません」


「ふん!」


「ふん!」


 まずい、これ以上は耐えられそうにない。


「オクトさん、お願いします」


「はい、お任せください!」


 オクトさんは、俺から見て右にいるシェルヴィ様の前まで行くと、タコ足を伸ばし頭を覆った。

 シェルヴィ様は、頬をむぎゅーってされたり、ぐいーっと伸ばされたり、まるでスクイーズのような触られ方をしている。


「な、何をするのだ!」


 おそらくシェルヴィ様にも話は聞こえていたと思うが、しっかり説明をしたかと聞かれたら、全くしてない気がする。

 でも、ここでようやくシェルヴィ様の言動が割れた。


「ぺちぺちぺちぺち」


 嫌がるシェルヴィ様の頭を隅々まで撫で回し、違和感がないか探るオクトさん。


「よしっ、100%記憶しました」


「はぁ、やっと終わったのだ」


「じゃあ、次のシェルヴィ様に移ります」


「ま、待て!

 まだ心の準備が……」


「いきます!」


「おい、我は待てと……むぎゅ」


 先程と同じ要領で頭を覆うオクト。

 しかし、こちらのシェルヴィ様は嫌がるどころか、逆に大人しくしている。


「よしっ、100%記憶しました」


 オクトさんは髪をかきあげるようにタコ足をあきあげ、3歩後ろに下がった。


「ふぅ。

 それじゃあオクトさん、結果の方をお願いします」


「はい、それでは発表します」


 その場にいる全員に緊張が走る……。


「すぅー、はぁー、すぅー、はぁー」


 しかし、その中でも特に緊張しているのが天然代表フェンリアルだ。

 大きく呼吸する音が俺の耳まで届いている。


「本物のシェルヴィ様は……」


 ドクドク、ドクドク、ドクドク……。


「後頭部にボタンがない、こちら側から見て左側にいる方です!」


「ふっふっふ、我が本物なのだ!」


「……」


 オクトさんがそう言うと、偽物のシェルヴィ様の動きが止まった。


 ・・・。


「えっ、ボ、ボタン……?」


「ハース、我を無視するか!」


 俺は急いで右側にいるシェルヴィ様の後ろ側へと回り込み、後頭部の髪をめくった。

 すると、本当に赤いボタンがあった。


「本当にあった……。

 ってか、これならオクトさんじゃなくても気づけたじゃん」


 しかし、このボタンは押していいものなんだろうか。


「ねぇオクトさん」


「はい」


「このボタンって、押してもいいのかな?」


「す、すみません。

 そこまでは私にも分からないです……」


「そう、だよね……」


 本物のシェルヴィ様は無事に見つかった。

 でも、だとしたらこっちの偽物は誰だ?

 そもそも人なのか?

 様々な可能性が俺の頭をよぎる。


「はぁ全く、これだからハースは……。

 もういいのだ。

 責任をもって我が押すのだ」


「シェルヴィ様、それだけはだめです!

 何も分かっていない+赤いボタンは、大抵危険だと相場が決まっています!」


「じゃあ、どうするのだ?」


「それは……」


 そう言われたら、返す言葉が見つからない。

 かといって、俺が押す訳にもいかないし……。

 その時だった。


「な、なんかボタンがあるガウ!」


 そういえば、1人だけいた。

 怖いもの知らずな狼が。

 ポチッ。


「ウィーン」


 フェンリアルがボタンを押すと、止まっていたはずの偽シェルヴィ様が頭の向きを変え、本物のシェルヴィ様の方を向いた。


「プシュー!」


 そして、元々口があった場所から漏斗と呼ばれるタコの吸水器官が姿を現し、黒い液体を噴射した。


「こ、これって……」


「す、墨なのだ!」


 俺は咄嗟にシェルヴィ様の前へ移動し、墨を全て受け止めた。


「ハ、ハース……。

 変な顔なのだ!」


「ぷはっ……」


 しかし、突然の出来事だったため、身体の向きを変えられず、あろうことか墨を顔で受け止めてしまった俺。


「ハースさん、おかしいです……にゃ」


「ハースが真っ黒にゃ!」


「ハース様!」


 俺の予定ではシェルヴィ様を助けたヒーローになるはずだった。

 なのに、それなのに、気づけばみんなの笑いもの。


「まさか、タコが伏線だったなんて……」


 結局、偽シェルヴィ様はただのロボットだったことが分かり、俺の部屋の隅に飾られた。

 でも、1つだけ文句を言いたい。


「この尖った口は、元に戻せなかったのか」


 って。

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