第23話 家康挙兵
慶長十三年(1607年)二月
家康は天皇の許可のないまま、秀忠に将軍を継承し、その責を新皇に押し付けるような書状を各地の大名に送った。
新皇に対する弾劾状である。
書状には天皇を拘束する平将大のために政は滞っていて、将軍職の無許可継承さえも新皇と詐称する平将大のせいだと強く訴えていた。
家康は追い詰められていた。
九州大名の国替えも吉川ら数人の大名に留まり、いまだ完了していない。
遷都計画も朝廷に漏れ公家より強い反対があがり、公家の法度を施行したため有力公家が天皇を頼り関東に逃げ去ってしまったためだ。
家康の弾劾状に対しに対し、天皇は自ら筆を取り天皇承継を認めなかった幕府の非を責め、新皇の無実を訴えた。
署名には上皇と記し、すでに天皇ではないと知らしめた。
しかし、家康が折れることはなかった。
天皇の取り成しを無視して畿内に兵を集め始めたのだ。
こうなっては宗瑞も蔵も黙っているわけにはいかない。
宗瑞は、江戸御所内の小御所に参議、国司、軍、奉行、宮中の首脳らを呼び寄せ徳川討伐を計った。
表に出られない僕たちは、北条氏直に会議を任せ別室で聞いているだけだが、最終判断は宗端が握っている。
会議は冒頭より荒れた。
新皇国の常備兵力は各国十ヶ所に置かれた陸軍、海軍合わせておおよそ六万。
旧領主の家臣たちは、地方行政、警察組織、教育、外交などの職に任ぜられ新皇政権を担っている。
もはや兵士ではないのだ。
徳川幕府は譜代大名だけでも十万を超える兵力があり、外様大名を合わせれば三十万となる。
圧倒的に不利な戦なのだ。
氏直は席を放れ、別室に来て宗端に尋ねた。
「仕方ねえ。役人から志願を募ろう。大将は旧主とする」
会議が終了しかけたころ、宮中侍従鷹司兼続が恐る恐る発言した。
「出陣に際し、御上が叡覧をご所望されておりまする。取り計ろうて下され」
この申し出に議会は大騒ぎなった。
氏直は感激して礼を述べたほどだ。
ただ一人渋い顔なのは宗瑞である。
「名誉なことだが、金が掛かる」
腕を組み唸った。
「いや、やり方次第よ」
蔵は、ほくそ笑み宗瑞の肩を叩いていた。
「丁度、半里(約2キロ)ぐれえだ。この門の前に高御座を設置するか。一間半(約273センチ)高くすりゃ問題ねえ」
宗端は杖を指し蔵に言った。
蔵は頷くが頭の中は出店の仕切りで一杯で、場所や出店数を細かく計算し帳面に書き留めている。
「蔵殿。香具師頭のような振る舞いは不敬でござろう。天覧は見世物ではござらん」
珍しく正論を吐いた宗瑞に蔵は近づき帳面を見せた。
「これだけの金が動きますぞ。江戸の経済効果はこれ程にもなる」
「ほう。こんなに⁉ いや、御見それ致した」
御所門前でこの会話こそ、不敬の何物でもないと僕は思う。
珍しく八人が揃い、出陣式の確認で江戸御所前に来ている。
前と言っても門が一つあるだけで、御所は二重の濠と公家の屋敷や行政の執務所が建ち並び、その中央に唐風の正門を潜った先が、宮殿となるのだから御所の端といったところだ。
通りかかった行商人に何があるのかと、何度か尋ねられるほど大通りを行ったり来たりしながら、出陣式の趣向を練った。
恕安はパレードだと言って喜び先生と共に派手な仕掛けを相談するし、少尉は軍列の順番や警備兵の手配に頭を捻り、姫は高御座の横に控える公家や隠居した大名らの席順確認していた。
ただ一人仏頂面はお嬢で、海軍指揮であるお嬢は、当日は艦上で祝砲の任に着くのが不満のようだ。
僕は呆然と海まで伸びた整地を見渡し、いつまでもこの様な平和が続けばいいと思った。
もうじき徳川家康との天下を賭けた戦いが始まるのに不思議な気持ちだった。
「馬上で天皇陛下の御前を通過するのは恐れ多いと思うのでありますが」
少尉が行進の手順を蔵、宗瑞に確認する。
「うむ。下馬して跪くべきなのだが、行進の最中では、それは出来まい」
「鐙を外し胸に手を置き頭御下げるでは、不敬か?」
「叡覧となるとわたしも、解りかねます。さてどうしたものか」
姫も交じり頭を突き合わせ見取図を広げ考えるも、これといった案は出ない。
「麿は構わぬ。宗瑞殿の気のすむように」
「ん?‥‥ じょ、上皇様⁉」
いつの間にか輪に上皇がおられた。
はるか後ろでは警備兵が平伏している。
平服を纏っているところを見ると、またお忍びで御所を抜け出したのだ。
「楽しみじゃの。新皇軍を見るのは初めてじゃ。麿に遠慮せずどんどん進めてくれ」
驚く僕らなど気にもせず、ニコニコと宗端に許可を与えた。
「叡覧のおり麿の隣に将大殿を置いてほしいのだが、可能だろうか?」
「「えっ⁉」」
上皇の隣と言えば天皇の位置だ。
新皇を名乗ってはいるが、僕がそこにいたら誰もが皇位を継承したと思うだろ。
宗瑞は二つ返事で肯いた。
上機嫌の上皇様が御所に戻ってしまうと宗瑞がぽつりと呟いた。
「本物の新皇になった。これで神君に負けねえ」
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