代理人
「ちょっと待って下さい」優翔が手を上げた。「僕にはそんな記憶はありませんよ? 五回も生きただなんて」
「記憶は継承されないと言ったでしょう? 毎回、私のアバター、つまり女神の代行者が、時に導き時に惑わせながらあなたたちを破滅へと誘導した。でも、あなたたちはその事を覚えていない」
「アバターというのは、アトリプスの事ですか」
メガネを弄りながら勝高が問うた。
「今回のアバターは、アトリプスという名を自分でつけたようですね」
「つまり、毎回、陽葵ちゃんがアバターだというわけではないんですね」
大介と勝高が驚いたように優翔を見た。二人は陽葵がアトリプスだと知らなかったようだ。
「最初は音羽莉子。次に藤美原咲奈。三番目は浜ヶ崎京香で、前回は藤美原愛奈だった」
勝高、大介、優翔の三人は、それぞれの情報を持ち寄ってアバターを務めた女たちについての情報を共有した。その結果、勝高の愛した愛奈と娘を殺しただけでなく、妹の陽葵が優翔の大切な人たちの命を奪った事を知った大介は、悲愴な表情でうなだれた。
「俺は、お前たちに何という事を……」
無表情のまましばし大介を見つめた勝高は、静かな声で告げた。
「
「
「……ありがとう、二人とも」
大介が顔を上げた。微笑みを見せようとしているのだろう、頬が震えている。
「情報を整理すると」勝高が中指でメガネを押し上げた。「咲奈だけは生き残る事ができたようだな。それが唯一の救いか」
「残念ですが。藤美原咲奈も結局、殺されました。牙堂という防波堤を失ったせいで、何人もの男女に女の誇りと人格を踏みにじられた挙げ句に」
くそっ、と言う声が、大介と勝高から同時に漏れた。
「アバターを務めた女自身も、呪いを受けて悲惨な死を遂げ続けるのです。以降のすべてのループで」
勝高が手を挙げた。
「アトリプスは、とんでもない選択肢を出す事もあった。でも彼女自身はとても無邪気で真っ直ぐな女の子だったし、悪意は感じなかった。しかもあなたの為に頑張ったのに、なぜそんな目に遭わされるんですか」
「たしかに、アバター自身に悪意はないでしょう。でも私に操られているので、一見、良い方向に導いているようでもあとで悲惨な結果に繋がったり、自分でも理解不能な行動をしてターゲットであるあなたたちを苦しめた」
「なるほど。だから優しい時もあれば、変な方向へ行かせようとする事もあったんだ。場合によっては、人を殺したりもした」優翔は顎に手を当てて頷いた。「統一感の無い行動には、ちゃんと理由があったんだ」
「人間たちに正しい道を指し示すのが神の務め。神の代行とてその原則は変わらない。それなのに破滅に導いた。だから、アバターを務めた女は呪いを受けなければならないのです」
「それじゃあ、ゲームだなどと言って俺たちを弄んだあなたはどうなんですか」強い視線を女神に向けながら、勝高が震える声で問うた。「やはり呪われるんですか?」
「まさか」女神はさもおかしそうに笑い声を上げた。「そうならない為のアバターじゃないですか。私自身は何も手を下していませんよ」
「卑劣な」
大介が野獣のような目で女神を睨んだ。その手を優翔が掴んで女神に飛びかからないように押さえた。
「アトリプスも被害者だ」優翔は諭すように、優しく大介に語りかけた。「つまり、アバターをやらされた女たち自身に罪はない。陽葵ちゃんは無実だ」
優翔の言葉に、大介がゆっくりと頷いた。
「何もおかしな事ではありません。あなたたちもアバターを使ってゲームをするでしょう? その場合、敵を殺したからといって、あなたたち自身が警察に逮捕されますか?」
「それはそうだけど」
悔しそうに大介が呟いた。
「プレイヤーは何の罪にも問われない。ゲームのアバターにとって人間が上位世界の存在であり不可侵なのと同じく、私たち神は、あなたたちには越えられない境界線の上にいるのです」
女神は自然な優しい笑みを浮かべている。だがその瞳には、人類を見下すかのような冷たく驕った光が感じられた。
「そのように理不尽かつ記憶を継承できないという決定的に不利なルールがある事を知りながら、俺たちは既に四回も転生する事を選択をしたんですか」
眉を寄せて問う大介に被せるように、勝高が言葉を継いだ。
「それだけじゃない。自分たちの人生をやり直す為に、かけがえのない女たちにアバターを務めさせて犠牲にしてきたと言うんですか。謂れのない呪いを背負わされて不幸になると分かっているのに。ありえない」
優翔も頷いて同意を示した。
女神は一つ息をついて、冷たい笑みを浮かべた。
「アバターを務めた女は呪いを受けると言いましたが、あなたたちの選択次第で幸せな人生を送り天寿を全うできる可能性があります」
「過去ループに救いたい人がいるなら挑戦しろ、そういう事ですね。新たな生け贄を賭けの担保として」勝高の顔が覚悟を感じさせるものに変わった。「俺たちに勝算はあるんですか」
「あります。でも今回、あなたたちは一人も救えずに全員破滅した。それだけ難しいゲームだという事です。それに、他の神のアバターたちももちろん干渉してきます。心当たりがありませんか?」
「やるだけ無駄だと?」
「そんな事はありませんよ、優翔。アバターには駒たちの意思や願いが反映される。ある意味、あなたたち自身の心を投影したものだと言えるでしょう」
「想いが通じる可能性がある?」
勝高が中指でメガネを突き上げた。
「そうです。それから、アバターは前ループの記憶を断片的に持っています。夢で見た、デジャブを感じる、というよりは多少、明晰という程度に。その情報を、あなたたちが有利になるように使うとは限りませんが」
記憶は持って行けなくても、強い想いがあれば、アバターを味方につけて女神や他の神の干渉を振り切って目的を果たせるかもしれない、という事のようだ。
少しは希望が見えたと言えるだろう。だが、転生すれば新たな犠牲者を出すだけで終わる可能性が高い事に変わりはない。
それでも。それでも、もう一度会いたい人がいる。命を助け共に生きたい人がいる。ならば。
「選ぶのはあなたたち自身です。どうしますか? このまま重く深い悔いを抱きながら人生を終えるのか。呪われた女がさらに増える事を覚悟した上で転生するのか。ヴェ……」
「ねえ、まだやるの」
背後から声が聞こえた。三人は驚いて振り返った。
「姉さん?」
勝高の視線の先に勝楽が立っていた。その姿はぼんやりと曖昧で、無垢な少女にも、人生に疲れ果てた老婆にも見える。
「私、いいかげん飽きてきたんだけど」
「まあまあ、そう言わないでもうちょっと付き合いなさいよ、マヤ・カトゥーラ」
唇の端に冷たい笑みを浮かべて、勝楽は一つ息をついた。
「しょうがないわね。それじゃあ、次のアバターは私にやらせてよ」
女神の頬が引きつった。少年たちと出会ってから初めて見せる動揺が顔に浮かんでいる。
「冗談はやめて。人でありながら、ある意味、神をも越える存在であるあなたがアバターになんかなったら、何が起こるか分からない。最悪の場合、私の存在が……」
「だから面白いんじゃない。断るなら、もっと素敵な未来を見せてあげる」
勝楽は、血も凍るような壮絶な笑顔で女神を舐め回すように見つめた。女神の顔から表情が消えた。
「私にアバターをさせる方が、チャンスがあるだけましだと思わない?」勝楽の声は楽しげでありながら、逆らう事を許さない迫力を伴っていた。「もしかすると、圧倒的な勝利を収めてあいつらを黙らせる事ができるかもしれないし」
勝楽と女神は時が止まったかのように、しばし視線を絡ませた。少年たちは、息を殺してじっと見つめる事しかできない。
ふいに、勝楽は目を細めて無邪気な笑みを見せた。
「じゃ、そういうわけで」
勝楽は女神を指さした。
――さあ、選びなさい 女神アイオーン あなたの自身の未来を
ヴェーレ・ダイネ・ツークンフト
『ループ5』編 完
半熟女神 宙灯花 @okitouka
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