第17話 仲直り
俺とフェンリアルは廊下に出た。
「えっ、戻るんですか……」
「当然です」
なんで嫌そうなんだ……?
もちろん、フェンリアルには人型に戻ってもらった。
そうしなければ、どんな騒ぎになるか分かったもんじゃないからな。
「ところで、中庭ってどこにあるかわかります?」
こんな時、無知な自分が情けない。
知り合ったばかりの人に頼るなんて、うぅ……。
「も、もちろんガウ!
あっ、恥ずかしい……!」
なんだ今の!
って、それどころじゃないだろ。
「なら、案内お願いします」
「お、おまかせガ……ください!」
俺とフェンリアルは、エレベーターで1階へ降りた。
「あっ、そういえば俺の靴……」
急いでシェルヴィ様の下駄箱に向かい、恐る恐る開けてみると、俺の靴はしっかり残っていた。
「シェルヴィ様……!」
これに関しては、残っていて当然である。
この時の俺はこれほどまでに冷静さを欠いていたのか。
気をつけないとな。
俺は靴を履くと、前を走るフェンリアルを追った。
しかし、裸足で女の子を走らせていいものなのか?
そう、なぜか人型に戻ったフェンリアルは、靴下すら履いていなかったのだ。
今でこそ、砂地と枯れ葉に助けられているが、尖った石なんて踏んだ時には……。
うぅ、怖っ!
「中庭はすぐそこガウ!
あっ、また……!」
どうやら、語尾にガウと付くのが癖らしい。
……じゃなくて、靴の話だ。
「足大丈夫ですか?
素足ですし……」
「えっ、あっ、はい……!」
「あぁ、よかった」
「全然寒くないのでご安心を!」
右親指をピンと立て、こちらを振り返るフェンリアル。
「あっ、うん。
それならよかったよ、あはは……」
(わざわざ気にしてくれるなんて……!
優しいなぁ、キュン!)
とか思ってるんだろうなぁ。
でも、そうじゃないんだよなぁ。
もしかして、フェンリアルは天然なのか……?
「あっ、見つけたガ……ました!
あそこのベンチガ……です……!
もうっ!」
「天然……いやいや。
ベンチ……ベンチ……本当だ!
フェンリアル、こっちこっち」
「は、はい……!
呼び捨てされちゃった……えへへ」
「ん?」
「ブンブン」
音がなるほど首を振るフェンリアル。
今なにか言ってたような気がするけど、まぁいっか。
シェルヴィ様とナタリアさんがいたのは、生垣に囲まれた中庭のベンチ。
俺とフェンリアルは、生垣に身を潜めた。
中庭は、砂や石で表現された枯山水や、静かに流れる池が中庭の中心にあり、その様子はさながら日本庭園のようだ。
水面には風情ある架け橋や草花が映り、枝垂れ桜や松の木が四季折々の美しい風景を彩っている。
「ねぇ、シェルヴィちゃん。
ハースさんに謝ろう?」
「絶対に嫌なのだ。
我は悪くないのだ」
ふとベンチを立ったシェルヴィ様は、石組みの通路をジャンプしながら移動し、靴を脱いで静謐な雰囲気を醸し出す茶室へ入っていった。
「あっ、シェルヴィちゃん!」
そして、すぐにナタリアさんが後を追った。
「えっ、もしかしてバレた……?」
「そ、そんなことはないと思いますよ!
というか、これはチャンスです!
今なら逃げられる心配はありません!」
「た、確かに……!」
俺とフェンリアルは、茶室に近づき耳を澄ました。
「あぁもう!
ムカムカするのだ……!」
「シェルヴィちゃん落ち着いて、ね?」
まずい。
シェルヴィ様カンカンだ。
もう帰りたい……。
って、いやいや。
何もしなかったら、何も変わらないだろうが。
よし、覚悟を決めよう。
「フェンリアル、5秒経ったら襖を開けてくれ」
「おっ、いよいよ本番ですね。
まっかせてください!」
胸の鼓動が早まっていく。
どうやら、俺は緊張しているらしい。
「では、行きます!」
「頼む」
地面を蹴り、茶室の襖に手をかけたフェンリアル。
しかし、彼女はやはりど天然だった。
「なっ……!
ハ、ハースさん、中から鍵かけられてます!」
フェンリアルは、ガンガンガンガン音を立てながら、襖を押したり引いたりしている。
「あ、あのさ、フェンリアル」
「な、なんですか?」
「多分だけどそれ、スライドだよ」
「ま、まっさかぁ……」
フェンリアルが軽い力で左にスライドしてみると、襖は簡単に開いた。
「う、うっそぉ……」
「だ、誰なのだ!」
「キャーッ!」
まぁ、そりゃそうなるよね……あはは。
「も、申し訳ありません!
作戦は、作戦は続行ですかっ!?」
「もちろん続行だ!」
「了解っ!」
「って、なると思った?
フェンリアルはその辺でゆっくりしてていいよ」
「せ、戦力外通告……ガウ……」
下を向いたまま茶室右横に移動したフェンリアルは、狼の姿に戻り、その場でふて寝した。
「あ、あの……シェルヴィ様!」
「ハース……!
な、何しに来たのだ!」
俺は靴を脱ぎ、茶室に上がった。
「先程は大変申し訳ございませんでした!」
「なっ……!」
そして、畳で土下座した。
「隣に座った女性が狼だったとはいえ、シェルヴィ様から目を離すなど言語道断!
どうか、どうか、このご無礼をお許しください」
「シェルヴィちゃん……」
「わ、分かったのだ!
だから、早く顔を上げるのだ!」
「シェルヴィ様……!」
「うむ。
つまり、あそこにいる狼が悪いのだな!」
「……はい?」
シェルヴィ様が指さす先には、モンシロチョウと戯れるフェンリアルの姿があった。
ん!?
ついさっきまで寝てたはずじゃ……。
「あっ、ご主人様!」
「なっ……!」
フェンリアルの野郎、1度もご主人様なんて呼ばなかったくせに……ゴォォォォ。
「あ、あれ……?
なんか……怒ってます?」
「俺はお前のご主人様じゃなぁぁぁああい!」
「えっ、そうなのぉぉぉおお!」
あっ、まずい。
またシェルヴィ様を放置してしまった。
怒ってるかな……。
恐る恐る視線を向けると、そんな心配はいらなかったようだ。
「ハースは何をいっているのだ」
「ほんと、おかしいですよ」
「わ、笑ってる……よかったぁ」
2人の眩しい笑顔が、俺の心を明るく照らしてくれた。
俺はこの笑顔を、一生守っていこう。
改めてそう思った。
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