第20.5話 獣魔隊

「おいフェンリアル、さっきの話本当なんだろうな」


「もちろんガウ。

 仲間に嘘はつかないガウ」


 険しい山道を歩くフェンリアルと髪から服まで赤色の男。

 男の髪はライオンのように逆立ち、右頬には切り傷のような跡が残っている。

 雰囲気はそう、歴戦の猛者といった感じだ。


「あっ、ここガウ!」


 そして、そんな2人が今いるのは、ハースとフェンリアルが戦ったあの場所だ。


「どれどれ。

 お前の言ったことが本当なのか、俺様がこの目と鼻で確認してやるよ」


 男はそう言うと四足歩行に切り替え、地面をくんくんと嗅ぎ始めた。

 そして、嗅ぎ続けること3分。

 男は雑草が少し焦げているのを見つけ、その辺り一帯を重点的に嗅いだ。

 すると……。


「お、おい……まじかよ……!

 この魔術痕、そしてこの懐かしい匂い。

 うん、間違いない。

 ついに隊長が、俺らの隊長が、帰ってきた……!」


「全く、すごい変わりようガウ……」


 フェンリアルは呆れたようにため息をついた。


「おいおい、早く元獣魔隊じゅうまたいのやつらに伝えた方がいいんじゃねぇのか!」


「まぁまぁ、とりあえず落ち着くガウ。

 私だってまだ、心の整理がついてないガウ」


「あっ、悪ぃ。

 そうだよな……。

 お前は特に隊長のこと、大好きだったもんな」


「それはお互い様ガウ……」


 この時、2人の頭には同じ情景が浮かんでいた。

 それはシェルヴィ様が生まれるずっと前……。


「おい、どうなってんだよこれ……!」


「全員今すぐ逃げろっ!」


 ほうきに跨り、杖を持ち、自由に空を飛ぶ三角帽子の女。

 その女は、永久とこしえの魔女と呼ばれる魔女である。


 永久の魔女は『死灯火カラミタス』と呼ばれる火の魔法を多用し、木造建築が主流の獣族村を襲った。

 獣族村の木造建築は、縄文時代の竪穴式住居を横に並べたような造りをしており、家から家へ火が燃え移るのは一瞬だった。


「レオル、早くしないとこの集会所も燃えちゃうガウ!」


「分かってる、分かってるけど……」


 集会所には4つの机と24脚の椅子が置かれ、休みの日には多くの村人で賑わう。

 村人憩いの場所だ。


「なら、私と一緒にあいつを倒すガウ!」


「お、俺には……無理だよ」


 当時15歳のレオルにとって、魔女は地獄に住む悪魔だった。

 出会ったら最後。

 明日を生きる命はない。

 そんな存在と戦うなんて想像も出来なかっただろう。


 しかし、同い歳でもフェンリアルは違った。

 今まさに右手で剣を持ち、怯むどころか1人魔女に立ち向かおうとしている。


「さぁレオル、早く行くガウ!」


「わ、分かったよ……。

 やるよ、やればいいんだろ……!」


 でも神様は、そんなに長く待てなかったらしい。

 すぐ近くの家に放たれた死灯火。

 その威力は凄まじく、2人が身を潜める集会所を軽く吹き飛ばした。

 そして、その衝撃波に飛ばされたであろう木の柱が悪戯に2人の頭上へと落ちてくる。


「ねぇ、レオル……」


「なぁ、フェンリアル……」


「これは死んだ(ガウ)」


 時間がゆっくりと流れているような、そんな感覚が2人を襲った。

 しかし、諦めかけたその時。

 奇跡は起きた。

 いや、奇跡という言葉で片付けるのは失礼だ。

 これは、必然だ。


「魔静術……消去デリート


 その声が聞こえた直後、木の柱は忽然と姿を消した。


「ふぅ……」


 2人の前に現れた白髪の青年は、燃える村に溶け込むような黒軍服を身に纏っていた。

 制服の肩には金色の襟章が輝き、腰には幾重にも折り重なったバッジが光っている。


「た、隊長……!」


「ん?

 あぁ、レオルか。

 って、今はそんなこと言ってる余裕ないんだった。

 さぁさぁ、2人は早く逃げて」


「ア、アースさんはどうするガウ?」


「ん?

 そんなの決まってるでしょ。

 みんなの逃げる時間を稼ぐんだよ」


「ぱぁぁぁ……!

 はい、了解ガウ!」


 これが獣魔隊隊長アースの最後であり、2人がアース隊長を愛するまでの経緯である。

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