第4話 烏の魔獣は空の青を知る。

「僕、体が、浮いてる……!」

 もちろん、トリ様がいらっしゃるような高い位置ではないが、空は空。

 コクは、確かに自分の力で浮いていた。

 今までのコクにとって、羽は、樹木や岩をのぼるためのものだった。

 それが、自分を空に浮かぶために、開いてくれているのだ。

 

『驚くことはありません。あなたは魔力の多い生きものである魔獣としましても、魔力がとても高いのですよ。その上、魔果をたくさん食しておりますからね。意識せずに蓄えた魔力はそうとうです。ですから、むしろ、飛ぶためには羽への魔力供給量を減らすべきだったのですね。今まで、走るなど、烏の魔獣としては不得手なはずのことが巧みだったのは、無意識に、羽や足へとたくさんの魔力を込めていたからです』 

『浮けた、は、飛べた、みたいなものなのですねえ。お空を自在に、はこれからですねえ。頑張って練習してですねえ。お空をばびゅーん! は楽しいのですからねえ!』


「トリ様、ヒツジ様……」

 お言葉を賜り、笑ったらいいのか、喜んだらいいのか、驚いたらいいのかと悩んでいたコクは、少し落ち着くことができた。


 きっと、ヒツジ様が言われた、ばびゅーん! とは、おそらくはトリ様が真剣に飛ばれたときのことを特別な表現でお伝えくださったのだろう。

 コクは、そう考えた。


 そして、気付いた。

 嬉しいのだ。ほんとうに。

 ……でも。


『ああ、浮けるようになったから走るなどが疎かになるのでは、と気にしたのですね。あなたにとっては、走る、などは意識せずにもできることでしょうから、この空で浮くが自在に飛ぶ、になりましても大丈夫ですよ。安心なさい』

 トリ様は、コクの心をご覧になっているかのようだった。


 コクは、喜びに溢れた。

「……ほんとうですか!」 

『ええ。ただ、今日は無理に浮いて帰るよりは、走るほうがよろしいでしょうね。今日このときに、初めて、あなたの羽は空を知ったのですから。焦ることはありませんよ。とにかく、無事にお帰りなさい。頑健な体を持つあなたを大切に思うご家族のためにも』


「……はい!」

『で、ですねえ。はい、おめでとうの魔果ですねえ。精霊さんには許可をもらってますから遠慮せずに、お持ち帰りをするのですねえ』


 地上で羊蹄を振るヒツジ様が魔羊毛から取り出されたもの。

 それは、黒い魔果実だった。

『おいしく食べて、魔力をたくさんにして、食べ終わったら種を蒔くとよいですねえ』


 ヒツジ様のもとに、と、地上におりたコク。

 だが、これは。

「ヒツジ様、これは……貴重なお品ではないでしょうか」

 多くの珍しい魔果が実るこの丘の周りでも見たことがないものだった。


『そうですねえ、数年に一度実る魔果実、魔果ですねえ。どうぞですねえ。魔力たっぷり、味もおいしいらしいのですねえ。種も大事に植えたらいいのですねえ。烏くんが自分の力でお空に行けたお祝いですからねえ』

『そうですね、ご家族も喜ぶでしょう』


 お二方からこう言われてしまうと、頂かないのも、という気持ちになる。


「ありがとうございます」

 コクは、心を込めてお礼を言った。


 魔果は、魔力に溢れ、ずしりとした重量感だった。

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