第5話 凛々しきトリ様はかわいらしきモフモフとなる。

『そろそろ、わたしたちも戻りますか』

『ですねえ』 

「……そうでした、僕も家に帰らないと」

 名残惜しいが、もともとひと目だけでも、と考えていたトリ様とこうしてお話をさせて頂けた。

 ご友人のヒツジ様とともにあたたかなご助言を頂戴して。

 さらに、生まれて初めての浮遊まで、体験させて頂いたのだ。


 お引き留めをするなどは、けっして、してはならない。コクには、分かっている。


 多大なる恩義。

 コクには、お返しできるものがない。

 だから、せめて、誠意だけは、お伝えしよう。 

 あと残り僅かの時間に、きちんとしたお礼を申し上げたい。

 コクは、そう願った。

 

『しゃきーん、ですねえ』

 そんななか、ヒツジ様がモフモフの黒い魔羊毛から取り出したのは、箒だった。

『これは、すごいのですねえ。白いクマ様にもらったのですねえ。ばびゅーん! なのですねえ』

『ええ、そうですね』

 おそらくは、魔道具だ。きっと、コクには想像もできないようなすごいものなのだろう。

 コクがそう考えていると、トリ様は、すい、と地上におりられた。


 トリ様が、地上に着地されたとき。

 そこにいらしたのは。


 なんと、モフモフフカフカフワフワの、かわいらしい、青い小鳥だった。


「ト、トリ様!」

『かっこいいもかわいらしいも、ピ、トリ様ですねえ。烏くんはこちらのトリ様はどうですかねえ』

 とうぜんだが、驚いていた。

 だが、驚いてはいたものの、ヒツジ様のお言葉に、コクはしぜんに、かつ、正直に答えた。


「驚きました、でも……トリ様であられます」

『ですねえ。烏くんも、飛べなくても烏くんですねえ。飛べても、烏くんなのですねえ』

『そのとおりです。飛べても、飛べなくても。あなたは、烏。そして、どんなわたし……トリ様でも、と言ってくれますヒツジ様のような方たちが、あなたにも』


 ……そうだ。


『飛べなくても、コクには助けてもらってるよ』

『いつも、ありがとう』


 飛べないこと、飛ぶ練習をさせてもらえないこと。

 それをいちばん気にしていたのは……コクだ。


 このことに思い至り、コクは、嘴から、心からの言葉を伝えることができた。


「ほんとうにありがとうございます。僕、家に帰ります。もちろん、お二方にお目にかかれたことは、誰にも言いません」


『あげた魔果は、トリの降臨の丘で見つけた、なら言っても大丈夫ですねえ。烏くんと同じ、光に当てたら黒かったり、青かったり、白かったりする、素敵な魔果ですねえ。色もですが、いろいろなところも、一緒ですねえ。自分のためだけではなくて、誰かのために。おいしく食べたあとの種は、分け合う気持ちがある生きものが育てたら、体力や魔力がたくさん増えるいろいろできる魔果が、実りますねえ。でも、気持ちがなくなったら……残念なのですねえ』

『ですから、あなたとご家族でしたら、なにも問題ないでしょう。どうか、ご家族とともに、大切に育ててください』

『確かに、特別な魔果なのですねえ。ネ、ヒツジの黒がたくさんなので、精霊さんにくださいねえ、したですねえ。どうぞ、のあとで、どんな魔果かたずねたら、教えてもらえたのですねえ。それを、ヒツジとトリ様から、頑張った烏くんにはい、をしたのだから、精霊さんは怒りません。安心なのですねえ』


 だからこその、あの重量感だったんだ。そのように、貴重なお品を。

 そして、僕と……同じ色。

 黒だけではなく、光の具合で青く見える羽の色。羽毛には、白いところも。

 それが、コクの色。

 そう教えて頂いてから改めて見てみると、確かにそうだった。


 ほんとうだ。

 この魔果は、きらきらしていて、いろいろな色に見える。

 ……きれいだなあ。

 そして、いろいろ。

 走る、のぼる。そして、浮く、飛ぶ。

 ああ、すてきだなあ。

 そんな特別な魔果を、育てる。僕を大切にしてくれる家族となら、きっと。


 押し寄せてくる様々なことに、コクは感動していた。


 そこに、ヒツジ様のお声が聞こえてきた。  

 既に、ヒツジ様は、箒にまたがっていらした。


『じゃあ、精霊さんにさようならをしながら、トリ様とヒツジは帰るのですねえ! 烏くんにもさよならなのですねえ。では、トリ様、ヒツジに乗るのですねえ』

『ええ、失礼いたします。それでは、さようなら。これからも、励んでください。どうか、あなたのその羽と、ご家族を大切に』


 トリ様はすい、と、優雅な仕草で飛翔して、ヒツジ様の頭の上にちょこん、と乗られた。


 ほんとうに、トリ様はトリ様だ……。


 あこがれたお方は、りりしきお姿も、かわいらしいお姿も、とても、とてもご立派だった。


「お言葉と、魔果を、大切に大切にいたします! さようなら、ありがとうございます!」

 コクはもう一度、浮いた。

 魔果は、しっかりと羽に挟んで。


 青い空は、トリ様の羽の色を溶かしたように、美しい。


 お二方のお姿は、もう、見えない。


「ばびゅーん! はヒツジ様も、だったんだ……」

 隠匿の魔法を再び掛けられたのか、魔道具の箒の早さが途轍とてつもないのか。


 それは、分からない。


 それでも、コクは。

 しばらくの間、青い空を眺めていた。

 大切な、魔果と一緒に。


 そして、たくさんの。

 ありがとうございます、の思いとともに。

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