第22話 移動
「……んっ」
次の日の朝、何かがどしっとお腹に乗りかかる感覚で目が覚めた。
その何かはとても軽いが、しっかりと形がある。
例えるならそう、赤ちゃんって感じだ。
「ふわぁー、誰かいるんですか……?」
「ふっふっふ、ハースよ。
我だ!
我が起こしに来てやったのだ!
さぁ、分かったらさっさと起きるのだ!」
あれ……?
この声、この話し方……まさか、シェルヴィ様!?
あぁ、やばい!
早く起きないと嫌われちゃうかも!
「せーのっ……よっ!」
俺は腹筋に力を入れ、無理やり身体を起こした。
「げふっ」
「シェ、シェルヴィ様ぁぁぁああ!」
当然俺が身体を起こせば、上に乗っていたシェルヴィ様がこてんと後ろに転がる。
「ど、どうなっているのだ!?
な、何も見えないのだ!?」
「シェルヴィ様、とても可愛らしいですよ」
「おいハース、早く助けるのだ!」
ベッドに寝転ぶ形となったシェルヴィ様を、俺の布団が綺麗に覆っている。
なんとも愛らしい姿だ。
「はい、今助けますね」
布団を捲ると、シェルヴィ様は腕を組んでいた。
「我は寝るつもりで来たのでは無いのだ。
ハースを起こすために来たのだ」
そう言うと、シェルヴィ様はそっぽを向いてしまった。
あはは……ですよねぇ……。
「わざわざ御足労頂き、感謝致します」
「うむ」
でも、朝から得した気分だ。
その後、俺はシェルヴィ様の右手を掴み、玄関前へと空間転移した。
「おっ、やっと来たにゃ。
おはようにゃ」
「おはようございます……にゃ」
「クロさんシロさん、おはようございます」
「ふっふっふ、我が起こしてやったのだ」
今日は初めての魚釣り。
そして何より、シェルヴィ様がハイテンション!
とても楽しい1日になりそうだ。
「じゃあ、早速出発するにゃ」
「では、こちらへどうぞ……にゃ」
ん?
「あっ、はい……」
てっきり、外門の方へ進むかと思えば、城の裏側へ向かって歩き出す2人。
どこへ行くんだろう……?
俺とシェルヴィ様は、とりあえずクロさんとシロさんについて行った。
どうやら、城の裏側に何かあるらしい。
でも、魔王城の裏側か……。
まさか、お墓とかじゃないよな……。
「もしかして、2人は初めて見るにゃ?」
「えっ、お墓をですか?」
「にゃ?
お墓……?
ハース、何を言ってるのかさっぱり分からないにゃ」
「あっ、いえ……こちらの話でした」
「にゃ?
変なハースにゃ……」
「あはは……」
つい考えてたことを口にしてしまい、クロさんを困らせてしまった。
その上、意味深な返事で更に困らせてしまうなんて……。
まだ涼しい朝の時間帯だというのに、少し身体がポカポカする。
「はい、着きました……にゃ」
「どうにゃ?
これが魔王様お気に入りの馬車だにゃ」
そこには、ファンタジーの世界から飛び出してきたような馬車があった。
「えっ、本物……?」
「
4つの細長い車輪がついた荷車は、2頭の凛々しい白馬に繋がれている。
「フブキ、今日もよろしくにゃ」
「ヒヒーン!」
「アラシ、よろしくお願いします……にゃ」
「ヒヒーン!」
優しく頭を撫でる2人とそれに答える2頭。
その美しい毛並や筋肉質な身体、そして何より落ち着いた態度から、2頭が大切にされていることがとてもよく分かる。
「うむうむ、意外と悪くないのだ」
「いえいえ、シェルヴィ様。
これは広すぎるくらいですよ」
2人が馬と戯れている間に、俺とシェルヴィ様は荷車にお邪魔していた。
「うむ、いい座り心地なのだ」
「そうですね。
スライムクッションがあるのは助かります」
荷車には、10人が余裕で乗れるスペースがあり、雨風を凌げる屋根と透明なカーテンシートが完備されていた。
約半分のスペースは釣り用具で埋まっているが、それでも十分すぎる広さだ。
そして、これは馬の負担を考えてかもしれないが、全て杉の木で作られており、とてもいい匂いがする。
「なんにゃ、もう乗ってたのかにゃ」
「あっ、だめでした?」
「いやいや、大丈夫にゃ。
じゃあシロ、運転頼むにゃ」
クロさんはそう言うと荷車に乗り込み、俺とシェルヴィ様の対面に座った。
「はい、お任せください……にゃ。
出発します……にゃ」
「ヒヒーン!」
シロさんがそう言うと、2頭は走り始めた。
本来なら、ムチで叩くといった合図が必要なはずだが、2人の間に信頼関係さえあれば、そんな物は必要ないのかもしれない。
馬車は魔王城後ろにある整備された道を走った。
「結っ、構っ、揺れっ、ますっ、ねっ」
「このっ、道っ、だけっ、にゃっ」
「あうっ、あうっ、あうっ、あうっ」
流石に少し揺れる場面もあったが、基本的な乗り心地は最高だった。
春先には桜の花びらを浴びながら、夏場には涼しい風を感じながら、秋場には紅葉を眺めながら、冬場にはカーテンシートを閉め雪景色を堪能しながら……。
ほら、想像するだけでもう楽しい。
「ハ、ハース……」
「はい、どうされました?」
横を見ると、首をコクコクさせ、今にも眠りそうなシェルヴィ様が俺の名前を呼んでいた。
「……って、寝言ですか。
ふわぁー、なんか俺も眠くなっちゃいましたよ」
「眠いなら、ハースも一緒に寝ればいいにゃ」
「……はい。
そうさせて……もらい……ま……す」
「にゃっ、一瞬で寝たにゃ!
まぁ、写真1枚でチャラにゃ」
パシャッ。
クロさんが撮った写真には、互いに寄り掛かり気持ちよさそうに眠る、俺とシェルヴィ様の姿が写っていた。
「ほんと、気持ちよさそうに眠るにゃ。
あっ、シロ」
「なんですか……にゃ?」
「ハースの寝顔、後で見るにゃ?」
「み、見ない……にゃ!」
「本当に、本当に、それでいいにゃ?」
「……す、少しだけ。
見たい……にゃ」
「ふっふっふ、素直でよろしいにゃ」
その後、上流付近の平原に着いた所で、馬車はゆっくりと停車した。
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