第28話 シェルヴィ様は泳ぎたい!(3)

 その後、俺とシェルヴィ様は水深約70センチの浅いプールの方に入った。


 ちなみに、シロさんはサンベッドチェアを俺たちのすぐ近くまで移動させ、猫のように寝転がりながら見守ってくれている。

 ほんと、心強くて頼りになる人だ。


「シェルヴィ様、どうですか?」


「う、うむ……。

 少し冷たいのだ」


「あっ、そうなんですか。

 あはは……」


 思ってた回答と違う!

 でももしかして、水が怖いわけではないのか?

 シェルヴィ様の身長は、おそらく120センチ前後。

 このプールなら余裕で頭が出る。

 深いプールは……うん、厳しそうだ。


「じゃあシェルヴィ様、まずは水に顔をつけてみましょうか」


「か、顔をつける……だと……」


 ありゃま。

 露骨に嫌そうな顔するじゃ無い。

 こほん、失礼。

 ついおばちゃん口調になってしまった。


「水は怖いですか?」


「うむ。

 だって、溺れたら死ぬかもしれないのだ」


 へぇ、顔をつけられない人はこういう事を考えているのか。

 ……シェルヴィ様には悪いが、全く理解出来ない。

 でも、大丈夫。


「シェルヴィ様」


「ん?」


「大丈夫です。

 もしもシェルヴィ様が溺れそうになったら、この命に変えてでも、必ずお助けいたします!

 ですので、どうぞ安心してください」


「そ、そうか……!

 うむ。

 従者として励むとよいのだ」


 そう。

 恐怖心に打ち勝つ方法の1つは、安心感だ。


「ありがとうございます。

 それでは早速、10秒ほどつけてみましょうか」


「う、うむ……。

 やってやるのだ」


 そして、シェルヴィ様は大きく息を吸うと、水に顔をつけた。


「1、2、3……」


 正直、これだけでかなりの時間を取られると思っていたが、流石はシェルヴィ様。

 少し身体が震えてはいるものの、しっかりと自らを律している。


「……8、9、10!

 おぉ、シェルヴィ様お見事です!」


「ぷはぁ!

 ふっ、ふっ、ふ、これ、くらい、出来、て、当然、なのだ」


 シェルヴィ様……。

 声、震えてますよ。


「そうですよね!

 次、次いきましょう!」


 こういう時は、このいい流れに身を任せて押し切るのが効果的な気がする。


「じゃあ次は、水中に顔を入れたり、出したりしながら呼吸をする『ボビング』をやってみましょうか」


「ぼびぃくん?」


 いや、それ誰っ!

 ……とか、ツッコミ待ちじゃないよね……。


「シェルヴィ様、ボビングですよ」


「ぼびんぐ……。

 なんか可愛いのだ!」


 おぉ、なんか勝手にシェルヴィ様のテンション上がったんだけど!


「シロさん!」


「はい、どうされました……にゃ?」


「よければなんですけど、ボビングの練習を手伝ってもらえませんか?」


「分かりました……にゃ」


 そして、俺はシロさんと交代し、プールから出た。


「シェルヴィ様、ボビングとはこういうものです……にゃ」


 おっ、シロさんが実演してくれてる。

 あれならシェルヴィ様も理解しやすいだろう。

 流石はシロさんだ。


「鼻から吐いて口で息を吸う……。

 うむ、今の我なら出来そうな気がするのだ」


 よしっ、これで一旦離れてもよさそうだな。

 俺はプールサイドに置かれたインテリア的存在の岩に隠れ、作業を始めた。


 長方形……発砲スチロール……分厚すぎず……大きすぎず……。


「物質生成!」


 まぁ、大体こんな感じだったよな……。

 俺が作ったのは、みなさんご存知のビート板だ。

 もちろん、色はシェルヴィ様カラーの赤と黒だ。


「……ってか、物質生成出来ちゃった。

 一応これも、秘密にしとくか」


 そして、俺は再びシェルヴィ様とシロさんの元へ戻った。


「すみません、戻りました!」


「おっ、ハース!」


 あれ、この自慢げな顔……まさか。


「ふっふっふ、ボビング習得なのだ!」


「はい、シェルヴィ様お見事です……にゃ」


「おぉ、流石ですね!」


「ふっふっふ、ふっふっふ、ふっふっふ、これくらい出来て当然なのだ」


 それより、これはベストタイミングなんじゃないか。


「シェルヴィ様」


「ん?

 どうしたのだ?」


「次はこれを使って、息継ぎとバタ足の練習をしてみましょう」


 そう言って、俺は背中に隠しておいたビート板を取り出し、シェルヴィ様に手渡した。


「ほぅほぅ……。

 これは……なんかザラザラしてて気持ち悪いのだ」


 ポイッ。

 す、捨てられた……。

 しかし、シェルヴィ様がプールに投げ捨てたビート板は水に触れる前にキャッチされた。


「これ、もらってもいいですか……にゃ?」


「あっ、はい。

 シェルヴィ様が要らないとおっしゃられたので、是非もらってあげてください……」


「ほわぁ……!

 嬉しい……にゃ」


 ビート板にスリスリと頬を擦り付けるシロさん。


「か、可愛い……」


 俺の口から無意識に言葉が出た。

 こんな経験は初めてだ。


「ぐぬぬぬぬ……。

 やっぱり我が使うのだ!

 シロ、早くそれをよこすのだ!」


 強く右手を差し出すシェルヴィ様。


「え……。

 はい、仰せのままに……にゃ」


 なんとも言えない空気が流れるプール。

 別にビート板くらい、いつでも作れるんだけどな……。

 とても言い出せる空気じゃない。


 ここは是非、シロさんに我慢していただきたい。

 シロさんには申し訳ないが、今の優先事項はシェルヴィ様が泳げるようになることなのだ。

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