あこがれ――霊媒師ミユキ、外伝2――
@AKIRA54
第1話 あこがれ
あこがれ
1
「クロウさんは、どうして霊媒師になろうと思ったの……?」
と、鼈甲縁の丸い眼鏡をかけた少女が尋ねた。
「さあ?なりたくてなった!って気はしないな……」
と、お客からのいただき物の『生八つ橋』を食べようとして、口元で一旦中止したまま、クロウが答えた。
「所長の屋敷に来た時は、才能の欠片もなかったからね……!修行の前に、行儀見習い!廊下の雑巾かけからだったよ!わたしとは大違い……!」
と、わたしはひとつ生八つ橋を食べ終えて、お茶を飲みながら、会話に加わった。
「えっ?ミユキさん、廊下の拭き掃除をしなかったんですか?弟子入りしたら、最初はみんなするモンでしょ……?」
「カナちゃんは?太夫さんのところで、遣らされた……?」
「いいえ!お掃除は、みんなでしてましたよ!太夫ばあちゃんは、それが日課で、元気の元だし、神様や、精霊たちに対する、務め、だって……」
「ほらね……!才能が溢れている者は、自主的にするのよ!あんたみたいに、嫌々しないの……!それに、雑巾がけも雑だし、下手だし、バケツをすぐにひっくり返すし……!掃除の才能もなかったわね……!」
「ひどいなぁ!まだ、小学生でしたよ!それに、我が家は、女系家族で、僕は9番目。上の七人は、女。ひとつ上の兄は、生後、半年足らずで亡くなったそうで、僕がただひとりの男子だったんです……!」
「なるほど!大事な跡取り息子!それは、甘やかされて、育ったんだろうね……?」
「ええ、兄が亡くなったのは、近所の飼い犬に吠えられて、乳母車から落っこちたからだそうで……。僕は犬も猫も側に寄らないようになっていました。六歳までは、女の格好をしてましたから、ね……!」
「旧家の生まれは、違うのね……?わたしなんか、六歳の頃は、炊事洗濯、買い物。おまけに、近所の赤ん坊の子守りのバイトをしてたよ!親父がぐうたらで、稼ぎがないから……、母親が働きに出ていたから、ね……!」
「ミユキさんのお母さんが、わたしの母と従姉妹同士なんですってね?やっぱり、霊能力者だったんですよね……?」
「知らないよ!わたしが八歳になる前に亡くなったし、勤めは、市役所の臨時職だったから、霊能力があっても、使いようがなかっただろうね……。カナちゃんのお母さんは、能力を発揮してたのかい?」
「いいえ!たまに、予知能力を発揮して、天気はよく当てましたね……!それから、学校で、テストがあったことも何故か知っていて、隠し事はできませんでした!」
「ああ、それは、ウチの母も同じだね!見えていたんだろうね……」
「それ!僕の姉にもありましたよ!小学校の最初のテスト!帰るなり、テストの結果は……?って訊かれて……。算数は、60点か……?って、答案用紙を見る前に当てるんですよ……!」
「姉さん?それ、シズさんのこと……?」
「そうです!あっ!そうか、ミユキさん、シズ姉さんと、一年間、一緒だったんですね?所長の屋敷で……。僕は、入れ違いで入ったから、修行のことは、訊いていないんです……。シズ姉さんは、十三歳から、十九歳まで、屋敷にいたんだそうですね?家を出て、何処で何をしているのか、僕には、内緒だったんですよ……!」
年齢でいうと、クロウとシズは七つ違いだ。算数のテストの点を当てた後、すぐに屋敷に入ったのだろう。クロウとは、それほど実家で過ごす時間もなかったかもしれない。
「姉、七人の中で、シズ姉さんだけだったな……。僕は、六歳まで、女の子として育ったんですけど、姉たちとは遊ばなかったんですよ!ただ、シズ姉さんだけが、僕の相手をしてくれたなぁ……。積み木とか、カルタとか……。優しかったから、ずっと『あこがれ』ていましたね……。女の子として……」
(積み木にカルタ、か……。超能力の才能があるか?どうか?姉さんが図っていたのね……。わたしも母にカルタ遊びをしてもらったから……)
2
「ミユキちゃん!久しぶりね!本当に美少女から、美貌の霊媒師になったのね……!」
と、言ったのは、四十歳前の中年のオバサンだ。すっかり、丸くなった、クロウの姉のシズだった。
「シズさん!ご実家の陰陽師を継いだんじゃなかったんですか……?」
と、普通の主婦にしか見えないシズに、わたしは尋ねた。
「継いだんだけど……流行らなくて、ね……!それと、好い人を見つけたから、辞めちゃったのよ……」
「好い人?」
「そう!ミユキちゃんも知っている人よ!賀茂の屋敷にいた、タケさんよ!」
タケさんというのは、わたしが屋敷に入った時の、最年長の弟子だ。わたしが感じたところでは、才能がなさそうだった。そういえば、翌年、シズと一緒に、屋敷を出たのだった。シズと違って、免許皆伝とはならないままだった。
「わたし、ずっと、タケさんが好きだったの!あこがれていたのよ!優しくて、たくましくて、後輩の面倒見もよかったわ……!それで、わたしのほうから、告白したの!結婚してください!って……!」
(何か、学生時代のクラブの先輩にあこがれる、女子高生だね!あこがれのキャプテン!だよ、それじゃあ……!)
「最初は、断られたわ……!自分とわたしとは、行く道が違う!って……。自分は、才能がないから、陰陽師にはなれない!会社員になることが決まっている!って言って、ね……」
(そりゃそうだわ!片や『免許皆伝!』。片や『落第!』だもの……)
「彼、芸能プロダクションに就職したのよ!そしたら、フォークソングブームが起きて、学生の素人さんが作った歌が大ヒット!彼がスカウトしたグループが、メジャーデビューして、彼も会社の重要ポストを任されているのよ……!それで、彼から、陰陽師を辞めてくれ!自分が君を喰わして行けるから……!ってプロポーズされて、ね……!まあ、そのフォークグループが売れるとわかっていたのよ!わたしの予知能力で……。何処のレコード会社に売り込むか、何時デビューして、アルバムを何時出すか?まで、占いしてあげたのよ!わたしの最後の仕事になったわ……」
「幸せを掴んだ!んですね……?シズさんもタケさんも……」
「そうね……、平凡だけど……」
「それで?わたしにご用があるんですよね?昔話や、近況報告ではないはずですよ、ね……?」
「ええ!ミユキちゃんの能力が必要なのよ!つまり、『美貌の霊媒師』さんにご依頼したいことがあるのよ……!」
3
「シズ姉さんから、依頼?何で、ウチの事務所じゃなくて、ミユキさん個人に!なんですか、ね……?」
と、わたしの住処にしている庵に呼ばれたクロウが尋ねた。
「所長に内緒の依頼だからよ!」
と、わたしはきっぱりと言った。
「クロウ!あんた、口は固いよね?他言無用を約束できるよね!今回は、わたしが主!あんたが助!だよ……!」
「もちろん!ミユキさんとふたりの秘密は、ずっと、他言無用ですよ!増えるのは、全然平気です!」
「クロウは、修行をしていた、所長の屋敷にあった『雛人形』を覚えているかい?」
「はい!それと、『弥勒菩薩』の珊瑚の宝玉……!」
「今、何処にあるか?知ってるかい?」
「今?もう、失くなったんですよね……?屋敷が火事になって、全焼。雛人形は、仕舞われていた蔵が焼けて、見るも無惨な状態だった。それで、賀茂家の道場は閉鎖。この雑居ビルを買い取って、事務所を開いた……!ミユキさんも僕も、卒業していなかったから、詳しいことは知りませんけど、放火の疑いもあったらしいですね……?もう、八年も前のことですよ……!」
「わたしも、京都を離れていた時期だったから、火事のことは、後で知ったんだ……。雛人形が焼けた!ってことも、ね……!ただ、珊瑚の弥勒菩薩さんがどうなったか?は、知らされていないんだよ……!」
「一緒に焼けたはずですよ!お雛様の身体の中か、お道具の中に隠されているんですから……!誰も、持ち出しはできませんよ!所長でも……。だから、どうなったかは、不明だけど、諦めるしかない……!」
「そういう結論だったようね……?でも、もし、わたしかクロウがその場にいたら、持ち出せたかもしれないわね?一度は、弥勒菩薩さんを見つけているのだから……」
「僕は、無理かな?あれは、ひな祭りの夜だけ、人形が付喪神になるんですよ!普段はただの人形!教えてくれませんよ!」
「そう?ひな祭りの夜に、弥勒菩薩の隠し場所を知ったら、一年間は変わらないのよ!」
「それは、見つけられなかった場合ですよ!見つかったら、その翌日、師匠が雛人形に入れる。そして、人形を仕舞うんですけど、その時はもう、何処にあるのか、わからなくなっているそうです……!」
「そうね!だから、知っていて、知らんぷりをすれば、一年間は変わらないのよね?付喪神になったモノがそう言っていたわ!去年は、わたしが持っていた!と言って、宝玉を差し出したから……」
「知って、知らんぷりする?何のためにですか?見つけることが目的なんですよ!」
「見つけて、どうなるの?陰陽師の免許皆伝?今の時代、そんなもの役に立つ?精々、戦前までね……」
4
「八年経つと、こうなるか……?」
京都の北、下鴨神社にほど近い場所。かつて我々が修行の基地としていた屋敷跡は、半分が公園、半分が駐車場になっていた。
「付喪神になった雛人形の魂なんて、残っているわけない!か……」
「全然、賀茂家の気配すら感じられませんね……」
「仕方ない!ここは諦めて、次に行くか……」
「次って、何処ですか?」
「もちろん、下鴨神社よ!賀茂一族の祖先でもあり、京都の守護神でもある、賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)と、玉依媛命(たまよりひめのみこと)が祀られているんでしょう?どちらかの神様とコンタクトしてみたいのよ……」
「でも、僕は、賀茂一族ではありませんよ!ミユキさんは、小野家の末裔でしょ?」
「賀茂建角身命は、無理か……、玉依媛命は、女神さまだから、応答があるかもよ!東殿のほうへ行ってみましょう!ダメで元々よ……!」
下鴨神社の社務所に行き、賀茂家の道場で雛人形の宝玉を見つけた証の免許皆伝の目録を見せる。もちろん、クロウももらっている。シズには、嫁入りのプレッシャーがあったが、クロウには跡取りとしてのプレッシャーもなかった。家族は、まるで期待していなかったのだ。しかし、読みは外れた。師匠に言わすと、わたしが居た所為だ、とのことだ。わたしにクロウはあこがれて、何でも真似をする。男のクセに、女のわたしを真似る。六歳まで、女の子だったから、女にはなりやすかったのだろう。陰陽師というより、巫女に近い能力が身についた。霊視、招霊、除霊と能力がどんどん向上した。ただ、子供の頃、動物とふれ合ってない所為か、動物霊に対する対応ができない弱点があった。わたしがいつも、それを補填していたのだ。
彼はわたしを姉の如く慕い、わたしは、デキの悪い弟の面倒を見る。そういう関係が、すぐに出来上がったのだ。
「目録の効果は、テキメンですね!ここは賀茂一族の祖先を祀っているから、特に……!」
と、クロウが言った。わたしたちの目的を話すと、人払いをしてくれて、東殿に案内してくれた。賀茂屋敷の免許皆伝目録は、こんな時には、役にたつのだ。その場で、玉依媛命にご祈祷する許可をもらえたのだ。
ふたりは、床に結跏趺坐の形で座り、両手で印を結ぶ。詔(みことのり)を唱え、玉依媛命とコンタクトを取る。
『賀茂一族の屋敷にあった宝玉の行方が知りたい!とな……?残念ながら、わたしから教えるわけにはいかない!父上も知っている、としても、教えないだろう……。宝玉の弥勒菩薩は人間が作り、人間の念が籠っている。持ち主を選ぶは、宝玉の念の気持ち次第……』
と、玉依媛命は、答えた。
「では、ひとつだけ!宝玉は焼かれず、誰か人間の手に渡っているのですね……?」
『まあ、そこまでは、よいか……?世の何処かには、存在している!そのパワーを感じることができる……!』
(よし!ならば、そのパワーを感じる方法を見つけるまでね……)
5
「シズさん!ご依頼の件のお答えを、お持ちしましたよ……!」
と、わたしは言った。京都の駅に近いビルの一角に、芸能プロダクションの事務所と、レコーディングスタジオが併設されている。タケが社長。シズが専務取締役だ。その事務所の応接室にわたしとシズが、ふたりだけで会話をしている。
「ええっ!こんなに早く?まだ、三日よ!」
と、シズは驚く。
「お話を伺った時から、見当はついていたのです……!それを確認するのに、三日は、かかり過ぎかもしれませんね……」
「えっ?見当がついていたの?それって霊視?未来予知かしら……?」
「いえ!探偵業ですよ!最近、お祓いより、そっち方面の依頼が多くて、ね……!すっかり、名探偵の推理能力が板についてきたみたいでね……」
クロウの友達の綾小路公彦が、本部の刑事課に異動になって、クロウはしょっちゅう呼び出されている。何せ、連続通り魔、死体遺棄に長期間行方不明人の事件をひと月あまりに解決したのだ。本部勤務で、公彦は張り切っている。今朝も電話があったようだ。
「つまり、霊視じゃなくて、調査と推理で!ってこと……?」
「霊視は不可能!結界かバリアが張られているんでしょう?」
「結界?何故?わたしに訊くの……?」
「惚けないでくださいね!ミステリーには、よくある設定らしいんですよ!依頼人が犯人ってやつは、ね……!」
「わ、わたしが犯人!だって言うの?だったら、ミユキさんに、依頼なんかしないわよ!自分の首を絞めるのと同じよ!自殺行為だわ……!」
「自信があったのでしょう?結界は、誰にも見つからないし、破れない、と……」
「なら、黙っていればいいことよ!宝玉は火事で焼けてしまったことになっているんだもの……」
「なっている!じゃなくて、なっていた!ですよ!つい最近までは……。つまり、焼けていない、と感じたひとがいたんです!あなたもご存知の、師匠ヤスオの妻のモモさんですよ……!」
「モモさん?あの方に霊能力があったの?」
「あるんですよ!賀茂の女性ですから……!お母さまのお市さまも、霊能力をお持ちでしたよ!ただ、賀茂家は古いしきたりがあって、女性は当主になれない!陰陽道のトップが、巫女のような霊媒師では、あってはならぬ!という、古い考えですね……!男より、シズさんのような優秀な人材が女には多いのに……。まあ、お市さまが亡くなる前に、宝玉は焼かれずに誰かの手に渡っている!と、娘のモモに遺言のように呟いて、息を引き取ったのです。モモさんは、ずっと、先祖の霊に祈り、弥勒菩薩に祈っていたのよ……。そして、初孫の初節句の日に、弥勒菩薩の御告げがあった!宝玉はまだ、この世に存在している!ってね……!賀茂一族の縁者や元の弟子たちに、捜索の指令が出た!もちろん、タケさんにも、ですね……?それで、急遽バリアを張って、自分たちが疑われないように、部外者のわたしに捜索の依頼をした!クロウにもシズさんにも、所長から指令が来ていない!つまり、弟子の中でも、賀茂家につながる者だけに指令が出ている!だから、わたしにも指令は出ていない!と読んだのですよ、ね……?」
「そうね……!ミユキちゃんは、クロウより、かなり上だモンね……。わかったわ!白状する!ミユキちゃんには、隠せないから、ね……。わたしが実家を継いだのは、父が急逝したからよ……!でも、陰陽師が女ということで、ずっと懇意にしていた、社長さんや、金持ちのマダムが離れて行ったの……。女の祈祷師には、頼みたくない!ってね……。自棄(やけ)になって、タケの誘いに乗ったのよ……!タケの弟が、今年のひな祭りで、宝玉を見つけられなかったら、屋敷を追い出される!そうなったら、タケの家も賀茂流陰陽師の看板をおろすことになる!って……」
「タケさんの弟?」
「そう、ミユキちゃんも知っているんでしょう?ケンていう子よ……」
(ああ、わたしが宝玉を見つけた時、最年少だったガキか……。才能の欠片もなかったよ……!)
「火事があった前の年の、ひな祭りの夜よ……!わたしはケンの引きで屋敷に侵入した。夜、あの奥座敷に行ったのよ!みんな眠っていたわ!わたしは、白い霞みの中に入ったの……!でも、人形たちの宴は始まっていなかったのよ……」
「ああ、そうか!シズさんは、宝玉を見つけた年に屋敷を離れたから、次のひな祭りを知らないのですね!宝玉を一度見つけた者には、人形たちの宴は見えないのですよ!見えたら、そっと、誰かに耳打ちできますから、ね……!わたしもあの時以来、人形の宴は見えないのです……!」
「そうだったのね!でも、それを知っているのは、ごくわずかの人間よね……?」
「今、生きているのは、わたしとクロウだけですね……!ご隠居さま(=ナガヤス)も、亡くなったし……!」
「わたしは、自分の能力が落ちた所為だ!と思っていたよ……!」
「それで?どうしたんですか?宝玉の在処(ありか)をどうやって、知ったのですか……?」
6
「それで、シズ姉さんは、素直に宝玉を返してくれたんですか……?」
と、コーヒーカップをソーサーに返しながら、クロウが尋ねた。場所は、河原町の有名な喫茶店の窓際の席だ。どうやら、綾小路公彦と待ち合わせをしているらしい。事務所に電話すると、カナが教えてくれたのだ。
「ほら、これさ……!」
と、わたしはバッグから、小ぶりの雛人形を取り出して、テーブルに置いた。
「お内裏様の女雛ですね……?焼けてなかったんだ……!」
と、人形を手にして、クロウが懐かし気に言った。
「クロウが見つけた時も、この女雛だったね……?わたしの時は、左大臣だったけど……!」
「でも、誰が見つけて、知ったかぶりをしたんですか?あの頃の弟子で見つけられそうな人間がいましたか……?」
「知らないよ!わたしは、屋敷を出て、いろんな場所へ行ってたから……。北は恐山とか、遠野とか、九州の大宰府に、宇佐八幡宮。お伊勢参りもしていたし、高野山と比叡山、西国の札所も回った……。四国の遍路は、太夫ばあちゃんのところに居た時に、スエさんと回ったから、行かなかったけど、ね……」
「僕も前の年に出てますから、全員は知らないけど……、新たな人間は入っていないから、僕の知っている奴ばかりのはずですね……?ケンが最年長か……?あいつは、無理だな……。男はあと、四人……!誰も才能なし?残りは、女性ふたり、か……?ソノって娘は、まだ、十三歳で、才能があるかどうか、未確定でしたね……!残りは……?そうだ!二十五歳になるコヨさんがいましたよ!あの頃は、新たな弟子の希望者がいなくて、試験期間が十年になっていましたからね……。十六から入って、最後の年だったはずですよ……?」
「そうね!わたしが見つけた前年に入ったのよ!最初の試験日がわたしが見つけた日!だったのね……」
「つまり、知ったかぶりをしたのは、そのコヨさんです、ね……?」
「そうよ!シズさんが言うことには……」
と、わたしはシズの告白をクロウに語り始めた。
ひな祭りの夜、屋敷に忍び込んだまではよかったが、肝心の雛人形の宴が見えない。人形たちは、赤い雛壇から畳の上に降りているのか、雛壇は空だった。
「何をしているの……?」
と、シズの背中に寝惚けたような女性の声がかけられた。
「コヨちゃん!あんた、起きれたの……?」
白い靄に包まれると、余程の術者でなければ、眼が醒めないのだ。
「あっ!シズ姉さん!どうして、ここに?シズ姉さんは、宝玉を見つけて免許皆伝を頂いたのでしたよね……!わたし、シズ姉さんにずっと、あこがれていたんですよ……!」
「これには、いろいろ、事情があってね……!それより、よく、起きれたね……」
「わたし、自己催眠をかけたんです!眠りに落ちたら、深く眠って、二時間後に目覚めるように……!みんなは寝ないようにしていましたけど、わたしは、十二時には、眠っていたんです……!」
そうなのだ!わたしが宝玉を見つけた時も、わたしはその夜の事情を知らずに、早々に寝てしまった。だから、逆に異変に気づいて、眼が醒めたのだ。シズさんもコヨも同じことをしたようだ。もちろん、クロウも……。
シズはコヨに事情を話した。免許皆伝の目録など、今の時代、何の役にも立たない!それよりも、宝玉を手に入れて、そのパワーで未来予知をすれば、幸運を手にできるのだ!と。計画したのは、タケとケンの兄弟で、うまく行けば、シズはタケと夫婦になれるのだ、と……。
「では、わたしが見つけて、黙っていれば、宝玉が手に入り、わたしはケンさんと夫婦になれるんですね……?わたし、男として、ケンさんにあこがれているんです!」
「なれるわ!四人で幸せになりましょう!コヨちゃん!雛人形の宴を見て、今年は誰が隠し持つのか聴くのよ!それを黙っていれば、来年の二月末にお雛様が飾られる前に、宝玉を手に入れることができるのよ……!」
7
「そうか!雛人形は、誰も宝玉を見つけられなかったら、翌日蔵に仕舞われ、翌年の二月に、飾られる前に虫干しされるんだ!その日を狙って、火をつけたのか……?」
「そうよ!犯人は、ケンとコヨのふたりよ!コヨは、宝玉を預かったのは、内裏雛の女雛だと聴いた。二月の末近くに、屋敷に忍び込み、女雛を袋に入れると、屋敷に火をつけたのよ!雛人形のある座敷が完全に燃えるように、油を撒いてね!女雛はよく似た人形と、差し替えたらしいわ!万が一、燃え残った時のために……」
そこまで話して、わたしは冷めかけたコーヒーを飲んだ。
わたしが、宝玉を盗んだ犯人を言い当てられたのは、わたしが名探偵だったわけではない。下鴨神社に行ったあと、クロウとふたり、西に向かったのだ。下鴨神社の西には、引接寺という、閻魔大王を祀っている寺がある。つい最近、人探しの折に閻魔さまにお世話になった。そのお礼を兼ねて、引接寺に向かったのだ。真の目的は、宝玉のパワーを感じる手立て、あるいは、雛人形を焼いた人間を知るため……。付喪神になっていた、左大臣の人形の魂を呼び出すためだった。わたしが宝玉を見つけた時に宝玉を隠し持っていて、その後もわたしを気に入ったのか、話しかけている。何でも、左大臣は小野小町に和歌(うた)を贈ったことがあったそうだ。
閻魔大王に無理を言って、左大臣を呼び出し、事件の顛末を知らされたのだ。
「宝玉は、この女雛の中ですよね?微かですが、パワーを感じます……」
と、クロウが雛人形を優しく撫でながら言った。
「微か?あら、まだ修行が足りないわね!それとも、男だからかしら……?わたしには、凄いパワーを感じるよ!」
「男と女で違うんですか?」
「そうね……、ひな祭りは、もともと女の子の節句でしょ?それに、もうひとつ、理由があるのよ……」
「もうひとつ?何ですか?」
「クロウ、あんた、その人形から、宝玉を取り出せる?まあ、無理ね!シズさんもわたしも、できなかったから……」
そう、宝玉の弥勒菩薩像は、女雛の中にずっと入ったままなのだ。それでもパワーをシズは受けて、タケの仕事を援助してきたらしい。
「ええっ!取り出せないんですか?いや、僕が見つけた時は、取り出せましたよ!」
と、クロウが驚く。
「誰が、取り出した?」
「センお嬢さんです!僕が、宝玉はお雛様の中です!と、言ったら、内裏雛の女雛のことか?と師匠に訊かれて……。よくわからなかったけど、一番上のお姫さまだ、と説明しました。あの『ひな祭りの童謡』が間違っていたってのは、ほら、大阪の呉服屋の事件の時に、ミユキさんから教わって知ったのですよ!」
「我々の世代は、ほとんど間違うのさ!それより、その誰が?の答えが大事なんだよ!宝玉を取り出したのは、センちゃん!霊能力のない娘が、よ……」
「でも、その前の年に、ヨシさんが当てずっぽうで、『三人官女の柄杓を持っている人形!』と答えた時は、師匠が人形を触って、入っていないことを確認しましたよ!」
「ヨシさんも最後の年で、一発勝負に出たか……?いや、いらない話だ!雛人形を段飾りの上から持ってきたのは、誰だった?」
「それは、センお嬢さんです……」
「そう!センちゃんは、その場で入っていないことに気づいているのよ!でも、センちゃんが、『入っていません!』と言っても、納得しないでしょ?だから、最終確認は、師匠がしていたのよ!入っていれば、センちゃんが取り出して、見せればいいのだけど、ね……!」
「つまり、宝玉を取り出せるのは……?センお嬢さん、ただひとり……?」
「これは、賀茂家の秘事だから、他言無用って言われていたけど、もう時効だし、クロウにだけは、教えてもいいか……」
「賀茂家の秘事?」
「賀茂家には、家を継ぐ者と、ひな祭りの秘事を継ぐ者がいるのよ!家を継ぐ者は、男!いなければ、婿養子!ひな祭りの秘事を継ぐ者は、女!いなければ、養女よ!」
「ちょっと、質問していいですか?娘が、ひとり娘で、一人っ子の場合は、どうなるんですか?センお嬢さんみたいに……?」
「もし、ひとり娘で一人っ子の場合は、家を継ぐ者になるわ!クロウは知らないのよ!センちゃんは、一人っ子じゃないのよ!お姉さんがいたのよ!ひとつ年上の、ね……。その娘が家を継ぐ者に決まっていたの。でも、わたしが来る前の年に、流行り病で亡くなったの……。センちゃんは、もう初潮を迎えていて、霊能力を失っていた……。ひな祭りの、謂わば、伊勢神宮の斎王役に、もうなっていたのよ……!引き返せない立場に、ね……」
「じゃあ、家を継ぐ者は……?」
「養子か養女ね……!わたしとあんたが、その候補だったそうよ!でも、ふたりとも、賀茂家の血筋では、ないでしょう?分家から、反対!の意見が出て……、そんな時に、屋敷が火災で焼けて……、師匠は、もう賀茂家の看板を下ろしたのよ!分家のひとつに、名目上は、譲った形になっているけど、ね……!ひな祭りの秘事が出来なくなったから、ね……!」
「それで、センお嬢さんは、一般の人と結婚したのか……」
と、クロウが独り言のように呟いた。
(あんたと結婚したかったけど、あんたはわたしに『あこがれ』ていて、センちゃんは、あんたに『あこがれ』ていた……。シズさんはタケに、コヨさんはケンに、か……。わたしひとり……?いや、わたしは、故郷(くに)のスエさんに『あこがれて』いるのよ!もちろん、太夫のおばあちゃんにも……!)
と、わたしがひとり、故郷の庵の想い出に浸っていると……、
「いやぁ!クロウを呼び出したら、あこがれの人まで、一緒でしたか……?クロウの恋人でなければ、ずっと、あこがれの人のままで居て欲しいんですけど……」
と言って、振り向かなくても、その声とオーデコロンの香りでわかる、変わり者の刑事が現れた。
(誰がクロウの恋人で、あんたのあこがれの人なのよ!どっちも否定するわ!わたしは、そう!小野小町の血を引いているんだから……!ホンの少しだけ、ね……)
了
あこがれ――霊媒師ミユキ、外伝2―― @AKIRA54
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