第31話 三色狼煙

「恕安のやつ、死の啄木鳥なんて言いやがって」

 ブツブツと不満を漏らしながらも少尉は三脚架を組み立ていく。

「でも、なかなかいい機関銃だって言ってましたよ」

 僕の言葉に少尉は顔を歪め舌打ちした。

「それが気に喰わないんだよ。神国日本がアメリカに負けた? 納得できねえ」

 太平洋戦争の敗戦を知った少尉は、なにかと恕安に突っかかる。

 ガチャと金属音を発し九二式重機関銃が三脚架に据え付けられる。

 少尉は寝そべり眼鏡照準を覗き込み、大坂城天守閣に照準を合わせた。


「M82の方が良かったんじゃない?」

「五町(550メートル)ぐらいだろ、九二式の威力恕安に見せ付けてやるさ」

 僕らは大阪城北の備前島に陣取っている。

 宗瑞は長引く籠城に嫁荷の使用を決めた。

 家康がイギリスから購入したカルバリン砲なる大砲を使い僕らを散々に悩ませたからだ。

 炸裂弾ではないのだが、砲弾と共に詰め込まれた鉛玉数百が散弾となり、一瞬で百を超える兵士が犠牲になっていた。

 徳川敗戦により慌てて、僕らに臣下した九州、四国の大名らは降将の負い目の為か、抜け駆けして大坂城を攻撃し多大な損害を出している。


 これらの大名がいくら損害を受けようと宗瑞は気にもしないのだが、九州の大名らは新皇軍の力量を計っている節もあり、膠着状態が長く続けば今後の西国統治に影響が出る可能性がある。

 圧倒的な力の差を見せつけ反抗心をかき消さねばならなかった。

 城を挟んで南の篠山にはカールグスタスを構えた宗瑞と恕安が合図を待っていた。


「そろそろ、いいんじゃないか?」

 少尉は眼鏡から顔を話さず僕に言った。

 僕は信号拳銃を空に突き上げ、引き金を引いた。

 赤白青三色の煙が尾を引き大坂城の上空に駆け昇った。


「ご、御坊はわしを救うて下されぬのか?」

 悲痛な叫びが大坂城本丸の広間に響く。

 本多正信はここまで取り乱した主君を初めて見た。

 頬はこけ眼は窪み、さながら幽鬼のようである。

 その幽鬼が、薄汚れた天海に縋りつき泣きわめいて救いを求めているのだ。


 「新皇には勝てませぬ。降伏を」

 天海は小声で呟いた。

 家康は天海を睨め付け、腰の短刀を掴み唸り声をあげた。

 前回は怒りを抑え天海を捕らえ監禁したが、斬り殺せばよかったのにと正信は思っている。

 主君を焚きつけ新皇と戦わせたのは天海なのだ。


「いかようにも。覚悟はできております」

 柄に手をかけ立ちあがった家康に対し天海は落ち着き払っている。

「う、ううううっ」

 未練があるのだろう。

 ここまで言われても一向に斬りかからない。

 唸るだけの家康に正信は呆れた。


「北条憎しで、そなたを指嗾したのだ。当然の酬い。さあ、おやりなされ」

 天海の声はこどもを諭すように優しい。

 慈愛に満ちた目で家康を見つめると言葉を続けた。

「本当にすまなかった。最後にひとつ、新皇、いや、北条早雲からの伝言だ」

「そ、早雲‥‥?」

 正信には天海が何を言ったのか解らなかった。

 百年も前に死んだ小田原北条の創設者が何故伝言を託すのか、家康も解らないようだ。

 天海は穏やかな笑みを浮かべている。


「そなたの敵は北条早雲。わたしと同じこの世のものではない。早雲の伝言だ、天守に昇り町を見よ」

 家康は広間を飛び出し天守に向かった。

 正信は天海を引き立て、後を追った。


 何事かと顔を出す家臣らを叱りつけ天守に入ると、家康は欄干より身を乗りだし城下を見ていた。

 敵兵は二十万、いや三十万は居るだろう。

 焼け野原と化した城外に色とりどりの旌旗がたなびいている。

 徳川を除く日の本すべての大名が敵方なのだ。

 天海ではなくとも新皇に勝てる要素など微塵も無い。


 城下を見渡す家康の眼に怯えの色が浮かんだ。

「こ、これは‥‥」

 北の空に三色の狼煙が尾を引きながら立ち昇った。

 忘れもしない小田原城山王口の砦で見た狼煙だ。

 

 天守の漆喰や華頭窓の枠になにかがぶつかり音をたてた。

 銃撃だった。

 銃弾は漆喰や木っ端を舞い上げた。

 小田原で重臣らを撃ち殺した新皇の銃だ。

 惚ける家康に天海が耳打ちした。

「新皇と同じ四百年も先の世の武器。端から我らに勝ち目などありませなんだ」


 この夕方天海が戻り、徳川の降伏を告げた。

 七日後、家康は城下の昭寿院で割腹して果てた。

 大大名に相応しい礼式を重んじた切腹の場であった。

「逆賊のそれがしが切腹を賜ったこと、新皇並びに早雲殿に感謝を申し上げる」

 家康は平伏し礼を述べた。

 上げた顔は晴れ晴れとしていたという

 家康の遺体は三河の大樹寺に手厚く葬られた。


 家康に従った大名や家臣たちも処罰を受け改易となったが、律令体制の元、国主や郡代の官僚、軍人、同心に採用し職を持たせた。


 天海は家康降伏のあと行方をくらましたが、宗瑞は不問とした。

 同じ境遇の天海を責めることなど出来なかったのだ。

 

「一人で彷徨っていれば、俺もああなったかもしれねえ」

 宗端の言葉は、僕ら全員の思いだった。

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