第18話 立場

「あっ、そういえば……。

 シェルヴィ様、授業はよろしいのですか?」


「うむ。

 今は自由放課なのだ」


「へぇ、STの後に放課ですか……。

 珍しいですね」


 俺は3人の後に続いて、グラウンドに向かっていた。

 でも、なぜこの辺りにはぶどうとマスカットの木が生えてるんだ?

 

 グラウンドまでの通り道に突然現れたのは、頭上を覆う大量のぶどうとマスカット。

 しかも、綺麗に整備された道の脇に立てられた看板には、『食べ放題』と書かれている。

 格子状のぶどう棚が張り巡らされているのを見ると、完全にぶどう狩り農園だ。


「んっ! んっ!」


「ん?」


 横に視線を移すと、小さな身体で懸命にジャンプし、小粒のぶどうを取ろうとするシェルヴィ様の姿があった。

 と、尊い……。

 って、時折出てくるこの感情はなんだ?


「シェルヴィ様、俺が取りますよ。

 この小粒のぶどうでいいですか?」


「う、うむ……。

 それで頼む」


 俺は少し背伸びをして、1房丸々ぶどうを取った。

 いざ手に取ってみると、小粒ながら重みがある。


「はいどうぞ」


 試しに1粒だけ手に取り、シェルヴィ様の口元に運んでみた。


「あ~ん」


「なっ……!」


 カァァァっと顔がトマトのように赤くなったシェルヴィ様は、左右に顔を振り、ナタリアさんとフェンリアルの顔色を伺っている。


「俺の手からは食べれませんか……?」


 秘技、瞳うるうる。


「さ、流石は従者なのだ……!

 我が仕方なくいただくとしよう。

 あ~ん……もぐもぐ。

 んんん、幸せなのだぁ……!」


「う、羨ましいぃぃぃ……」


 なぜかフェンリアルが瞳をうるうるさせ俺を見ている。


「ほいっ!」


 俺はなんとなくぶどうを1粒投げた。

 あぁ、あれだ。

 犬にフリスビーを投げる感覚に近い。


「ガウッ!」


 そして、俺の投げたぶどうを見事に空中でキャッチしたフェンリアル。

 それと同時に、俺のフェンリアルに対する認識がペットの狼として確立された。


「へぇ、ハースさんの一人称って俺だったんですね。

 でも、最初わたくしとか言ってたような……」


 なにっ……!

 でも確かに、居心地がよくなったせいか、つい素が出てしまっていた気がする。


「はい、申し訳ありません。

 実は、あまり心得がないものでして……」


「いえいえ!

 別に私も悪いとかそういうつもりで言ったわけじゃ無くて……」


 う~ん、少し気まずい。


「あっ、ご主人……じゃなくて、ハースさん。

 結局のところ、なんてお呼びすればいいんですか?」


 フェンリアル。

 君は多分、魔王様と2人でプロサッカー選手を目指した方がいい。


「ん?

 全然ハースで大丈夫ですよ」


「よ、呼び捨てですか……!

 ……分かりました。

 仕方なくですからね!」


「あ、うん」


 誰も触れられない、完璧なノールックスルーパスだった。

 あぁ、気まずい空気を一瞬で置き去りにするキラーパス。

 最高の響きだ。


「あっ、そろそろ見えてくるのだ!」


「え?」


 いつの間にか、俺はぶどう農園を抜けていた。

 日差しを遮る緑のカーテンが無くなり、暖かな日差しが俺を包み込む。


「これはグラウンド……なのか?」


 そこには、全12色の観覧車、メリーゴーランド、芝生のサッカーコート、テニスコート、バスケコートなど、何でも揃っていた。

 まさしく、子供の夢といった感じだ。


「よし、今ガウ!」


 右手に持っていたぶどうをパクッと丸呑みするフェンリアル。


「えっ、1口……?」


「じゃあ、我はドッジボールしてくるのだ!

 ハースはその辺で見てるといいのだ!

 もちろん、ナタリアもなのだ」


 シェルヴィ様がナタリアさんの右手を掴み、白線で書かれたドッジボールコートへ走っていく。


「わ、私、運動苦手なのにぃぃぃ」


 ナタリアさんは大変だろうな。

 なんたって、自由奔放なシェルヴィ様の親友なんだから。


「怪我だけはしないようにしてくださいね!」


「「「そんなこと分かってるのだ」」」


 俺は少し離れたところから見守ろう。

 となると、あそこのベンチだな。


「フェンリアル、あっちのベンチに行こう」


「了解ガウ!

 あっ、また……!」


 口元にびっしりついたぶどう果汁。

 ふとポケットに手を入れると、黒いハンカチが入っていた。

 多分、シロさんが入れてくれたのだろう。


「これ使ってください」


「ありがとガウ!

 あっ……!」


「それと、そのガウって話し方可愛いですね」


「な、な、なっ……!

 チーン……」


 フェンリアルは、ハンカチを右手に持ったまま固まってしまった。


「あれ?

 拭かないんですか?

 ならもう、俺が拭いちゃいますよ」


 ハンカチを再び受け取り、優しく口元を拭いてあげると、フェンリアルの身体からスっと力が抜けた。


「えっ、ちょっと」


 咄嗟に左手で身体を支え、地面に倒れるのは防げた。

 でも、ここからどうしよう……。

 まぁ、運べばいっか。


「よいしょ。

 へぇ、案外軽いんだな」


 俺は魂が抜けたように大人しいフェンリアルをお姫様抱っこでベンチまで運んだ。

 そして、フェンリアルをベンチに寝かせたあと、シェルヴィ様を目で追った。

 どうやら、先に遊んでいた子たちに混ぜてもらったらしい。


「行くよ! そりゃ!」


「うわぁぁぁああ」


 走って逃げ回るナタリアさん。

 一方、シェルヴィ様はどしっと身構えている。


「そりゃ!」


「おりゃ!」


「えいっ!」


 しかし、これだけ激しい投げ合いをしていても、シェルヴィ様に中々ボールが飛んでこない。

 いや、違う。

 これは……シェルヴィ様を狙っている人がいない……?


「きっと、魔王の娘だからガウ」


「あっ、起きた」


「私でも、怪我させたらどうしようとか考えちゃって、狙えないと思うガウ」


「そうなのか……」


 やはり、立場が違えば関わり方も変わる。

 これは仕方の無いことだ。

 でも、もしそれでシェルヴィ様が悲しむなら、世話役である俺の出番だ。


 シェルヴィ様は普段通り笑っているつもりだろうが俺には分かる。

 あれは、心から笑えていない。

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