第11話 送り迎え

 主従の契約を終えた俺は、クロさんとシロさんが開けてくれた扉から外に出た。


「まぁまぁ、適当に座るにゃ」


「失礼します」


 クロさんに促され、俺は少し丘のようになっている芝生に座った。


「ふっふっふ、どうにゃ?

 この庭もうちが整備したのにゃ」


「お姉さま、私もですよ……あっ、にゃ」


「あはは……」


 それにしても、流石はお金持ちって感じの庭だ。


 綺麗に整備された芝生はもちろん、大きな木の影に置かれたレトロな木の机と椅子、それに色とりどりの花々が彩る外門までの道なんかも、とても魅力的だ。

 そして何より、空気が澄んでいて気持ちがいい。


 まるで、あの日の空みたいだな。

 ……って、なんだそれ。

 俺は一体何を言ってるんだか。


「お、お待たせなのだ……!」


 片側が開いたままの扉から、ママさんとシェルヴィが姿を見せた。

 ほらっ、シェルヴィも来たことだし切り替えろよ俺。


 いや待てよ、俺は世話役であり、従者な訳だ。


 なら、これからはずっとシェルヴィ様で統一した方がいいよな。


「いえいえ、待ってなどいませんよ。

 それより、その服とてもお似合いですね」


「なっ……!

 い、いちいち言わなくてもいいのだ!」


 シェルヴィ様の服は、袖や襟、着丈の部分に可愛らしいふりふりが付いており、俺のよく知る子供服ではなかった。

 でも別に、おかしいとかそういう意味で言った訳ではない。


 ただ、俺のよく知る子供服が男物だったというだけの話だ。

 なんなら、白ベースの服に黒ズボンの組み合わせは、とてもセンスがいい思う。

 まぁ、俺好みなだけだけど……。


「では、シェルヴィ様」


「う、うむ」


 俺はシェルヴィ様の左手を取った。

 なんだか親子みたいだ。


「いってきます」


「いってくるのだ!」


 そこにパパさんの姿はなかったが、俺とシェルヴィ様は3人に出発の挨拶をした。


「気をつけてね」


「ハース、ちゃんとお守りするのにゃ!」


「外門を出ると山道です……にゃ。

 おふたりとも、お気をつけて……にゃ」


「ありがとうございます」


 挨拶を終えた俺は、シェルヴィ様と2人、花の道を進んだ。


「綺麗ですね」


「う、うむ……」


 季節の花の華やかさに感動している俺とは対照的に、シェルヴィ様は緊張している様子。


 俺はシェルヴィ様の緊張を解くため、重厚感のある外門を抜けたところでこんなことを言ってみた。


「シェルヴィ様、おひとつよろしいでしょうか?」


「よ、よいぞ……!」


「ありがとうございます。

 では失礼して……」


 緊張を解くためには、距離感を感じさせないようにすることが大切だ。


「実は俺、シェルヴィ様の向かう場所を知りません」


「な、なんだと……!」


 まぁ、そりゃそうなるよね。


「大変申し訳ございません。

 しかし、本当に聞かされてないものですから」


 タチの悪いことに、嘘は何一つ言っていない。


「う、うむ……」


 まずいな。

 逆に困らせてしまったかもしれない。

 このハース、不甲斐ない限りです。


 「な、なら、我についてくるがよい!」


 ・・・。

 ええええええええええ!

 シェルヴィ様大人ぁぁあああ!


「はい、有難くそうさせていただきます」


 なんだろう。

 この関係性、嫌いじゃない。


「おいハース、我は何歳に見える?」


「うーん、そうですねぇ。

 7歳くらい……でしょうか」


 大人の女性に聞かれたくない質問ランキングトップ10には入る質問をしてくるシェルヴィ様。

 果たして、俺の回答は正しかったのだろうか。


「おぉ、正解なのだ!

 ハースは見る目があるのだ!」


「当然です。

 俺はシェルヴィ様の世話役兼従者、ハース・シュベルトですから」


 うぅぅぅ、よかったぁぁぁ!


「うむ、いい心意気なのだ」


 うん。

 やっぱり俺、この関係性が好きだ。


 再び歩き始めた俺とシェルヴィ様は、小石や枝、木の実なんかが落ちている山道をゆっくり下り始めた。


「ということは、シェルヴィ様は今小学2年生なんですか?」


「うむ。

 でも、ただの小学2年生じゃないのだ!」


「と、申しますと……?」


「エリート小学生なのだ!」


 静かな山道に、シェルヴィ様の声がこだまする。


「ちなみに、ここはまだ私有地なんですか?」


「もちろんなのだ。

 パパはお金持ちなのだ!」


 うん、まぁそうなんだろうけどさ。

 俺は軽い嫌味のつもりで言ったんだけどなぁ……ガクリッ。

 気づかないなんて、流石の若さだ。


 山道も中腹に差し掛かり、少し足が重たくなってきた。


「シェルヴィ様は、いつもこんな道を通られているのですか?」


「ふっふっふ、さてはハース疲れたのだ?」


「いえいえ、まだまだ行けますよ」


 あれ?

 クロさんの笑い方に似てる。

 もしかして、シェルヴィ様とクロさんはめちゃくちゃ仲良しなのか?


「シェルヴィ様」


「ん?」


「もしかして、その笑いか……」


 俺が質問しようとしたその時。


 ……ガサガサ……。


 突然身体に静電気のような感覚が走り、とにかく嫌な感じがした。


「いや、これは……!

 シェルヴィ様こちらへ!」


「きゅ、急にどうしたのだ!?」


「いいから早く!」


「う、うむ」


 シェルヴィ様を覆い隠した俺の肩に爪のようなものがかする。


「くっ……」


 少しかすった程度だが、傷口からは出血し、白Tが赤く染まっている。


「だ、大丈夫なのだ……?」


「はい、大丈夫です!

 でも危ないですから、俺の後ろに隠れててください」


俺はニコッと笑いかけた。


「わ、分かったのだ!」


 はっきりとは見えなかったが、狼のような姿をしていた気がする。

 初めての土地で、初めての戦闘……か。

 実に不利で、実に理不尽だ。

 でも、不思議と負ける気はしない。


 なぜなら、今の俺には守るべき相手がいるから!


「シェルヴィ様!」


「ん」


「これから起こることは、秘密にしておいてくださいね」


 俺は口に人差し指を当てながら、優しい声でそう言った。

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