第29話 シェルヴィ様は泳ぎたい!(4)
「ま、まぁとりあえず2人とも落ち着いて、ね?」
「我はやる気満々なのだ!」
「はい、その方が効率的です……にゃ」
シロさんはプールからあがると、ビート板をシェルヴィ様に手渡した。
「……」
その時の表情はとても悲しそうで、見てるこっちまで心苦しくなった。
「シロさん」
「……?」
俺は囁くようにシロさんを呼んだ。
「実は、昨日作ったプリンが冷蔵庫に残ってるので、よかったらなんですけど、今夜部屋に来ませんか?」
「えっ、いいんですか……にゃ?」
「もちろん、シェルヴィ様には内緒ですよ」
食べ始めたら、全部食べられちゃうかもしれないからな……。
「はい……にゃ!」
シロさんは軽やかな足取りでサンベッドチェアへ戻った。
あぁ、よかった。
いつものシロさんだ。
「おいハース、早く続きをやるのだ」
「はい、ただいま」
ほんと、シェルヴィ様はいつでもシェルヴィ様だな。
俺は再びプールに入った。
「じゃあ、ビート板の先端を両手で掴んでください。
えーっと、そうですね……。
ビート板に腕が乗っかる感じっていえば伝わりますか?」
「こ、こうか?」
「はい、すごくいいです。
後はバタ足と言って、足を伸ばした状態で水面を叩くように足をバタバタさせてください。
その時、同時に息継ぎの練習もしてみましょう」
「う、うむ。
やってみるのだ……!」
まずい。
無意識に詰め込んでしまった……。
でも、シェルヴィ様なら出来るんじゃないかと思う自分もいる。
さぁ、どうなる……。
「い、行くのだ!」
シェルヴィ様は壁を蹴った。
「シェルヴィ様、いい感じです」
「ぶくぶくぶく、ぷはぁ。
ぶくぶくぶく、ぷはぁ」
「お上手です」
そして、シェルヴィ様はそのまま反対側まで泳ぎ切ってしまった。
「ま、まじですか……」
「意外と簡単だったのだ」
シェルヴィ様の澄まし顔……最高だ。
「シェルヴィ様。
今から俺がやるのは、蹴伸びからのクロールです」
「けのび……?
からのくろーる……?」
あっ、考えてる考えてる。
可愛い……。
じゃなくて、集中しろ。
「まぁとりあえず、お手本を見せるので見ていてください」
結構浅いけど、行ける……よな?
よしっ。
「うむ」
俺は壁を蹴った。
身体の力を抜き、両手を前に伸ばす蹴伸び。
この時、顎を引き、上半身を水に沈ませることで下半身を浮かせやすくする。
次に、脚を伸ばした状態のまま行うバタ足。
バタ足は、振り幅を小さくし、前に進みやすくする。
そして最後に、肩から大きく円を描くように回して水をかく。
この時、2回に1回ほどのペースで息継ぎをする。
ふぅ、こんなところかな。
「ぷはぁ。
シェルヴィ様、なんとなく分かりましたか?」
「あっ、あれ?
なんかできる気がするのだ」
「いやいや、シェルヴィ様。
クロールというのは息継ぎのタイミングが難しいだけじゃなく、しっかり水をかかないと進まないうえ、全てを集約した泳ぎ方なので、そう簡単にできるものでは……」
「ぷはっ……ぷはっ……ぷはっ……」
ん?
細かなバタ足、ブレない身体、綺麗な息継ぎ……。
「いや、出来てるぅぅぅぅ!」
「シェルヴィ様、お見事です……にゃ!」
「ぷはぁ。
ハース、見てたか!」
シェルヴィ様の達成感に溢れた眩しい笑顔が俺を襲う。
と、尊い……。
「はい、それはもうしっかりと」
「ふっふっふ、我にかかれば余裕なのだ!」
あ、あはは……。
分かってはいた。
いや、分かってるつもりでいたのかもしれない。
シェルヴィ様は真の天才だ。
「シェルヴィ様!
よかったら、俺の部屋でプリン、食べませんか?」
「うむ、我も今は甘い物が食べたい気分なのだ!」
ご褒美をチラつかせるまでもなく、シェルヴィ様はクロールを習得した。
ママさん、シェルヴィ様はご褒美なんて要らないみたいですよ。
「ハースにいい所見せれたのだ……ボソッ」
「2人きりでプリン食べれると思ってたのに……にゃ……ボソッ」
「え?
今なにか言いました?」
「な、何も言ってないのだ……!」
「な、何も言ってないです……にゃ!」
その日の夜、俺は2人とプリンを食べた。
「あ、甘いのだぁ……」
「ほわぁ、程よい甘さです……にゃ……」
甘いプリンとほろ苦いカラメルソースの組み合わせは、2人の疲れた身体によく染みたみたいだ。
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