第19話 自分に誇れる自分であれ

 俺はベンチから立ちあがり、伸脚と屈伸、それから手首のストレッチを行った。


「ハースさん、突然どうしたガウ?」


「ちょっと用事が出来てしまったので、少し行ってきます」


「はぁ。

 この場合は、行ってらっしゃいませ……?

 んんー……なんか新妻っぽすぎるかも……。

 あっ、行ってらっしゃい!」


「はい、行ってきます」


「新妻……新妻……新妻っ……!」


 俺はドッジボールコートへ走った。


「シェルヴィ様!

 少しいいですか?」


「ハース!?

 な、何しに来たのだ?」


 おっ、その顔はいつものシェルヴィ様だ。

 やっぱ、安心するなぁ。


「ねぇあの人、噂のイケメンさんじゃない?」


「あっ、ほんとだ!」


「うわっ、かっこよ!」


 俺はあっという間に、女の子たちに囲われてしまった。


「ねぇねぇ何しに来たの!」


「もしかして、シェルヴィ様の許嫁なの!?」


「シェルヴィ様ずるーい!」


「そ、そんな訳ないのだ……」


 この勝手に話が大きくなったり、逸れていってしまう辺りが実に子供らしくて可愛らしい。


「1つお願いがあるのですが……俺もまぜていただいてよろしいですか?」


「なっ……!」


「ハースさん……!」


 驚くシェルヴィ様とナタリアさん。

 まぁ、急に高校生が小学生のドッジボールにまぜてと言ってきたら、驚くだろうな。

 しかも、その相手は女の子だし。


「えっ、やろやろ!」


「もっちろんいいですよ!」


「で、どっちのチーム入ります?」


 ただ、他の女の子たちは歓迎してくれた。


「そうですねぇ……。

 なら俺は、シェルヴィ様の相手チームに入ります」


「ぐぬぬぬぬぬ……。

 ハース、絶対に当ててやるのだ……!」


 そして、ドッジボールが再開された。

 1度流れが止まったこともあり、相手チームの外野からスタートのようだ。

 まぁ、俺が止めたんだけど……。


「よしっ!

 イケメンさん行きますよ!

 そりゃ!」


「……よっと!」


 俺は腹の前に飛んできたボールを両手でがっしりとキャッチした。


「おぉ、ナイスキャッチなのだ!」


「ハースさんすごい!」


 もちろん、俺がまぜてもらったのには理由がある。

 当然……シェルヴィ様を狙うためだっ!


「シェルヴィ様行きますよ!

 はっ!」


 バックスピンがかかったボールは、一直線にシェルヴィ様へと向かっていく。

 ありゃりゃ……ちょっと強すぎたかなぁ……。


「ふっふっふ、ハース甘いのだ!」


 しかし、足元に飛んできたボールをシェルヴィ様は華麗にキャッチした。


「反撃開始なのだ!」


「ふへぇ……まじか」


「とりゃ!」


 シェルヴィ様の投げたボールは、こっちチームの女の子を捉えた。


「うわぁ、当たっちゃった……」


「シェルヴィちゃんすごい!」


「ふっふっふ、これくらい当然なのだ」


 そこからの試合展開は面白かった。

 何が面白かったと聞かれたら、答えは決まっている。

 先程のプレーでリーダー的立ち位置となったシェルヴィ様を狙うボールが増え、心から笑うシェルヴィ様を見られたことだ。


 そして試合は、15分ほどでシェルヴィ様チームが勝利した。


「ふっふっふ、我は負け知らずなのだ!」


「流石シェルヴィちゃんだね!」


「シェルヴィ様すごかったよ!」


「ねぇ、もう1回やろ!」


「別にやってやらんこともないのだ」


「じゃあ決まりね!」


 いい雰囲気だ。

 よし、俺はもう用済みだな。

 俺は空間転移で、ベンチへ移動した。


「あっ、おかえりガウ」


「ただいま」


「に、新妻っぽい……」


「ん?

 今何か言いました?」


「な、何も言ってないガウ」


 笑顔で友達と遊ぶシェルヴィ様。

 それをベンチから見守る俺。

 これを幸せと呼ばずしてなんと呼ぶのか。


 それから、30分はシェルヴィ様を眺めていたと思う。

 そして、キーンコーンカーンとチャイムが鳴り、放課終了10分前のアナウンスが流れた。


「へぇ、学校ぽいな」


「ここは学校ガウ」


「あっ、そうでした」


 暖かな日差しと、座り心地のよい木のベンチ。

 そして何より、笑顔のシェルヴィ様。

 てっきり、最高の休日かと思ってしまった。


「ナタリア、早く戻るのだ」


「う、うん……」


「ん?

 どうしたのだ?」


「ちょっと走りすぎちゃって、歩く気力が残ってないかも……えへへ」


「もう、ナタリアは情けないのだ」


「ごめんね……」


 あれ?

 ナタリアさんが座り込んでる。

 何かあったのかな……。

 俺は空間転移で、ナタリアさんの背後に移動した。


「ナタリアさん、何かお困りですか?」


「ハ、ハースさん……!?」


「あっ、そういえばハースがいたのだ」


 あ、あれ?

 かっこよく登場したつもりだったんだけど、シェルヴィ様冷静だなぁ……。


「ハースよ、ナタリアを教室まで運ぶのだ」


「はい、お任せ下さい。

 それで……抱っことおんぶ、どちらがいいですか?」


「えぇっ!

 な、なら……おんぶでお願いします……」


 あっ、女の子に抱っこはないよな……。

 反省反省。


「かしこまりました。

 では、どうぞ」


 俺は地面に片膝を付き、ナタリアさんに背を向けた。


「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて……」


 ナタリアさんをおんぶし、歩き始めて数分。


「すーすー……」


「あれ?

 ナタリアさん寝ちゃいましたね」


「ありゃ、本当なのだ」


 それにしても、清々しい陽気だ。

 晴れ渡る空、涼しい風。

 これが平和か。


「そ、そういえばハース。

 どうしてまざってきたのだ?」


「あっ、そうでした。

 その事で、シェルヴィ様に1つお伝えしたいことがあります」


「ん?

 なんなのだ?」


「自分に誇れる自分であれ。

 これは俺の大好きな言葉です。

 シェルヴィ様は立場上、みなさんから少し距離を置かれているのかもしれません。

 でもそれは、シェルヴィ様に課せられた使命であり、課題です。

 もっともっとシェルヴィ様らしく振舞い、みなさんにどんな人間なのかよく知ってもらいましょう。

 シェルヴィ様は、一緒にいて楽しい人です。

 それは俺が保証します」


 きっかけは些細なことでいい。

 それも子供同士なら尚更だ。


「う、うむ。

 それは分かったのだ。

 でも……1つだけ間違いがあるのだ」


「間違い……ですか?」


「うむ。

 もうすでに、我は我が誇らしいのだ!」


「流石はシェルヴィ様です」


「えっへん!」


 あっそういえば、フェンリアルはどこ行ったんだろ。

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