第2話 烏の魔獣はトリ様に会う。
「今日もいらっしゃらなかった……」
コクの住む洞から、トリの降臨が噂される丘は、遠い。飛べる家族たちでも、一日ではたどり着けないほどだ。
それなのに、あの噂を聞いてから十日間。
毎日、コクは洞と丘との往復をしていた。
飛べない烏の魔獣であるコクが、なぜ。
それは、単純明快。
コクは、走るのだ。
あり得ない。当然だ。
しかしながら、コクには可能なのである。
朝早く家を出て、夕方遅くに帰る日々。体力はかなり削られている。それでも、コクはこの丘に通うことをやめるつもりはなかった。
理由を知らない家族からは、洞の辺りには育たない特別な魔果を持ち帰ることから、たいへん喜ばれていた。同時に、体の心配をされてはいるが。
そろそろ、今日も帰る準備をしようかな。その前に、ちゃんと、魔果を採集していこう。
コクは、そう考えて、来た道を戻ろうとした。
だが、そのとき。
『……十日間。よく通ってきましたね。かなりの健脚。おみごとです』
『ですねえ!』
驚いた。
突然、大きな美しい青い鷹と、その鷹に乗った黒い羊が現れたのだ。
しかも、直接心に届くような言葉まで。
コクは、梟に聞いたことがあった。
心の会話。 確か、念話だ。
それにしても、なんと大きく、雄々しく、美しくお姿だろう。
コクは、ただ、その姿を見つめていた。
広げられた羽の大きさたるや、人族の立派な体躯の成人男性よりも大きいのではないだろうか。それくらいに大きいのだ。
想像よりも美しい、青の色。
コクのあこがれた青は、いつも見上げていたあの空の青よりも美しかった。
震える声で、たずねてみる。
「……あなた様は、トリ様であらせられますか……」
『確かに、トリ、と呼ぶも人族もおりますね』
その優しい響きに、コクは安心した。
「そ、それでは、恐縮ながら、トリ様と呼ばせてくださいませ。そちらのお方は、トリ様の従魔様であらせられますか?」
『丁寧な言葉遣い、素敵ですねえ。従魔ではなくて、仲間、お友だち、なかよしたくさん! なネ、じゃないですねえ、ヒツジなのですねえ! 執事さんではないのですねえ! この丘に住まう精霊さんたちに、ピ、ではないのですねえ、トリさんの素晴らしいお歌を届けるお手伝いなのですねえ!』
「それでは、あなた様は……魔羊様であらせられますか! 申し訳ございません! どうか、罰せられますならば、この未熟な烏のみを!」
青き魔鳥、黒き魔羊。白き魔熊と三人で、獣、魔獣、魔獣人、獣人。様々な生きものたちの間でその活躍を伝えられる伝説の三人組。
狼狽するコク。
だが、従魔ということばは、ある意味では、正しい。しかし、この方々は、歴史に残る偉大なる魔女様たちの従魔様なのだ。
「罰ならば自分のみにお願い申し上げます。どうか、家族にはお許しをお与えくださいますように」
深く深く、頭を下げてお詫びをするコク。
『大丈夫ですねえ。ばちこん、なんてしませんねえ。頭を上げますですねえ』
『ええ。此度のわたしたちはトリ様とヒツジ様です。頭をお上げなさい。何か事情があって、この丘に通っていたのでしょう?』
「ありがたきお言葉……」
トリ様も、ヒツジ様も、どちらも溢れる魔力をお持ちの、たいへんにお優しいお方であった。
コクには、分かった。
お二方が、少しずつ、魔力の圧を少なくしてくださっていることが。
『僕が、しっかりとお二方のお顔を見ることができるようにしてくださったのだ』
コクは、やっとの思いで、頭を上げたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます