第14話 校庭

 右へ左へ、次々建物の角を曲がり、容赦なく校庭を進んでいく2人。

 俺はついて行くだけで精一杯だ。


 ただ、もし2人を見失ってしまったら、この敷地面積が俺を待っている。


 俺ごとき、容易く迷子になるだろう。

 一応初めて学校来たんだけどなぁ……。


 まぁ、2人の知ったことではないよな。


「なぁ、ナタリア」


「ん? どうしたの?」


「我は最近、肉じゃがという料理を食べたのだ。

 それはもう美味で美味で……。

 あぁ、思い出しただけでヨダレが垂れてくるのだ……じゅるり」


 袖でヨダレを拭い、両手でガッツポーズするシェルヴィ様。

 もちろんその間も、歩くスピードが落ちることは無い。


「えっ、ずるいずるい!

 それ私も食べてみたい!」


「うむ!

 次作る時があれば、ナタリアも呼ぶのだ!」


「ありがとう!

 シェルヴィちゃん大好き!」


「や、やめるのじゃ……!」


 ナ、ナタリアさんが、シェルヴィ様に抱きついてる!

 な、なんて距離の近い子なんだ……。


 でもまぁ?

 肉じゃがを食べてみたいと言ってくれたことだし、疲れてるけどもう少しくらい頑張って歩くか!


 しかし、歩いても歩いても2人が止まる気配は無く、気づけばこの会話から20分が経過していた。

 

 そう。

 ここからが本番だったのだ。

 更に5つ角を曲がり、川を超えるため1本の木橋を渡った。

 かれこれ20分は歩きっぱなし。

 道中、俺の脚は何度も何度も悲鳴をあげた。


 (おい……身体……回復の……チート技が……1……1番……強いんじゃ……ねぇ……のか……?)


 そして、粘りに粘って歩くこと30分。

 ついにその時がきた。


「よしっ、ようやく着いたのだ」


「ふぅ、やっぱり少し距離あるね」


「我はもう慣れてしまったのだ」


 はぁ、はぁ。

 シェルヴィ様、流石、です……。


 壁に手を付き、何とか倒れないよう身体を支える。

 というか、そうしなければ脚が生まれたての子鹿のようになってしまう。

 

 ところで、ここはどこだ?


 少し顔をあげると、『2-1昇降口』と書かれたいちご模様の看板が立っているのが見えた。


「昇降口、か……」


 あっ、もうだめだ。

 どうやら限界が来たらしい。


 まぁ、シェルヴィ様を無事に送り届けることは出来たし、ミッション完了か。

 ふぅ、俺は少し休んでから帰るとしよう。


「はぁ、疲れた疲れた」


「おいハース、壁にもたれて何をしてるのだ?

 も、もしかして、ハースは教室まで来てくれないのか?」


 うっ、尊い……。

 うるうるとした瞳で俺を見ないでくれぇぇぇええ!


「もちろん、ついて行きます。

 ただ、靴の中に少々小石が入っていたものですから」


「なんだ、そうだったのか。

 なら、早くこっちへ来るのだ!」


「はい、ただいま」


 気づけば、俺は立っていた。

 今の俺に立てるだけの力は残っていないはず。

 なのに、事実立っている。

 自分の身体なのに、自分で自分が分からない……。

 俺は2人の元へ走った。

 やはり、脚に痛みはない。

 不思議だ。


 しかし、落ち着いて見てみると、実に立派な昇降口だ。

 各クラスごとに分けられた木の下駄箱は、背の高さを考慮してなのか3段15列構成となっており、広大な敷地が上手く活用されている。

 ところで、昇降口だというのにこの天窓は必要なのだろうか。

 確かに暖かな日差しは木との相性もよく心地よいが、ちょっとやりすぎな気がする。


「シェルヴィ様のクラスはどちらにあるのですか?」


 暗い色で構成されたタイル張りの床で靴を脱ぎながら、俺は尋ねた。


「ふっふっふ。

 それを聞いてしまうとは、ハースも罪な男なのだ」


 シェルヴィ様、それ意味分かって使ってます?

 でもこれって多分、聞き返した方がいいやつだよな。


「どういうことですか?」


 はいはい、一体どんなボケが来るのやら。

 俺はシェルヴィ様が使っていた下駄箱の上段に靴をしまった。


「実は……12階にあるのだ!」


「……ん?」


 シェルヴィ様が指さす方向に視線を移すと、そこには階段があった。


「えっ、まさか……」


「そう、あれを使うのだ!」


 はい、もう帰るっ!

 流石に帰るっ!

 階段は嫌だっ!


 帰れっ!

 帰れっ!

 帰れっ!


 俺の心が叫んでいる。


「ちょっと、シェルヴィちゃん!

 普段階段なんて使わないでしょ!

 使うのはこっちの、でしょ!」


 ナタリアさんが指さす方向に視線を移すと、そこにはエレベーターが2台あった。

 2台の真ん中にある柱には、『10人まで』と書かれている。


 エ、エレベーター……!

 なんて素晴らしい響きなんだ!


「シェルヴィ様、エレベーターでいいじゃないですか! ねっ、ねっ!」


「チッ、ナタリアのせいで作戦失敗なのだ……」


 い、今、今このお嬢様、小さい声ですごいこと言ってなかったか……?


「おいハース、早く乗るのだ」


「ハースさん、こちらですよ」


「はい、喜んで!」


 危ない、危ない。

 危うく涙が出るところだった。


 そんなことより……よく頑張ったな俺の脚。

 うんうん、偉いぞ。

 後で沢山なでなでしてあげるからな。


「なんかハースがキモイのだ……」


「き、きっと疲れてるんだよ……!」


 はっ……!

 いけない、いけない。


 どうやら、俺は無意識に自分の脚を撫でていたらしい。

 ふぅ、流石に引かれてしまうところだった。


 ジー。


 ……って、何この冷たい視線っ!


 はぁ。

 エレベーターから見渡せる山々は、暖かな日差しに包まれているというのに。

 全く、俺とは正反対だ。


 しばらくすると、エレベーターが止まった。

 12階に着いたようだ。


「よし、時間ぴったりなのだ!」


「そうだね!

 このまま2人で、皆勤賞目指そうね!」


「うむ!」


 へぇ、皆勤賞って異世界にもあるんだなぁ。

 でも、なんだろう。

 分からないけど、俺と皆勤賞の間にはとても深い溝があるような……。

 もしかして、前の俺は遅刻魔だったのか?

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