第24話 新皇出陣
慶長十三年(1608年)六月二十日。
徳川征伐の出陣式は上皇の叡覧を賜り、見物人二十万人が熱狂する空前絶後の催しとなった。
神田橋横の北条氏政邸を出発地点とし、御所を右手に日比谷遠山直吉邸までの半里の沿道は、新皇軍を一目見ようと関東各地から大勢の人々が押し寄せたのだ。
参加する旧大名は三十六人。新皇軍をあわせて四十一隊である。
一隊、騎馬十騎までと取り決めたのには訳がある。
我も我もと旧大名の家臣らが参加を懇願してきたためだ。
新皇政権には大名という地位はない。
皆、行政官として任命されているだけだ。
武家の最後を飾るに上皇の叡覧に勝るものはないのだろう。
かと言って、数千の行進では時間が掛かり過ぎるので重臣のみ十騎としたのだった。
警固の武者に誘われて、僕と上皇様は門を潜り大階段を昇った。
右には北条氏政ら、隠居した旧大名が並び、左は姫と公家たちが並んでいる。
上皇のお出ましに椅子から立ち上がり深々と頭を下げた。
「よぉ似合っておりますなぁ。なにやら神々しい」
階段を昇る僕に姫が呟いた。
懐かしいセリフだ。
白銀の南蛮甲冑と緋色の天鵞絨マント、小田原の時と同じ装いだ。
しかし、これは全て新品で宗瑞が姫を除く全員に揃えて作ったものだ。
マンチラと呼ばれる胸前板に金線で蔦が彫り込んであり、日輪の前立ての金色と妙に合っている。
「姫こそ、本当のお姫様のようですよ」
髪を下ろし、唐衣を纏った姿はお雛様のようだ。
姫が微笑んだ。
高御蓙には椅子が二つ並べられ、前方のとばりだけが開けられていて、眼下には湾に浮かぶ軍船五隻が見えた。
地上より3メーターほど高く造られた高御座は、海風が吹きつけ意外と涼しい。
御袍姿の上皇様も涼しそうに眼を細めている。
あまりの静けさに僕は身を乗りだし左右を確認した。
沿道は黒山の人、人、人。とんでもない数の人々が、水を打ったような静かさで座ていて、人々の前には烏帽子に直垂姿の警備の侍が等間隔で立っていた。
僕は椅子を後ろにずらし腰を落とした。
流石に上皇様の真横は畏れ多いからだ。
海上の軍船から爆発音が轟き渡った。
お嬢が仕切る二十一発の礼砲だ。
地震いするような歓声が沸き上がった。
行進が始まったのだ。
「将大殿。とばりを開けてくれぬか。これでは何も見えぬ」
本来、天皇が人前に顔を出すことなど禁忌だ。
直に言葉を交わすことも許されない。
僕は迷ったが、正面しか見えないのでは上皇様でなくとも面白くないだろうと、悩んだすえ横のとばりを開けた。
歓声は一瞬ぴたりと静まり、ざわめきの後、大歓声が僕を襲った。
人々は手を合わせ、上皇様を仰ぎ見ている。
歴史が変わったとはいえ、大罪を犯しているのは僕たちではないのか。
家康が主張している天皇の政治利用の罪を犯しているのかもしれない。
僕の葛藤をよそに、屈強な鎧武者二人が、陣旗を掲げ行進して来る。
陣旗は、黄、青、赤、白、黒の五色を連ねた五色の段々と呼ばれる北条家の陣旗だ。
馬上の氏直は、古式豊かな大吹返しの筋兜に紅糸縅腹巻であるが、籠手と脛当を朱色、兜の鍬形の真ん中に金の扇骨五本を立てて古臭さを打ち消していた。
付き従う家臣らも紅糸縅の二枚胴具足で筋兜や頭形、桃形兜に小さな三日月やトンボ、蝶を前立てに付けた地味な姿だ。
これは後ろに続く北条家の諸将や関東の領主も似たようなもので、北条家当主氏直に遠慮したものと考えられる。
氏直は馬を進め高御座の前に来ると、鐙を外し胸に片腕をあて深々と頭を下げた。
その時、爆発音が鳴り、上空に紙吹雪が舞い上がった。
恕安と先生が造り出した紙吹雪を打ち上げる筒、要はクラッカーのようなものだが、かなり高くまで金銀紙を打ち上げたのだ。
キラキラと舞い散る紙吹雪に一際大きい歓声が挙がった。
上皇様も立ちあがり眼を見開いていた。
恕安の狙い通り最高の演出効果を生んだようだ。
紙吹雪は馬上の一隊が高御座の前に来ると打ち上げられ、馬上の武者たちを感動させた。
小田、小山、佐野氏らなどの関東勢が通り過ぎ、相馬、大崎、最上氏など奥羽勢が続く。
ひときわ歓声が大きくなった。
豊臣秀頼の隊だ。
総金の陣旗が日差しを受けて輝く。
秀頼は緋糸縅二枚胴具足に二十九本の馬蘭後立兜をかぶり、馬列後方には大水牛脇立兜の福島正則を引き連れていた。
小田原を攻めた秀吉を想起させるが、人々はあまり気にしない。
大声援を送っていた。
南部、津軽ら北奥州の旧領主の行進が続き最後の九戸隊あと、かなり間をおいて白銀の南蛮具足の五騎が馬を進めて来た。
宗瑞たちだ。
揃いであつらえた南蛮具足ではあるが、それぞれ自分の好みに前立を飾っている。
宗端は、銀の三日月に黒の陣羽織で、僕の日輪と赤いマントと非対称を狙っていし、蔵は燃え盛る三つの炎の火炎車、少尉は金の大天衝の脇立、恕安は金の花クルス、先生は黒の双角獅噛で角だけを金色にした武張った前立だ。
「従軍軍医には派手過ぎる。俺のと交換しろ」
少尉が先生にせまったが、
「断ります。いい意匠でしょ。写真機でもあれば僕の雄姿を残せるのになぁ」
と、少尉をからかい悦にいっていた。
皆、兜を深くかぶり、太い緒で顔を隠していた。
陣旗も掲げず、しずしずと馬を進める宗瑞らに群衆は叡覧が終わったと思ったのだろうか、静かに眺めるだけだった。
僕は上皇に一礼し階段を駆け降り、宗瑞らのもとに向かった。
片膝を付き控える六人の前に、日輪の兜を手にした僕が片膝をつく。
「⁉」
金羊歯前立の小柄な武者が、僕に笑いかけた。
お嬢だ。
礼砲指揮を部下に任せ、行進に参加していたのだ。
乾いた爆音とともに金紙、銀紙が舞い上がる。
上皇様は立ちあがり僕たちに言葉をかけるのだが、大歓声で声はかき消された。
僕らは深々と頭を下げると騎乗した。
僕らの後を輿が二挺、屈強な武者に担がれついて来るのだが、群衆は輿に新皇が乗っていると勘違いして大声援を送ていた。
「どうですかな?上手くいきましたな」
「さすが蔵殿。悪よのぉ」
宗瑞と蔵は馬を並べ沿道の人込みを見ながら、にやついていた。
それもそのはずで、沿道の人々より見物料を取っているのだ。
湊近くに設けられた数百の屋台、出店からも出店料を取っている。
武士にあるまじきセコイ話なのだが、これ程の人数になると結構まとまったお金になるらしい。
蔵の商魂はこれだけではない。
先生が言った雄姿を残すという言葉を見逃さず、絵師を雇い錦絵に刷り上げ売りさばいたのだ。
爆発的な大ヒットとなった。
特に僕らが上皇よりお言葉を頂いた「新皇征討図」は、大人気で僕ら七人が詳細に描かれており、少尉や先生も気に入り購入したほどだった。
ただし、一番売れたのは姫を描いた「美人画」で、お嬢がちょっとむくれてしまったのは御愛嬌である。
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