第26話 決戦! 関ケ原

 少尉は先手として黄八幡の旌旗を掲げ、一万を率いて中山道を西上した。

 新皇軍西上の報を受けた秀忠も全軍をあげ東進を開始。

 奇しくも両軍が衝突する地は関ケ原となったのである。


 本来の歴史では東軍徳川家康と西軍石田三成の戦いである。

 天下分け目の関ケ原と言われるが、この戦いは豊臣政権における大老筆頭と奉行筆頭の勢力争いで豊臣政権下での内紛であった。

 戦った大名らもどちらの陣営につくかで、己の家運が決まる。

 よって反復離反は生き残るためとばかり内通、裏切りが横行し、寝返らせた大名の数で勝敗が決ったとも言われる。


 こちらの合戦は本当の天下分け目の関ケ原になったようだ。

 戦う大名は徳川、新皇の家臣であり調略など小細工のつけ入る隙は無い。

 将軍秀忠の命令によりわずかに外様大名も関ケ原に出陣しているが、大方の外様大名は静観を決め込み、勝った方につくと決めていたのだ。

 新皇対将軍の天下を賭けた合戦だった。


 両軍の動きに慌てたのは家康だった。

 伊勢に侵攻した豊臣秀頼勢を警戒するあまり伏見城を離れられず、掻き集めた二万の兵を急がせ大津城に入るのが精一杯であった。


 慶長十年(1605年)九月十四日未明 

 笹尾山の麓に徳川秀忠率いる本体二万五千、天宮山の麓に大久保忠親率いる一万四千、松尾山の麓に松平忠輝率いる一万五千が布陣した。


 僕らは桃配山に二千の本陣を据え、裾野には宗瑞率いる赤旗八千が布陣。

 左右の山裾には青旗の蔵隊八千、黒旗の恕安隊一万の兵を配置した。

 先行した黄旗の少尉隊一万は関ケ原の奥深く入り込み、松尾山に陣取る松平忠輝軍を睨み陣形を取っていた。


 山々に囲まれた狭い盆地の山裾に、新皇軍三万八千、徳川軍五万四千が対峙しているのだが、深い霧に包まれ両軍とも敵の動きを把握できない状態であった。


 九月十五日、巳の正刻(午前八時頃)深い霧を切り裂くように法螺貝の音が響き渡った。

 忠輝軍が先に動いた。

 合わせるように、本多中務少輔忠政、榊原遠江守康勝ら八千が突撃を開始した。

 両将の父本多忠勝、榊原康政は小田原征伐で討ち死にしている。

 榊原康勝に至っては生まれてすぐのことで、父に抱かれたこともない。

 捲土重来、家臣達も奮い立ち喊声をあげ突撃したのだ。


「本多中務と榊原遠江が打って出ましたぞ」

 伊井直勝が駆け寄り声を上げた。

 秀忠は頷くと床几より腰をあげたが眼前の関ケ原は一面霧に覆われ甚だ視界が悪い。

 地響きと喊声、馬の嘶きが松尾山辺りから聞こえて来るのみだった。


「弓隊、楯を立てぇい。一番隊発砲用意。構え‼」

 少尉が采を振ると武者が大声を張り上げた。

 鉄の裏張りの置楯が前に並べられる。

 鉄砲隊三十人と弓隊十人からなる小隊が三十。三段に並び筒先をそろえた。

 九百名の鉄砲隊と三百の弓隊、この後ろに槍の徒士が八百と騎馬武者百騎が控えている。

 これが五隊作られていて、一万の兵数のうち実に四千五百が鉄砲隊という構成だ。

 これが出来るのも新皇軍は、打ち取った敵将の首に恩賞を与えないからだ。


 鉄砲が使用された当初より、鉄砲で撃ち取った敵将の首は評価されない。

 槍働きこそが褒美を得る手段であった。

 その概念を払拭し勝ちいくさがすべてと、教育、訓練したのが少尉である。

 敵将の首だの、一番槍だのに執着しない軍隊を造り上げたのだ。


 雷鳴のような銃声が響き渡った。

 本多、榊原隊が放った銃声だ。

 銃弾は楯にめり込み音を立てた。

「放て!」

 少尉隊も応射開始。

 ここに関ケ原合戦の火蓋が切って落とされた


「進め、進めえ!」

 蔵隊、恕安隊も陣形をとり法螺や太鼓を打ち鳴らし天満山麓を目指し共進した。

「大須賀、内藤、押し出せ!」

 天宮山の大久保勢が動いた。

 全軍を上げ中央の蔵、恕安隊に襲い掛かった。

 

「天野、保科、押し出せ。後備えの吉川らを前に配置せよ。背後の守りなど無用」

 秀忠の命令に天野ら六千が蔵隊に突撃した。

 まずは兵数の劣る青旗隊を数で押し潰す。

 

 徳川の野戦は、まず鉄砲を撃ちかけ距離を詰め、長槍隊を繰り出し陣形を崩すと騎馬兵や手槍の徒士が敵兵を屠っていく戦法で、これは多くの大名も同じやり方である。

 隊列を組み、押し寄せる長槍隊の攻撃は、突くのではなく二間(約390センチ)の槍を上下に打ち下ろし敵を叩き伏せることを主としている。

 長い槍のため左右への方向転換は困難ではあるが、針鼠のように槍を突き出し敵の侵攻を止める役割もあった。


 霧中に耳を劈くような爆音が轟き四方の山々に反響して鳴りやまない。

 関ケ原一面が戦場と化した。

「長槍隊を下げよ。者ども掛かれぇ!」

 ほぼ同時に本多忠政、榊原康勝の号令が飛んだ。

 本多、榊原の騎馬隊が喊声をあげ躍りかかった。


 恕安隊は陣形を崩さず大久保勢を寄せつけなかったが、右陣の蔵隊はそうはいかなかった。

 当初は徳川勢を向こうに回し押し込むほどの威勢を示したが、時が経つにつれ倍近い敵軍に押され今にも崩れそうである。

 一刻(二時間)程の戦闘で兵士は疲れきっている。

 徳川軍は、本多、天野ら武将の連携がよく、兵の出し入れが巧みだった。

 大将である氏盛さえ自ら血槍を振るい、兵を鼓舞しなんとか踏みとどまっている状態だ。


 関ケ原を覆った霧が薄れてきた。

 秀忠は小丘に駆けあがり戦場を睨んだ。

 勝てる⁉ ──

 右陣も中央も徳川が押している。

 左陣の本多勢は中央の大久保勢より二町も押し込んでいた。

 秀忠は後詰めより前線に配置替えをした吉川広家らに攻撃を命じた。

 狙いは青背旗の隊だ。

 天野らの増援により今にも崩れそうである。

 四千の吉川広家率いる外様勢が馬蹄を響かせ突進した。


 宗端は顔を顰めた。

 蔵隊の劣勢に城に兵を留め置いたことを後悔した。

「敵兵およそ四千。青旗隊に向かっております。旗は三引両。馬印は赤馬簾」

 物見の報告に宗瑞はぎょっとした。

 外様大名の吉川広家だ。

「氏直! 六千を率い救援に向かえ!」

 蔵隊が崩れればいくさの勝敗は決してしまう。

 走り去る軍勢を見つめ、宗瑞も馬を関ケ原に進めた。


 突撃を開始した吉川勢の前に新手の攻撃に新手が現れた。

 部下の報告によれば、指揮官の旌旗は赤旗に白の三鱗だという。

 北条相模守氏直だ。──

 直勝の眼の色が変わった。

 「殿! われに出撃命令を!」

 「よし。いけ! 氏直の首掲げて見せよ」

 「はっ」

 赤備えを率いて本陣を離れた。


 馬を駆けさせる直勝は、山から下りて来る軍勢が目に入った。

 新皇軍本隊⁉ 新皇が動いた! ──

 氏直どころではない。

 敵の総大将である。

 「相模守はやめだ! 狙いは新皇の首一つ。つづけ!」

 新皇本隊の前ががら空きである。

 直勝は馬を煽り駆け出した。


「急げ! 鉄砲隊前に出ろ!」

 本陣付けの将、北条新左エ門繁広の号令が飛んだ。

 五百程の鉄砲隊が三段に並び射撃の態勢を取った。

 敵騎馬兵は六町(約660メートル)程のところで馬を横に広げ駆け寄せてくる。

 全身を朱色の具艘で統一した軍勢だ。


「伊井の直政、直虎、なお、直弼? 誰だっけ?」

 脇に控える近習に聞いた。

 伊井の赤備えは有名であるが、攻めてきた武将の名を知らなかった。

「恐れながら、伊井掃部守直勝でございます」

「ああ、直勝ね」

 阿鼻叫喚の戦場で僕はなぜだか落ち着いている。

 今更ではあるがこの不思議な光景を茫然と見ていたのだ。

 

 元の世界では桜田門外の変で殺されるのが徳川幕府大老井伊直弼で、襲撃したのは水戸徳川の浪士である。

 こちらの世界では当然そのような事は起こるはずがない。

 史実を僕らが変えたからだ。

 

 雷鳴のような銃声が起こった。

 伊井の突撃に鉄砲が放たれたのだ。

 数十の騎馬兵が銃撃を受け吹き飛んだが、突撃は止まらない。

 近習が伊井勢への突撃を命じた。


 僕の周りには五十人の兵士しか残っていない。

 それほど伊井勢の突進は凄まじかったのだ。

 八騎が山沿いを迂回し右奥より本陣に迫っていることなど誰も気づかなかった。

 騎馬武者らは雁行体制をとり本陣に迫っていた。


 気づいた兵が槍をかざし迎撃のため駆け出した。

 銃声が響いた。

 駆け出した兵士がバタバタと斃れる。

 「馬上筒だ!」

 近習らは僕の前に重なるように人垣を作った。

 短銃だが筒は二本。二連発銃のようだ。

 

 騎馬武者らは速度を緩め、左腕で銃を固定し筒先を向けたまま、ゆっくりと近づいてくる。

 「お止め下さい!」

 僕は人垣を掻き分け前に出る。

 陣羽織の懐に手を入れホルダーより、それを引き抜くと騎馬武者に向け引き金を引いた。

 少尉が渡してくれたモーゼルc96。ドイツの軍用自動拳銃だ。

 

 五発の銃弾が馬上の武者の鎧を貫き、五人は地面に落下した。

 朱鎧の胸に開いた穴よりさらに赤い液体があふれ出し、地面を染めた。

 

 僕は残りの三人に銃口を向けた。

 二人の武者は馬首を返し逃げだしたが、一騎だけ留まり銃口向けていた。

 朱の甲冑に鹿角の脇立て。

 武者は満面の笑みを浮かべ楽しそうに僕を見ていた。

 僕は知らなかったが武将の名は真田左衛佐信繁。

 今は幸村と名を改めていた。

 

 「これだ。これこそ我が探し求めていた銃」

 秀吉より新皇軍の火器探索を命じられ大名の地位を得るも何一つ探し出せず無能の烙印を押され、表舞台から消された。

 無能の烙印をおされたためか、家康の政権争いには巻き込まれず大名として生き残った。

 

 断じて無能ではない。

 秀吉の死後も憑かれたように新皇軍の火器を探した。

 イギリス、オランダ、イスパニア、どの国の商人も信繁の話しに目を丸くして、その様な鉄砲はこの世には無いと鼻で笑った。

 無為の日々を過ごしたわけではない。

 誰よりも鉄砲の知識がついた。

 この馬上筒はその知識の結晶だ。

 火縄の点火式ではない。火打石式の二連発式短筒だ。

 新皇の銃は五発の弾丸を瞬時に発射し、分厚い鉄の鎧を貫通させた。

 これこそが探し求め夢にまでみた銃だ。

 その銃口の前に自分は立っている。

 幸村は無上の喜びを感じ人差し指に力を込めた。

 

 二つの銃声が重なり合った。

 弾き飛ばされた幸村が地面に叩きつけられ絶命した。


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