第20話 嫁荷
分厚い土蔵の扉を番士あけ放けると恕安がいた。
恕安は並べられた木箱から筒を取り出し翳して見ていた。
八九式重擲筒である。
「どうしたの。マサ君が武器庫にくるなんて珍しいじゃない」
頭巾の下から流暢な日本語が聞こえた。
二十五年の間に完璧に習得したのだ。
恕安は語学が堪能である。
母国の英語むろんのこと、スペイン語、中国語まで流暢に話せるのだ。
祖母が日系で、たどたどしいが日本語はできたため戦国の世に飛ばされても宣教師の通訳として隠れることが出来たのだ。
もっとも横須賀基地勤務の海兵隊員であるため戦闘能力は極めて高く少尉も舌をまくほどである。
扉が閉まるのを待って僕は頭巾を脱いだ。
恕安も頭巾をとり、短い髪をぼりぼりと掻いた。
米軍横須賀基地勤務時より短いらしい。
整った美形が台無しだと思った。
「八十五年も前の嫁荷、まだ使えるの?」
少尉も宗瑞に見つけ出されたのは早かった聞いていた。
小田原城主伊勢早雲庵宗瑞が死んだ翌年に飛ばされて来たのだが、支城の足軽の中にいたというから、いまでは笑い話だ。
だが、つがいであるはずの女性は見つからなかった。
戦乱の世で女性が生きるのは難しい。嫌な話だ。
「少尉のはまだ大丈夫。ただお嬢のはもう無理ね」
お嬢が見つけた村田銃だ。
百四十五年も経っているうえ、隠し持っていたお嬢では手入れができなかった。
劣化が進んだ原因だろう。
宗端が小田原城を奪い取った時、東郭の地下から鉄砲らしい残骸が多量出土していたのだ。
種子島に鉄砲が伝来する四十年も前の話しである。
朽ち果てた様子から百年は地中にあったように見受けられたそうだ。
武器も一緒に飛ばされてくるのではないか。
宗瑞はそう思ったらしい。
三十年後、二代目の氏綱が江戸を奪い取ったとき、試しに先生が知っていた市ヶ谷台陸軍士官学校の場所を掘ってみた。
長らく土の中にあったため腐っていたが、大量の銃器が出土した。
お嬢が見つけた村田銃と同じ銃が出てきたことに、考えが正し事を確認したのだという。
「溶かして農具にでも作り変えばいいのに、保管しておくことになったのよ」
恕安は知らない。
村田銃は静観上人が小田原から去った原因なのだ。
上杉謙信が越後守護代長尾影虎だったころの話しである。
長尾勢十万の兵に小田原を囲まれた時、危機を感じた静観上人が使ったのだ。
静観上人は加齢が始まっており六十歳近くになっていたそうだ。
不老を嘆いていたが、いざ齢を取り出し焦りがでたらしい。
過ちを認め、先がない自分がいたのでは判断を狂わせると小田原を去ったのだ。
いずれ僕たちも齢を取り始める。
どんな世の中になっているかわからないが、静観上人のように焦燥感に囚われるだろうか。
宗端は静観上人の焦燥が痛いほどわかったから、歴史を変える気になったのかもしれない。
「いろいろ想い出があるみたいよ。ところで少尉は?」
想い出と誤魔化したが、恕安はそれ以上聞かなかった。
「奥にいるわ。わたしたちの嫁荷の所」
恕安の顔色が曇った。
明治の銃より少尉の質問の方が大変なのだろう。
「僕が話すよ。だから、本当のことは絶対に言っちゃだめだよ」
「O・K。御頼み申す」
恕安はふざけて笑顔を見せた。
「少尉。何してるの」
「おお。マサか」
奥の部屋で、少尉は89式5.56mm小銃を床に置き、腕を組んで考えていた。
「わが大日本帝国も六十年でこんなに凄え銃を作れるようになったのか」
「そりゃあ。六十年も経てばそうなるっしょ。先生の頃は村田銃だもん」
「でもよ。これがわからねえ。USAってアメリカのことだろう。なんで一緒に出て来るんだ」
やはり木箱の印字を考えていたようだ。
「アメリカと日本は軍事同盟を結んでいるから。これは昭和天皇がお望みになったことだよ」
少尉に無条件降伏をしたことなどいえるはずがない。
不敬だと思うが天皇陛下の名を出し誤魔化しているのだ。
横須賀で掘りだした嫁荷は米軍と自衛隊の武器が一緒に出たのである。
同盟国なら恕安がいてもおかしくはない。
秀吉が築いた石垣城を一発で吹っ飛ばしたカール・グスタフ対戦車無反動砲は、横須賀で掘り出され恕安指導により宗瑞が撃ったものだ。
「まあ。考えても仕方がないよ。どうせ歴史は変わったんだし」
先生がよくいう「似て非なる世界」。
別な世界なら変えてもいいだろうと嫁荷を使ったのだ。
「そりゃそうだ。この武器があれば日本どころか米国も中国も簡単に制圧できるしな」
これがあるから、恕安は少尉を持て余しているのだろう。
恕安は最初協力を拒んでいたのだ。
「アナタ方は、この武器で国を支配するつもりでショ?」
これに対し宗端の返答は、
「既存の権力をぶっ壊して俺たちの国を造ろうってんだから、まあ、支配だろうな。ただよ、領主が民を虫けらのように扱うのも我慢積ならねえし、僧侶が極楽浄土を説いて己が権力を保っているのも気に食わねえ。為政者なら民を飢えさせず、楽しみの一つも持たせるのが筋じゃねえのか? 己の欲を満たすばかりの者はいらねえ。支配しなければ変えられねえさ」
と、答えていた。
僕とは違い恕安はこちらに飛ばされてから1年以上この国の現状を見ている。
人々の悲惨な暮らしに義憤を感じたのだろう。
宗端に協力することになったのだ。
「天下統一だってめんどくせえって、宗端さん嫌がるのにやるわけないよ」
「そうなんだよ。本当にもったいない」
先生が教えてくれた。
宗端の考えは、東国を繁栄させ武力を使わず人心を掌握することらしい。
殺し合いなど見たくない僕には、有難い策と思っていた。
だが、宗端の策は失敗に終わる。
関東統治のため名乗った新皇称号が予想も出来ない事態を引き起こすのだ。
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