第2話浅そうで深い物語

焼きそばパンは異常である。


まず、考えてみてほしい。パンというのは本来、具材を挟むための器であり、それ自体が主役となることは少ない。だが、焼きそばパンは違う。主役は焼きそばなのだ。炭水化物の上に、さらに炭水化物を重ねるという暴挙。これは、食のタブーに踏み込んでいると言っても過言ではない。


この事実に気づいたのは、小学校の昼休みだった。俺は購買で焼きそばパンを手に取り、ふと「何かおかしい」と思った。なぜ、こんなものが存在しているのか。誰が最初にこれを作ろうと考えたのか。いや、それ以前に、なぜこれが「普通の食べ物」として受け入れられているのか。


俺は友人の佐藤に聞いた。


「なあ、焼きそばパンって異常じゃないか?」


佐藤は呆れた顔をして言った。


「お前、そんなこと考えたことなかったのかよ」


「いや、むしろ考えたことあるのか?」


「あるに決まってるだろ」


佐藤はパンをちぎりながら、哲学者のように語り出した。


「この世の中にはな、『普通』に見えて実は異常なものが山ほどあるんだよ。例えば、お前は『時間』って普通に流れてると思ってるだろ?」


「いや、普通に流れてるんじゃないのか?」


「違うな。本当は、時間なんてものは存在しないかもしれないんだ」


「……は?」


「もし時間が実在しないとしたら、過去も未来もただの幻想に過ぎない。だとすると、俺たちは『今』に縛られて生きているだけの存在ってことになる。どう思う?」


俺は焼きそばパンを握りしめたまま、佐藤の言葉を噛みしめた。時間が存在しない? それはどういうことだ? だとしたら、俺が今ここで焼きそばパンを食べることに、どんな意味がある?


「……おい佐藤、それってつまりどういうことだ?」


「簡単な話だ。お前が今食おうとしてる焼きそばパンも、本当に食べる意味があるのか分からないってことだ」


「じゃあ、俺たちは何のために生きてるんだ?」


「そんなもん、分かるわけないだろ」


佐藤はそう言って、焼きそばパンを一口で平らげた。


俺は結局、その日焼きそばパンを食べられなかった。異常なものだと気づいてしまった以上、それを口にするのは、まるで世界の真理に目を背けるような気がしたからだ。


それ以来、俺は焼きそばパンを食べていない。だが時々、購買の棚に並ぶ焼きそばパンを見つめながら思うのだ。


――人間とは、異常を異常と思わなくなる生き物なのかもしれない、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る