第11話 はじまりの場所

 皇霊殿の階段をあがると、三人の侍女が一斉に片膝を付いて頭を下げた。

 姫曰く、侍女は見え麗しい乙女たちだそうだが、残念なことに全員頭巾を被り、眼だけしか見えない。

 胸の膨らみに目がいくのは、たぶん春のせいだ。うん。

 来る途中梅の花が咲いていたし、やっぱり春のせいだ。


 勢いよく襖を開けて中に入り頭巾を取ると自分の席に座る。

「あれぇ⁉ みんなは?」

 テーブルには、宗端さん一人が座っていてた。


「ああ、それぞれ役目で出かけている。蔵殿と先生は駿府。少尉と恕安は上田。姫とお嬢は軍船で安房に行ってもらった」

 宗端さんは、お茶を飲みながらみんなの行き先を教えてくれたが、初めて聞く話だ。

 と言うことは当然、僕と宗端さんがペアで、どこかへいくのか?

「えー。いつ行ったの? で、僕は宗端さんと、どこ行くの?」

「俺は、下総、下野、常陸と廻ろうと思うんだが。マサはどうする?」

「もちろん、行く。僕の家も見てみたいし、それに‥‥」

「マサの家? それは存在しねえって、前に言ったろう。まだ、反北条が蔓延っているんだ危険な所には行かねえぞ」

 関東各地で豊臣方と北条方の大名の戦が起こっており、その中を歩き回れば、いつ巻き込まれてもおかしくはないのだ。


「うん。それは理解している。でも育った場所を見てみたい。それに総洞院に行きたいしね」

「静観上人の墓参りか⁉ そうだな、俺も暫く参ってねえし、寄ってみるか」


 総洞院の静観上人。──

 これは僕がこの時代に飛ばされた時、拾ってくれた恩人の名だ。

 総洞院は、僕が十年前に戦国時代へタイムスリップした場所だった。


 

 真っ黒な天井がぼんやりと見えた。長押も鴨居も同様に黒ずんでいる。

 頭を動かすと、やはり黒ずんだ板戸が見え、右の障子が陽の光を受け真っ白に輝いていた。

 黒ずんだ戸板のせいで部屋の半分は薄暗い。


 僕は、ゆっくりと起き上がった。

 足元の布団は、薄っぺらの上ゴワゴワしていて、畳ではなく、黒ずんだ板張りの上に敷いてあった。

 そのせいなのだろうか、身体の節々が軋みをあげ、ふらついた。

 よろけながらも、なんとか障子に辿り着き、開け放った。


(どこだ、ここ⁉)


 目の前には、鬱蒼と茂る樹木が広がり、爽やかな風に葉を揺らしていた。

 茫然と見上げていると足に違和感があった。


(なんだ、これ⁉)

 着ていたのは浴衣である。

 風が裾を揺らしたのだ。 


 縁側から僧侶が行き来しているのが見えた。

 どうやら、寺にいるらしい。

 

 「よろしいか」

 突然の声に身構えた。

 入ってきたの八十歳ぐらいの老僧である。

 老僧は僕の前に座ると丁寧に頭を下げた。


「静観と申す。遥か彼方から、よお、おいで下さいましたな。」

 ニコニコと笑いまるで布袋様のようだ。

「あのー、ここは、どこですか?」

「まあ、追々説明しますが、まずは、これでも召し上がれ。」

 御膳には、おにぎりが三つ載せられていた。

 真っ白な米のおにぎりだ。

 僕は遠慮なく口に運んだ。

 塩だけのおにぎりが、こんなに美味いと思ったことなどなかった。


「寺のことゆえ、もてなしも出来ず心苦しゅうござったが、やっと白米が手に入りました」

 米にも、赤米や黒米など種類があり、寺では赤米に粟を入れた粥を食べているらしい。

 僕は米に種類があることなど知らなかったのだ。


 

 僧侶らに見張られ監禁のような日々が五日続いた。

 会話するのは突然訪れる静観上人だけだった。


「少し、お聞きしてもよろしいかな。そなたの名前は?」

「平野将大です」

 どういう字を書くと聞くので、床に名前を書いてみせた。


 静観上人の細い眼が、まん丸になるくらい僕を見て唸っている。

「して、ひらのまさひろ様は、何をなされるお方じゃ」

「何をなされるって。僕は高校生です。高校二年、一七歳、住所は‥‥」

 静観上人は、身を乗り出して聞いていた。

「やはり。これも運命か」

 天井を睨み腕を組んだ。

「う、運命?」

「ここは、平野様の世から四百二十年遡った天正八年の世」

「よ、四百二十年前‥‥ て、天正八年!」

「驚くのもむりはない」

 声を上げたが、それほど驚いていはいない。

 実は二日目の晩に家に帰ろうと脱走を試みていたのだ。

 満月だったこともあり、意外と外は明るかった。

 

 鬱蒼と茂る樹木に沿い、見つからぬように進んだが、寺は山頂にあるようで、切り立った崖に阻まれてしまった。

 仕方がないと僕はそこで夜が明けるのを待った。

 

 そして見てしまった。

 崖の下には、板葺屋根の家がびっしりと並び、何本もの道が通っていて、その先には朝日を受けて輝く大きな湖があった。

 ビルも無ければ電柱すらない。明らかに平成とは違う時代だったのだ。


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