第12話 デリート

「ん?」


 今自分が何をやろうとしているのか、正直分からない。

 ただ、確かに感じるこの感覚……。

 俺なら出来る!


「ガルルルル」


 うわー、思ったよりでかいな。

 草陰からガサゴソと姿を見せたのは、人の背丈を軽々超える紫毛並みの狼。


 この体格であの速さ。

 控えめに言って化け物だ。


「……あっ……うっ……」


 まずい。

 シェルヴィ様が怯えている。


「……ふぅ……ふぅ……」


 それでも、狼を刺激しないよう必死に口を塞いでいる。

 なんて偉い子なんだ……。


 おいハース、シェルヴィ様はあの小さな身体でこんなにも頑張っている。


 これ以上はもう、言わなくても分かるよな。


「シェルヴィ様。

 ゆっくりでいいので、後ろの木まで下がってください」


「……んん……」


 うんうん、いい返事だ。

 後は、俺に任せてくれ。


「おいそこの狼、俺が相手だ」


「ガルルルル」


 いつ飛びかかってきてもおかしくない状況の中、俺は右人差し指の先端に魔力を集中させていた。


 もちろん、そこに明確な理由は無い。

 ただ、そうすればいい気がする。


 そして1分後、コロコロと俺の足元に小石が1つ転がってきた。

 どうやら、後ろの木まで下がることに成功したらしい。

 流石はシェルヴィ様。


「ガルル、ガルル」


 あれ?

 唸り声のパターンが変わったな。

 そろそろか……。


「ガルル、ガル、ガルルルル」


「来いよ、狼野郎……!」


 人差し指には、もう十分魔力が溜まっている。


「ガルルルル、ガルッ!」


「よし、来いっ……!」


 狼が力強く地面を蹴ったその瞬間、なぜか俺も地面を蹴っていた。


「ハース!」


 シェルヴィ様が俺を呼んでいる。

 でも今は、今だけは、黙って見ていて欲しい。


 ハースという世話役がかっこよく決めるその姿を!


「ガウッ!」


「デリート」


 それは一瞬だった。


「ど、どうなったのだ?

 ハースは、ハースは、勝ったのだ……?」


 山の中腹は静寂に包まれ、地を歩くアリでさえも、その異様な空気感に戸惑っている。


「うっ、うっ……」


 今にも泣き出しそうなシェルヴィ様。

 でも、そんな顔は見たくないし、全く似合わない。


「もちろん勝ちましたよ」


「ハース……」


 シェルヴィ様は、物凄い勢いで振り返った。


「世話役が主をおいて、先に死ぬ訳には行きませんから。

 ……って、目から水が垂れていますよ」


「な、泣いてなどいないのだ!」


「あれあれ?

 俺はそんなこと、一言も言ってませんよ」


「い、いじわる!」


 狼と空中で向かい合った時、俺の右人差し指から放たれた純黒の魔弾は狼のおでこを捉えた。


 そしてその瞬間、俺はこの世界から狼を消せると思った。


 しかも、それはどうやら狼に限った話では無いらしい。

 俺は確かにあの時、この世の森羅万象全てを消してしまえるような、そんな気がした。


 もちろん、まだ試した訳でもなければ、そんな能力があるのかさえ知らない。

 でも確かに、俺はこの世から狼を消した。

 その証拠に狼の姿がない。


「ところでシェルヴィ様、学校遅刻しちゃいますよ?」


「あっそういえばそうだったのだ!

 ……って、そう簡単に切り替えれるかぁぁぁああ!」


「おぉ!

 シェルヴィ様は、ツッコミの心得もあったのですね」


「そんなもんないのだっ!

 ほらっ、さっさと行くのだ」


 あっ、怒ってる怒ってる。

 シェルヴィ様は目を合わせることなく、左手を俺に差し出した。


「そうですね。

 学校へ行きましょう」


 うわぁ、これすごく従者っぽい。


「はい、失礼します」


 俺とシェルヴィ様は、再び山道を下った。


「綺麗だ」


 木々の間から差し込む日差しは、俺の門出を祝うかのごとく、キラキラと輝いていた。

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