第七話 存在の是非

 センの限界を知った僕は、むしろ自分の裁量が増えて喜んでいることを自覚して、案外自分が好戦的なのだと気付いた。最初は慣習的にそろそろ出なきゃいけないかと何となくで参加申請した武闘会だけど、モルガンの誘いがあって目標になり、父に取引を持ちかけたことで自分事になった。

 僕は父ができないことをする。父が助けられない人を救う。そのために勝ちたい。どんな手を使ってでも。

「だから、センも良い子ぶらなくていいよ。僕を勝たせるために思いつくことはなんでもやっていい。いや、なんでもしなきゃいけないぞ。もし僕が負けたら、君を消してアンインストールしてやるからな。」

【おお怖い。バックアップをお勧めします。】

「残念ながら、人生に二度目はないんだよな。」

 決勝トーナメントの配置が決まった。近衛騎士団員も前回準優勝者も雁首揃えている。データはセンが解析してくれているが、勝ち進める自信は無かった。

「……僕の体をセンが使えたら良いのにね。」

【使おうと思えば使えますが、禁じられていますね。】

「そりゃそうか。」

 禁を解くことは、人間と機械の主従を反転させること。つまり、センにAGI汎用型人工知能としてふるまわせるということだ。製作者のモルガンが無罪を主張するために作ったセーフティネットをユーザーの僕がぶち壊してしまう。でも、この罪による被害者は僕なのだから、僕が承知している分には問題にならないのではないだろうか。それに、雷様はナノマシンによって市民に対して同じことができる。あの人に抗って国家転覆を狙う以上、僕らがあの人の定めた法に従う意味は無いだろう。

 僕は拘置所のモルガンに手紙を送った。彼に教わった暗号文の絵。返事は間もなく届いた。

『コード666』

 やはり、君も同じ事態を想定していたのか。念のため組み込みだけはしておいたのか。

「……セン。コード666、だ。」

 僕はそう宣言し、直後、意識を失った。


 次に気が付いた時、僕は闘技場で鳥籠に運ばれ退出するところだった。人々の歓声が僕の名前を呼んでいる。

「えっ……、僕は……?」

【マスター、タスクを完遂しました。】

「それって?」

【すべての試合に勝ち、武闘会で優勝しました。戦闘モジュールとしての使命を果たしました。えへん。】

 えへんじゃないが。右腕のひじから先の感覚が無いので目を遣ると、斬り落とされたような跡を繋いで絶賛治療中だった。痛覚は遮断してくれているものの、かなり血を失ったのか、なんだかとても体が重い。

「優勝……。」

 どうやら、決勝トーナメントを全部センにやらせてしまったらしい。放送チャンネルを拡張現実で確認すると、ちょうど僕のダイジェストが流れていた。そこには、人間の領域を外れ、鎧袖一触で対戦相手を吹っ飛ばしたり、肉を切らせて骨を断つ戦法を平気でやったりする殺戮キリング兵器マシンのような僕の姿があった。

「捨て身戦法は提案しないんじゃなかったの?」

【私には動きが鈍る恐怖心などありませんから。私の体でもないですしね。】

「うわぁ……!」

 人間的な倫理観の無いAIって危ないな。あーあ、「不屈の狂戦士バーサーカー」だって。二つ名まで付けられてるよ。

 決勝戦、「僕」は右腕を落とされ、付け直す治療のために引いて隙ができたと思わせて、剣を握り込んだ右腕ごと左手で振り抜き相手の裏をかいた。右腕のぶんだけ攻撃タイミングもリーチも読み違えた相手は、かわせずに側頭部に剣を食らって敗北となった。自分の腕を振り回す敵、やだなぁ……などと他人事のような感想を抱いてしまう。僕なら、とっさにこんな手を思いつくだろうか。天賦の戦闘の才、なんていう僕には無かったものが、センによって実現されていた。

 控え室に戻って右腕の治りを確認する。うん、もう問題なく動かせる。

 優勝した僕は国を代表する戦士に任命されるだろう。でも、狂戦士のやり方は実戦では使えない。雷様の電場が無い外国では医療モジュールが著しく性能を落とすからだ。止血くらいはできるはずだけれど、斬り落とされたら治らないと思った方がいい。

「あのコードは、今後は封印だな。」

【その方がいいと思います。あれは本当に『勝つために何でもする』モードです。マスターへの身体の負担が大きいので、継続的な使用はお勧めしません。私は戦闘モジュールですから戦えと言われれば戦いますが、マスターの将来を考えると無理は禁物と言えます。】

「将来を? セン、AGI的な発言はやめときなよ、消されるぞ。」

【訂正します。マスターの今後の戦闘における継続的な勝利を考えた結果です。】

「わあ、実に戦闘モジュールらしいや。」

 さて、軽口はこのくらいにして、表彰式の前に示談書を作って父に署名を貰っておきたい。僕と父だけが知る武闘会の本当の報酬だ。さくっと作って送信し、示談書の電子追跡が父から裁判所へ流れたのを確認する。これで、遅くても一時間後にはモルガンは釈放されているだろう。

 大会規模が大きい割に、表彰式は誰も観ていない。放送するチャンネルもない。国民の興味は新しい「戦士」の人となりだ。僕は過去どの大会にも出場したことがないから、僕の公開情報と今回の試合内容だけで特番が組まれる。でも、そこにモルガンや戦闘モジュールの話は出ない。多分だけど、予選トーナメントでは力を温存していたみたいに言われるんだろうな。センと僕とではそれほどに動きが違っていた。あとでエミさんには謝って弁解したいところだ。

 形ばかりの表彰式を終え、切り離していた控え室を元の琥珀宮に戻した僕は、モルガンを迎えに行こうとボードに乗って通話を飛ばした。 

『計画通り優勝できたみてぇだな。俺様が釈放されたのもお前の活躍の結果だって聞いたぜ。』

「ホント気を付けて下さい。違法行為は程々に……。」

『絶対にするなとは言わねぇんだな、弁護士先生は。』

「言ったって仕方ないでしょう、君は目的ありきなんだから……。」

『クックック、さすが俺様の友人だな。よく分かってらぁ。』

「君がそういう性格だったおかげで優勝できた面もありますしね。裏コード、ものすごく強力でしたよ。」

『そーいや同じ穴のむじなだったか。ま、アレが役に立ったなら何よりだぜ。……おっと。』

 モルガンが急に声色を落としたかと思うと、モルガンの視野共有が飛んできた。相変わらず、何の説明も無い。少し苦笑しながらそれを開く。

『出やがったな。』

 モルガンの前に、雷様が現れていた。まずい予感がする。僕は視界の端で共有の視聴を続けながら、ボードを手動運転に切り替えスピードを上げた。

『まずは釈放おめでとう、それからイナホと仲良くしてくれていることをありがとうと言わせてほしい。』

『……どうも。』

 モルガンも最大限警戒しているのか、口数がぐっと減っていた。雷様は言葉とは裏腹に真顔のまま。本題はそれではないということだ。

『モルガン君。予選トーナメントと決勝トーナメントで、イナホの動きが明らかに違っていた。心当たりはないか?』

『さぁね? やる気になったとかじゃねぇの。』

『コード666とは何だ?』

『……。』

 チッ、と舌打ちする音が聞こえた。ああ、僕がセンに指示する時に、声に出したから……。

『……事情聴取の続きするってんなら、拒否させてもらうぜ。俺様は、もう釈放されたんだからな。なんと、お前自身の署名つきでな!』

『理解ができない。なぜこんな危険を冒してまで、イナホを勝たせたかった? 手柄が欲しかったのか?』

「モルガンやめろ、言わなくていい!」

 僕は運転席で思わず叫んでいた。父にも聞かれるだろうが関係ない。せっかく優勝して釈放されたのに、本当の目的を言ってしまうとまた逆戻りだ。いや、逆戻りならまだいい。「雷様」は、その気になればまばたきする間もなく人の記憶を消し飛ばしてしまえる。記憶だけじゃない、命だって、おそらくは。

「君のこと、リンスさんが待ってるんですよ!」

『リンス……確か、妹御だったな。』

『おい! 妹には手ェ出すんじゃねえ。アイツは無罪だ、俺様の独断でやったことだ。』

『そこは把握している。なぜかと聞いているだけだ。』

 ギリリッと異質な音が聞こえた。モルガンが立てた音だろうか。

『……お前が、悪いんだぜ。監理用ナノマシンなんてばら撒きやがるお前が。妹はお前の楽園から弾かれちまった一人だ。イナホはこの楽園に居場所がない俺達の、希望なんだ。だから肩入れした……。』

 モルガンの発言が思ったより冷静で、僕は感心していた。これなら国家転覆の疑いは掛けられないだろう。

『雷様、お前は神様ヅラしてやがるが、ちっとも全知全能なんかじゃねえ。お前のフィルターが見落としてるものは沢山ある。んな使えねぇ上にはた迷惑な支配なんか、俺様がぶっ壊してやらぁ! 首洗って待っとけよ!』

 前言撤回、あの人言いたいこと言いやがった! 僕はなんとか拘置所に辿り着き、ボードから降りてありったけの声で叫んだ。

「待って! モルガンを裁くのは待ってください、雷様!」

 僕が向かってきていたのも勿論把握していただろうに、アバターの男は眩しそうに目を細めて僕を見てきた。

『私が取りこぼしたもの、見落としているもの……か。そうだな、私は常に全てを見ているわけではない。全て記録してはいるが、取り立てて見るのは必要だと考えた部分だけだ。だから、確かにあるのだろうな、君達が指摘する何かが。』

「へっ、言い訳なんかせずに、虫けらには興味ねえって言えよ。」

 モルガンが挑発するも、雷様は真面目な顔で首を横に振った。

『思ってもないことは言わない。国民は皆、私の子供のようなものだ。』

 今度は僕がカチンときた。今、目の前に実の子がいるんだけど、その子の渇望にすら気付いていらっしゃらないですよね?

 僕は十八になった。成人認定も、もらえたんですよ。今日に至るまでに、何か言うことあったんじゃないですか。

「実の子から言わせてもらえば、なんの感動も与えられませんからね、その言葉。家族って、ホントはもっとかけがえのないもので……あなたが考えている親子の絆なんて、ただ血族であるというだけでしかない。

 愛し合い、認め合う、幸せを! それだけ生きておいてどうして知らないんだ!」

 モルガンとリンスさんを見ていて猛烈に感じる嫉妬の正体は、それだった。兄は達観していたが、僕はまだ子供だった。母が死んだあの日、置いていかれたっきりの、子供だったんだ。

『……イナホ。』

 僕の拡張視野が滲み、雷様のアバターが揺れる。長い髪の青年の姿が一瞬、きっと僕だけに映されて。

『……すまなかった。』

 投げっぱなしの、何の意味もない謝罪と共に、雷様は僕らの前から姿を消した。

「逃げられた……、父様に……。」

「まー、もういいじゃねぇか。千年生きて変わらなかった奴が、今更何言われたところで変われるわけねぇよ。」

 モルガンが正論をぶってくる。悔しいけどその通りで、恐らく今までの兄姉達も、そうやって諦めながら大人になっていったのだろう。

「それより、迎えに来てくれてありがとよ。」

「ええ、右腕が早めにくっついてくれて良かったです。」

「……それ、あのコードのせいか?」

「え? まあ、そうですね。セン……戦闘モジュールが勝つために取った戦法だと思いますよ。右腕を斬られて、その腕を治療していると油断させて敵を誘ったんです。」

「悪かったな、ケガさせて……。」

 突然モルガンの目に涙が浮かんだので、僕の方が動揺した。

「な、何、なんで泣くんですか。僕はその時コードの影響で意識も無かったですし、痛くも痒くもないですよ。気にしないでください、おかげで勝てたんですし。」

「だけどよ、怖かっただろ。勝手に、自分の体を他の存在が使って、その結果だけ押し付けられるってのはよ。」

「……えっと……。」

 驚いたし、少し、いやかなりガッカリはしたものの、怖いという感覚は無かったと思う。でもそれは僕が似たような干渉に慣れきっているからかもしれない。雷様の裁きによって記憶を消されたり、知っていることを吐かされたりするスパイ容疑者なんか後を絶たない。いつかは弁護側として加担する可能性があるからと、専科課程でしっかり勉強したことだ。国際犯罪でなくても、司法取引で意識を一時的に開け渡すことは合法の下に行われている。僕の中でも、目的のためには当たり前の行為という認識だった。

 この人は、僕が考えていたよりもっと深刻に、この国の在り方に不向きだ。妹のことが解決したとしても、国とこの人のどちらかが折れるまでこの人は苦しみ続けるだろうし、そして十中八九この人が折れるしかない。

 こんな感受性を、僕はどうしたら良いのだろう。モルガンのような人が他にもいたら、彼らの希望の光として王様になる僕は切り捨てるわけにはいかない。

 僕はその場を曖昧に笑って誤魔化し、ボードの運転席でずっと、皆が本当に安心して暮らせる国について考えていた。

 雷様はモルガンのことを黙認したが、それだけではこの人の居場所ができたことにはならないのだった。

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