リーンカーナツィオン
1971
女神の真実
朝露に濡れた草原の冷たく深い霧の中で、穂関優翔は目覚めた。
ゆっくりと上体を起こす。いきなり強い光が差した。眩しさに目を細めた。空に吸い込まれるように霧が晴れて、一気に視界が開けた。
眼下に広がる楽指平野の中央を黒渡川が悠々と流れている。見慣れた風景のはずなのに、優翔は違和感を覚えた。
「平野のほとんどが田畑だな」
声が聞こえた方に顔を向けると、左隣に戎谷勝高が座っていた。
「俺の母親がよく話してくれた昔の楽指村は、こんなふうだったんじゃないかな」
右側に座っている火倉大介が口元に笑みを浮かべながらそう言った。
「その通り。あなたたちが今見ているのは1971年、つまり資本主義経済が押し寄せて急激な都市化が始まる直前の楽指平野なのです」
竪琴が優しく高貴なアルペジオを奏でると、心安らぐ
「アトリプス?」
三人は同時に声を出した。いつの間にか目の前に女神が現われていた。
「あなたたちに分かりやすいように、アトリプスのデザインしたこの姿を借りていますが、私は
勝高は中指でメガネを押し上げながら目を細めた。
「相変らずエゲツナイ程に露出度が高いけど、目に知性の光がある。あいつじゃない」
大介は無言でじっと女神を見つめている。
「本当はどんな姿なんですか、女神さま」
真なる女神であると信じたのだろう、優翔は憧れのような目をして問うた。すると紅瞳流不死は優しく微笑んでまばゆい光に包まれた。
「これが、私です」
光の中から現われた女神の真実に触れて、三人は言葉を失った。
その時優翔は気づいた。自分たちが少年の姿をしている事に。声も高い。女神アトリプスに出会ったあの日のままの、六歳の優翔、勝高、大介が、町を見下ろす小高い丘の草むらに座っていた。
女神、紅瞳流不死は温かな光を瞳に揺らしながら、三人の少年たちを順に見つめた。
「勝高。あなたは勝つ事にこだわるあまり何度も他人を
少年たちはうなだれている。女神は静かに問いかけた。
「自分の人生に満足しましたか。悔いはない?」
「悔いしかありませんよ。僕らを違う世界に転生させてくれませんか、女神さま」
優翔は、すがるように問うた。
女神は少し悲しげな顔をしてゆっくりと首を振った。
「まったく違う世界の、面白おかしい人生に転生させるなんて事はできません。そんな都合のよい転生は、空想の産物だからできるのです。だってそうでしょ? 無双してハーレムを満喫するイケメンや、死亡フラグを蹴り飛ばしてみんなに慕われる令嬢ばかりになってしまった世界をどう思いますか」
コメントし辛いな、と呟いた勝高の背中を大介がギュッとつねった。
「でも」女神は表情を明るくした。「ループ転生なら可能。私にはその力がある。ただし、記憶は継承されないので、同じ失敗をする可能性は高い。転生したからといって、より良い人生が待っているとは限らないのです」
「それでも」大介は女神を強く見つめた。「それでも、違う人生を送って幸せになれる可能性はあるんでしょう? だったら」
勝高と優翔も、女神に真っ直ぐな視線を向けた。女神はそれをしっかりと受け止めた。温かな眼差しで少年たちを見つめ、ゆっくりと頷いた。
「いいでしょう。転生させてあげます」三人は顔を見合わせて、ほっとした表情を浮かべた。「あなたたちには、まだまだ私の手の上で踊ってもらわなくてはなりませんからね」
「……どういう事ですか」
勝高の疑問は、みなに共通するものだった。
「アトリプスが言っていたでしょう? とんでもない数の神が存在すると。その中には暇を持て余してやさぐれている者も少なからずいる。だから、退屈凌ぎのゲームを始めた」
「ゲーム、ですか」優翔は不吉なものを感じたように慎重に問うた。「それはいったい、どんな?」
「アバターを通じて人間を誘導し、いかに酷い状況で破滅させるか、という単純な遊びです」
女神は一点の曇りもない晴れやかな笑顔を広げた。
「まさか、それじゃあ……」
大介は顔を歪ませて言葉に詰まった。あとの二人も深刻な顔をしている。
「あなたたちは既に盤上の駒です。私に転生を願い出て、これまでに人生を五周している」
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