第21話 準備
「ただいま帰りました」
「ただいまなのだ!」
俺とシェルヴィ様が仲良く手を繋いだまま家に帰ると、玄関前の芝生で何やら作業をするクロさんとシロさんの姿があった。
「どうにゃ!」
「お姉さまおかしいです……にゃ」
2人は向かい合う形で芝生に座っており、クロさんがちょけるとシロさんが笑い、シロさんの笑いにつられクロさんも笑うという、何とも平和で幸せな家族の空間が広がっている。
「にゃ?
おぉ、2人ともおかえりにゃ!」
「おかえりなさい……にゃ」
空は夕焼けに彩られ、とても濃かった2日目の終わりが近いことを知らせている。
ところで、こんな時間に2人は何を……?
時間帯のせいか、風も出てきており、今は少し肌寒いくらいだ。
「おふたりは何をされてるんですか?」
「うむ、我も結構かなりすごく気になるのだ!」
何かいいことがあったのか、とてもご機嫌なシェルヴィ様。
言葉から分かるように、絶好調といったご様子。
それはもう目をキラキラと輝かせ、前のめりで2人の手元を見つめている。
「これは、川釣りで使う仕掛けの準備をしてるのにゃ」
「実は、近くの川で美味しいアマゴが釣れるんです……にゃ」
「へぇ、アマゴですか」
「あまご……アマゴ……amago?
我にはさっぱり分からないのだ」
それなら、俺が簡単に説明しよう。
アマゴ、別名サクラマス。
身体の楕円模様、背の赤い点々が特徴的な川魚だ。
その美しさから、渓流の女王とも呼ばれる。
あれ?
なんでこんなに詳しいんだ?
まぁいっか。
今はそれより、シェルヴィ様に言いたいことがある。
「シェルヴィ様、アマゴは塩焼きがとても美味しい川魚なんですよ」
「ほぉほぉ……」
「アマゴの身は柔らかくふっくらとしていて、とても淡白なんです」
「ふむふむ……。
よく分からんが、是非とも食べてみたいのだぁ……じゅるり」
これこれ、この顔が見たかった!
ほんと、子供らしい顔するなぁ。
見ていて飽きないとは、こういうことを言うのだろう。
でも……。
「にゃ?
しおやき……シオヤキ……shioyaki……?」
なぜクロさんとシロさんが首を傾げているのか気になる。
まさか塩焼きを知らない?
いやいや、それは流石にないだろ。
塩焼きと言ったら、秋刀魚か川魚ってくらい定番も定番な食べ方だぞ?
「塩焼き美味しそうにゃ……じゅるり」
「美味しそうです……にゃ……じゅるり」
あっ、これほんとに知らなかったやつだ。
塩焼きを知らないなんて、人生の0.5割くらいは損してる。
「ところで、どんな仕掛けを使うんですか?」
「ふっふっふ、やっぱり気になっちゃうにゃ?」
あっ、出た出たその笑い方。
やっぱりシェルヴィ様と同じだ。
「そうですね。
気になっちゃいました」
「ふーん、なら仕方ないにゃ。
ほれっ、これを針に付けるのにゃ」
クロさんはそう言うと、俺に向かって小さく丸い何かを投げた。
「……おっと」
正直、小さすぎてそれが何なのかは分からない。
でも、絶対に潰してはいけないと思った。
だから俺は、親指と人差し指で優しくつまむように掴んだ。
「あれ?
これって……」
いざ目の前で見てみると、それは俺のよく知るあの食べ物だった。
「それはイクラです……にゃ」
「へぇ、イクラが餌なんですね」
イクラってことは、魚の卵で魚を釣るのか……。
うーん、なんとも言えない気分だ。
そんなことを考えていると、突然親指と人差し指が暖かい何かに包まれた。
パクッ。
「……ん!?」
急いで目を向けると、そこには俺の指ごとイクラにかぶりつくシェルヴィ様の姿があった。
「シェ、シェルヴィ様が釣れちゃった……!」
「うーん、うまうまなのだぁ……!
クロ、シロ、我はもっとイクラが欲しいのだ!」
「はぁ、そう言われたら断れないにゃ」
「仕方ないです……にゃ」
そこからの3人はすごかった。
ひたすらイクラを投げるクロさんとシロさん。
それを1粒も逃さず、全て口でキャッチするシェルヴィ様。
このやりとりは、イクラが無くなるまで続いた。
「にゃにゃ、もうイクラ切れにゃ」
「はい、シェルヴィ様の勝ちです……にゃ」
「ふっふっふ、これくらい余裕なのだ」
流石はメイド2人。
シェルヴィ様を褒めるのがとても上手だ。
でも、それはそれとして……。
「イクラ、無くなっちゃいましたね」
「うーん、これは流石に想定外にゃ」
クロさん、それは違う。
もし仮にあのペースで食べることを想定していたら、未来が見えていたことになる。
「大丈夫です……にゃ。
明日の朝、私が買いに行きます……にゃ」
「うむ、よろしくなのだ」
その後、俺とシェルヴィ様は2人に教えてもらいながら、仕掛け作りに挑戦した。
「仕掛けはすごくシンプルにゃ。
玉ウキと玉ウキを止めるゴム管をナイロン1号の糸に通して、糸の先端部分に小さい重り、ハリス、釣針を付けて完了にゃ」
「・・・?
何も分からなかったのだ」
「シェルヴィ様、俺もです」
これが出来るメイドと名前だけ世話役の差か。
まだまだ先は長そうだ。
「大丈夫にゃ。
うちがシェルヴィ様に、シロがハースに付いてちゃんと教えるから、安心するにゃ」
「私にお任せください……にゃ」
俺は人生初の仕掛け作りだったが、シロさんの教え方がとても上手く、あっという間に完成させてしまった。
「あれ、出来ちゃった」
「とても上手です……にゃ」
「いやいや、全部シロさんのおかげですよ!」
「そんなそんな、もったいないお言葉です……にゃ」
ほんと、シロさんは謙虚だよなぁ。
「それじゃあハースさん、最後に輪っかを作って、のべ竿の先に仕掛けを付けてください……にゃ」
「あっ、はい!」
輪っかね、輪っかだよね……。
・・・。
「……あの、やり方教えてもらってもいいですか?」
「あっ、もちろんです……にゃ。
仕掛けの糸を2重に持って、輪っかを作るように先端を上に重ねます……にゃ。
その後、1周だけ巻いて輪っかの下から先端を通します……にゃ」
「こ、こうですか?」
「そうです……にゃ。
後は引っ張るだけで、輪っかの完成です……にゃ」
え?
引っ張るだけで、輪っかの完成?
いやいや、そんな簡単に出来るわけ……。
「出来ちゃった!」
「次に、今作った輪っかに親指と人差し指を入れて引っ張ります……にゃ。
その輪っかに糸を引き入れて出来た輪っかを、のべ竿の先端にあるコブに通して引っ張るだけで完成です……にゃ」
え?
また引っ張るだけで完成?
いやいや、流石に次は騙され……。
「出来ちゃった!」
「はい、お見事です……にゃ」
初めて自分で作った仕掛け。
それだけで、まだ釣れたわけでもないのに達成感がすごいある。
「釣りに行くのは明日ですよね?」
「はい、明日の昼を予定しています……にゃ」
「本当にこれで、釣れますかね……?」
俺は仕掛けを眺めながら、不安になった。
他に誰が行くのか、普通はどれくらい釣れるのか、もし自分だけ釣れなかったら……。
「大丈夫です……にゃ」
「え……」
「だってそれは、ハースさんが頑張って作った仕掛けなんですから……あ、にゃ」
シロさん……その笑顔はずるいです。
「明日、晴れるといいですね」
「はい、私もそう願っています……にゃ」
俺とシロさんは綺麗な夕焼けの空を見上げ、明日の晴天を願った。
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