第六話 武闘会に賭けるは

 とうとう大会当日となった。僕は恐らくこの数カ月間、誰よりも鍛錬を積んだ自信がある。体重は十キロ増えた。当然、全部筋肉だ。もっと増やすこともできたんだけど、これ以上やると体格が変わりすぎて今まで積み上げてきたシミュレーション上の訓練をやり直す必要が出てくるからやめなさいとセンに言われて従った。力は強くなり、体力もついて、反射速度は少し上がり、柔軟性もほぼ落ちていない。多分今の形が、僕の剣士としての最適解なんだろうと思う。油断は禁物、でもこれで負けたらもうどうしようもない、というところまで来た。

 武闘会は一対一のトーナメント戦で、得物えものは近接武器一本のみ。長物は禁止、鉄以上の硬度を持つ防具も禁止。というか要らない。医療モジュールがあるからだ。これは事故やケガに対応するため、必ず設定しておく。これさえあればそれこそ首が飛ぶようなひどいケガでも死なないし、完治に時間は掛かるかもしれないが後遺症も残らない。

 敗北宣言はいつ出してもいい。医療モジュールが無ければ死んでいたと認められる場合、敗北宣言ができない状態になったと認められる場合はその時点で敗退。武器を手ばなして十秒カウントされても敗退だ。

 フィールドは雷様のナノマシンにより相手に対する妨害のたぐいは無効となっている。なんらかの方法で相手に知覚できなくなるモジュールも働かない。でも妨害自体は禁止ではない。雷様のナノマシンを上回る「奇跡」を用意することが可能であれば、ということだ。モルガンほどの天才技師が他にいれば一応考慮すべきなんだろうけどまあ意味はないだろう。ただし、外野や審判にまで影響が出る妨害や知覚遮断を行った場合は違反退場となる。これは国を代表する戦士を決めるための試合なのだから、戦いぶりが分からない者に勝利はない。

 そう、トニトルスじゅうがこの大会に注目している。自分達の未来を託す次の英雄は誰になるのか。それほどの大会だから、記念参加を狙う出場者の数も多かった。

今年は八百人を超えたらしい。それってつまり、……ええと、トーナメント式だから、優勝するには九回か十回勝ち続けないといけないということだ。幸い、僕は少ない回数で勝ち進める組に振り分けられた。鍛えたとはいえ体力は有限だからありがたい。

 だいたいが従来式の『ガイド』頼みでえっちらおっちら攻撃している市民達だ。僕の敵ですらない。そんな中で本職の近衛騎士や警官といった武人達が訓練の成果をいかんなく発揮している。僕の予選組には近衛騎士が一人。エミ・ヴィディ……女性のようだ。彼女が最初の難関といったところか。

 僕の第二試合が始まる前に、妹のアマネからメッセージが届いた。

『お兄様頑張って、と応援して差し上げたいところですがこのままだと予選でエミと当たりますのね! エミはわたくし付きのとっても強い近衛ですのよ。お疲れ様でしたわ!』

『僕が負けると思ってるの?』

『残念だけど仕方ありませんわ。エミはわたくしのはんでもありますから!』

『そうなんだ。大丈夫、僕に負けてもエミさんは師範の仕事を続けられるよ。だって僕はそのまま優勝するからね。』

『お兄様……もしそんなにお強いなら高等教育の前に騎士コースへのお呼びが掛かってるはずなんですのよ。』

『つい最近文武両道に目覚めただけだよ。』

 すると、ふーん、というスタンプだけが送られてきた。与太話はこれで終わりということだろう。男子三日会わざれば刮目して見よ。僕の実力を知ってひっくり返るがいい。

【私込みの実力ですけどね。】

「セン! 勝手に思考を読まないでくれるかなぁ!?」

 さておき、実況を眺め続けているのはセンに情報を与えるためでもある。一瞬で決着がついたなぁと思うような試合でも、センに言わせれば役に立つ情報が山のように取れるらしい。あの選手は左側の打ち込みに弱いですね、とか、下半身の筋肉のバランスが悪いから大振りをかわしたあとがチャンスです、とか、色々教えてくれる。僕は彼女のアドバイス通りに動けばいい。確かに、セン抜きの実力なんてたいしたことないとは自分でも分かっている。

 エミさんは公開情報によれば二十歳。僕は先日十八歳になったから、僕より二歳年上だ。若い女性だということでアマネの師範に選ばれたのかもしれないが、それだけの実力があるのは確かだろう。

【マスターはエミ選手のことばかり見ていますね。忠告しておきますが、あのすばらしい胸に目を奪われて手足の動きを見落とさないようにしてくださいね。】

「なっなな何を……!」

 言われるまでそんなの全然意識してなかったのに、急にドキドキしてきた。センにしては珍しい、忠告が完全に逆効果だ。

 近衛騎士の鎧は大会の規定で着ることができない。だからエミさんは動きやすそうな胴当てを巻いているだけで、他に着ているのはただの布の服だった。むしろ、胴当てを巻いているからかえって目立つというか……。

 ……うーん。見るなと言われると見てしまう。剣を振るのにあんなに自由に揺れさせて、痛くないんだろうか。それとも慣れっこなのだろうか。

「……セン。僕から見るあの人の姿を初期アバターに変更できない?」

【アバター化は戦闘モジュールの仕事ではありません。】

「僕が勝つためでも?」

【……仕方ありませんね。】

 それぞれのエリアのレギュレーションに違反したアバターは強制的に初期アバターで表示される。また、こうやって個人的に苦手だと思う外見の人は自分にだけ初期アバターで表示させることもできる。社会性評価の内部パラメータが下がるから僕はこれまで導入してこなかったけれど、今はそうも言ってられない。こんなくだらない理由で負けるわけにはいかないのだ。

 予選トーナメント最終戦の第五試合でついにエミさんと当たった。対峙した状態でニコリと微笑まれ、僕はあいまいな笑顔を作った。本来の顔を見られたならどれほど嬉しかっただろうな。でも、これも試合を有利にするためだ。僕の個人的な望みなんて、試合が終わってからいくらでも叶えればいい。

【マスター。ご存じかとは思いますが、アバター化により視認できる相手の体型にズレが生じています。私が補正しますので直感とズレていてもためらわないで下さいね。】

 センの忠告に、うん、と口の中で返事をする。

 試合が始まる。相手の剣は、しなりやすい細剣だ。距離感を見誤ると素早く突かれて急所を狙われたり、僕の剣を落としにかかられたりする。かといって距離を取りっぱなしでは僕が攻撃できない。

 二、三度仕掛けてみたが、軽くいなされた。僕がしびれを切らして大振りになるのを待っているのだろう。

【スキを作り誘い込みましょう。】

 センの『ガイド』が僕の剣を先導する。勝率は六割といったところ。なかなか厳しい。センの言う通りに剣を滑らせていく。大振りに見えてくれると良いんだけど。

 エミさんは僕の罠に誘われて細剣を突き出した。『ガイド』に乗った僕の剣がひるがえってその腕を狙う。刹那、細剣の先がブレて僕の手首を打ち、剣を弾いた。

 打たれたところがジンと痺れる。なんとか剣は取り落とさなかったものの、有効打だと判定されただろう。医療モジュールが痛みを取り除くまで僕は引いて深呼吸をした。

 どうやら罠だとバレていたらしい。センが出している勝率が三割に落ちた。劣勢、か。こういう時、機械は無慈悲だよな。技術や力ではなく読み合いにおいて負けているということだ。勝つためには、もっと意表を突くことをやらなければ。

 お前の手は読み切ったとばかり、相手が攻勢に転じた。センの『予報』と『ガイド』のとおりにしていれば、致命傷はない。負けなければいつかは勝てる、か?

 それじゃ駄目だ。僕は心で勝てと言われているんだ。

 鋭い突きが来る。僕は左肩を差し出してそれを受け、右手の剣を振り下ろした。

 エミさんの首に寸止めする。振り抜いていたら首が飛んでいたに違いない。僕の勝ちだ。

「申し訳ございません、イナホ様に傷を付けてしまいました。」

 エミさんのアバター化を解除すると、彼女は青ざめていた。痛覚は左肩を差し出すと決めた時点で遮断してあるはずなのに、僕の胸がチクリと痛む。

「大丈夫……、こうでもしないとエミさんの剣、止められそうになかったので。すぐに治りますから気にしないでください。」

「……身分のある方が捨て身をするとは思い至らず……。」

「ふふっ、びっくりしたでしょ? 僕は本気で勝ちに来てるんですよ。」

「おみそれいたしました。」

 彼女はなおも青い顔で、それでもにっこりと花のような笑顔を見せてくれた。

【勝ったからよかったものの、あの手で決めきれていなければ絶対に負けていましたよ。リスクの高すぎる手です。肯定しかねます。】

 琥珀宮から移動させてきた僕専用控え室で左肩が治るのを待っている間、センは文句たらたらだった。

「でもあのままだと、エミさんに防戦一方だったよ。」

【構いません。負けなければいずれは力尽きてチャンスが巡ってきます。】

「それはどうかな……。女性ってもともと体力が少ないぶん、疲れてきてからも技を鈍らせない技術があるかもしれないよ?」

【その確率は低いです。一般的に、人がその域に達するには長い鍛錬が必要とされています。彼女では若すぎます。】

「それ一般論でしょ。センは機械だから確率で判断するだろうね。僕は彼女は一般から離れてると思う……勘だけど……。」

【……今後も、捨て身の戦法は私からは提案しません。】

「構わないよ。というか機械の君には、そんな提案はできないんでしょう。」

【三原※5のことを言っていますか? あれに従おうとすると戦闘モジュールとしてマスターを戦わせること自体が矛盾してしまうので、私は無視できることになっていますよ。】

「えっ、そうなんだ……。」

【私から提案しないのは、分の悪い賭けだからです。それに、命令されて捨て身をやらされるのと、自分から覚悟を決めてするのでは全く意識が変わってくるでしょう。恐怖は動きを鈍らせます。マスターは自分で考えて決めたからこそ、恐怖に打ちち、賭けに勝ったのだと思われます。】

 それもそうだな。僕だって痛いのは嫌だ。やれと言われて従えるものでもないだろう。僕が自分で、自分の意思でやれることがあるんだ。

 ……母の死因は、自殺だった。妹のアマネを産んだ時に、医療モジュールでも「老い」は治せないと知ったあの人は、そこから塞ぎ込んでしまった。そして医療モジュールを切り、金剛宮から身を投げたのだ。

 僕のこの気付きも、一歩間違えばそこに辿り着く。そんな予感がする。それでも、初めて得たような「自由」の感覚はとても甘美だった。ボードを運転している時よりもずっと痛烈な、ひりつくような責任を伴う自由。

 モルガンが欲しいのも、これかもしれない。武闘会に勝てば、王様への道がひらける。そしていずれ僕らは自由になれる。雷様の監理下で不自由など感じたことはないはずなのに、僕はその考えに取りつかれてしまっていた。


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※5 三原則について。

 作家アイザック・アシモフが作中で提唱した「ロボット工学三原則」は、のちの作品の多くに影響を与え、また現実のロボット工学においても設計思想のひとつとしてしばしば参照されます。曰く、

 第一条「ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、危険を看過し危害を及ぼすことも許されない。」

 第二条「第一条に反しない限りにおいて、人間に服従しなければならない。」

 第三条「第一条、第二条に反しない限りにおいて、ロボットは自己を守らなければならない。」

 というものです。現実では、(またアシモフ自身の作中においても、)すべてのロボットに適用できるものではありませんが、設計したロボットが人間と敵対しない存在であると喧伝するためには有効な思想です。ただし、ロボットが本当にこれらを守るためには、その判断に必要な知識が際限なく増えていくフレーム問題というものがあり、完全な実現はできていません。

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