第20話 授業

 それから俺は、2人とエレベーターで12階へ上がった。

 

 正直結構疲れてるし、今は座って休みたい気分だ。

 でも……フェンリアルの行方が分からん!

 まじでどこ行ったんだ?


「ハ、ハースさんっ……!

 恥ずかしいので、そろそろ降ろしてもらえると助かります……」


「あっ、ナタリアさんおはようございます」


 確かに、エレベーター前の窪みを抜けたらすぐ廊下だ。

 誰かに見られる可能性がある。

 俺はゆっくり膝を曲げ、ナタリアさんを優しく降ろした。


「あ、ありがとうございました……!」


「いえいえ。

 またいつでも、お気軽にご利用ください」


 ふぅ、危ない危ない。

 ナタリアさんが軽すぎて、おんぶしてることすっかり忘れてた。

 こんなことが現実に起こるとは……。

 いや、現実ってのもなんか変か。


「じゃあ、我とナタリアは教室へ行くから、ハースは後ろの席でよく見ておくのだぞ」


「はい、分かりました。

 しっかり、しっか~り、見てますね!」


「や、やっぱり、少しでいいのだ……」


 俺は先程入った時と同様に、1つ後ろの扉から保護者席のエリアへと入った。

 今回は俺以外に保護者がおらず、貸切状態のようだ。


 ところで、2人の席はどこだろう?

 なんとなく左後方の席から順に探そうと目を向けると、2人は偶然にも左最後方の席にいた。

 しかも、まさかの隣同士。

 俺なら、シェルヴィ様が座っている窓際の席がいいな。

 よしっ。

 なら俺は、左最前列の席にしよっと。

 俺は階段を数段降り、端っこの席に座った。


「おふたりとも、ファイトですっ……」


 そして、ちょっかいを掛ける意味を込め、後ろから話しかけてみた。


「なっ……!

 ハ、ハースが、ハースが……ほぼ真後ろにいるのだ……」


「本当だ……!

 ちょっと緊張しちゃうね……えへへ」


 う~ん。

 1番前に座ったから2人がよく見える。

 それはいい。

 でも、それ以上に熱い視線をあちこちから感じるような……。


 様々な角度から感じる熱い視線。

 これは流石に無視出来そうにない。

 というか、無視するなんて無理だ。

 あぁ、すごく気になる!

 早く先生来ないかなぁ……あはは。


 そう思った時、ガラガラっと前の扉が開き、あの先生が入ってきた。

 相変わらず、よく目立つ赤ジャージだ。


「よし、授業始めるぞ~。

 ナタリア挨拶」


「き、起立っ!」


 ナタリアさんの声掛けと共に、揃って立ち上がるみんな。

 いかにも優等生って感じだ。

 俺なんて、立たないこともしばしばあったってのに……って、何言ってんだか。


「気をつけ、お願いします!」


「お願いします!」


 みんなの綺麗に揃った挨拶の中、はっきりと聞こえてきたのはシェルヴィ様の挨拶だった。


「お願いしますなのだっ!」


 な、なんか、すごく応援したくなる……!

 が、頑張れっ!


「はい、お願いしま~す。

 じゃあ、この時間は数学だから……。

 教科書43ページ、大問1の問1ノートに解いて」


 へぇ、いきなり問題か。

 結構ハードだなぁ。

 ……で、フェンリアルはどこだ。

 もちろん、保護者席に姿は見えない。


 狼にしか分からない行動計画があるのか、日陰で休んでいるのか、はたまた迷子なのか。

 何一つ分からない。


「よしっ。

 じゃあこの問題を……シェルヴィ」


「は、はいなのだ……!」


 ガタッと椅子の音が鳴り、シェルヴィ様が立ち上がる。

 い、いきなりシェルヴィ様だ……。

 や、やばい。

 なんかめっちゃ緊張してきた……ごくりっ。


「2x-1なのだ」


 えっ?


「はい、正解。

 シェルヴィ、流石だな」


「これくらい当然なのだ」


「シェルヴィちゃんすごい!」


「ほ、褒めすぎはよくないのだ……」


 んんん?

 案外サクッと答えちゃった。

 もしかして、緊張してたの俺だけだったりして……。

 う~わ、急に恥ずかしくなってきたんだけど!

 俺は思わず視線を下に逸らした。


「おい、ハース!」


「ん?

 この声は……シェルヴィ様?」


「にっ!」


 声のする方を見ると、そこにはとびきりの笑顔でピースするシェルヴィ様の姿があった。


「はい、流石はシェルヴィ様です」


 俺もシェルヴィ様に負けじと、とびきりの笑顔で答えた。


 その後も、シェルヴィ様は一生懸命授業に臨み、積極的に発言していた。

 そしてかくいう俺も、2時間目の国語、3時間目の英語、4時間目の歴史、5時間目の化学までしっかりとシェルヴィ様の勇姿を見届けた。


 それから、どれだけ経っただろう。

 キーンコーンカーンコーンとチャイムが鳴り、先生が声を掛ける。


「ナタリア挨拶」


「き、起立っ!

 気をつけ、さようなら!」


「さようなら!」


「さようならなのだ!」


「はい、さようなら。

 気をつけて帰れよ」


「は~い!」


 なんだ……?

 教室から声が聞こえる……。

 あれ、授業は……?

 あぁ、もう終わったのか……。

 視界がぼやけていて、よく見えない。

 俺は今、目を開けているんだろうか。


「ハース、待ちに待った下校の時間なのだ……。

 おい、聞いてるのだ……?

 お~い……!」


 あれ?

 この声って……シェルヴィ様……?

 ん!?

 シェルヴィ様っ!?


「はっ!

 俺は一体……」


「全く、何を呑気に寝ておるのだ」


「シェ、シェルヴィ様……!

 べ、別に寝ていたわけではないですよ!」


 教室と保護者席を分ける柵の向こうにシェルヴィ様の姿が見える。

 もしかして、怒り狂って……。


「うむ、冗談なのだ」


 え?

 怒って……ない……?


「早く家に帰るのだ。

 ふわぁ……我はもう疲れたのだ」


「はい、分かりました」


 はぁ、よかった。

 帰る報告をしに来ただけか。

 でも、詰められたところで、授業が終わるところまでの記憶は残ってる。

 かろうじてだけど。


「じゃあ、廊下で合流ですね」


 俺が席を立ち、階段に足をかけたその時、シェルヴィ様が声をかけてきた。


「ハ、ハース……!」


「……はい……?」


 シェルヴィ様、このタイミングでどうしたんだろう?


「きょ、今日は、ありがとうなのだ!

 そ、それだけなのだぁぁぁああ……!」


 シェルヴィ様はそう言うと、足早に廊下へ出ていってしまった。


「ありがとう……か。

 なら、俺も廊下に出たら伝えないとな」


 こちらこそって。

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