叔父さんの雛飾り
高久高久
叔父さんの死
――2月も終わろうかというある日の昼休憩中。職場でコンビニのおにぎりを齧っていた私に、父から電話が来た。
何か連絡がある時は大抵メールで済ませている為、珍しいと思いつつその電話を取る。父は何処か、沈んだ声をしていた。
――叔父さんが死んだ、と聞かされた。
叔父さんはもう何年も会っていないが、以前はよく父に連れられて遊びに行っていた。私と年の近い娘さんが居たのもあったのだろう。小遣いを貰ったりと可愛がってもらった記憶がある。
会わなくなったのは叔父さん家族が離婚してからだろうか。父から聞かされた時は仲の良い家族だったはずなのに、と驚いたが、それ以来父も『顔を合わせづらい』と疎遠になっていたようだ。
連絡は、警察から来たという。何でも、離婚してから独りで暮らしているアパートの一室で発見されたらしい。話によると事件性は見られず、持病もあったため病死ではないか、という。
何故父に連絡が来たのか。それは他に身寄りが居なかったかららしい。まず離婚した奥さんや娘さんに連絡を試みたらしいが、連絡先を変えたのか辿れなかったらしい。
叔父さんが暮らしているのは遠方だ。持病を抱えている父が、警察で話を聞いたり葬儀やら何やらと手続きを取るのは難しい、とのことで私が行くことになった。職場では色々と言われたが、親戚の不幸との事で何とか休みをもぎ取った。
――警察で見た叔父は、今も思い出したくない。
苦しんだ様子は無い、と警察は言っていたが……記憶より痩せ細った叔父は全身がどす黒いというか、よく戻さなかったと自分を褒めてやりたい。
葬儀は、私の休みの都合もあったため簡単に済ませる事になった。
参列者が私だけ、という簡単で寂しい葬儀は終わったが、まだやる事はあった。叔父さんが済んでいるアパートの解約の為、整理しなければいけない。
大まかには業者を頼む予定であったが、一度は見る必要がある。大家から鍵を借り、アパートへ。
叔父さんの部屋は、独り身にしては綺麗――というより、物があまり無い。ほぼリビングで生活していたのか、発見されたのもベッド代わりのソファの上だったと聞いている。
部屋を見て回ると、もう一室ある事に気付いた。その部屋を開けると、目に入ったのは雛飾りだった。
――昔、遊びに行った時の事を思い出した。その時は丁度雛祭りの時期だった。
今思えばそこまで高価ではないと思われる物であったが、娘さんの幸せを願って、と叔父さんが購入した雛飾りは綺麗で、私も目を輝かせて見入っていた。
あの時と同じ物だろうか。赤いひな壇はくすんだ様子である。そう言えばもう雛祭りの時期だ。娘さんも大きくなって必要ないだろうが、叔父さんはわざわざ飾っていたのだろうか。
昔を思い出しながらひな壇に近づき――言葉を失った。
――飾ってある人形は、ボロボロだった。
年月が経って劣化した、というのなら分かるのだが、そう言うレベルではない。刃物で切った様な痕があったり、わざとやらなければこうはならない。
女雛が特に酷かった。螺子やら釘やらが、顔や体に幾つも刺さっていたのだ。何本もの螺子や釘は貫通して、先端が飛び出ていた。
その人形に恐ろしさを感じた私はこれ以上見たくないと、その部屋を離れようとした。その時、部屋の隅に箱が置いてあるのが目に入った。
菓子箱だと思われる箱を、止めれば良いのに私は手に取り、蓋を開けた。中には手紙が入っていた。裏に名前が書いてあり、苗字は変わっていたが奥さんや娘さんの名前が書かれていた。
その内、一番上にあった手紙を手に取った。娘さんからの手紙であった。
――もう許して、お父さん。
手紙に書かれていたその文字を見て、限界だった私は部屋を飛び出した。
処分に関しては業者に全部任せる事にした。これ以上、私は関わってはいけない。そう思ったのだ。
全てを終わらせ、報告の為に父に会ったのだが、私の顔を見て何かを察したのか何があったのかを聞いてきた。
部屋にあった雛飾りの事を話すと、父は少し考えながらぽつぽつと話してくれた。
――叔父さん家族の離婚は、奥さんの浮気が原因だったらしい。だが全てが後手後手に回ってしまい、娘さんの心も親権も、全て奥さんに奪われたという。
心配になった父は離婚直後様子を見に行ったそうだが、その時に見たというのだ――雛飾りを。娘さんの幸せを願い、買った物だというが、向こうに「いらない」と言われて引き取ったらしい。
その雛飾りを見て、笑いながら叔父さんは言ったらしい。「この雛飾りを娘たちだと思って願う事にするよ」と。その時の笑顔が、父は忘れられないという。
「壊れた人間の笑顔ってのは恐ろしいもんなんだわ。目が笑っていないというか、笑っているのに悍ましいというか……まぁ、お前はやることはやったんだ。もう無関係なんだから、忘れろ」
私は、父のその言葉に従う事にした。
――娘さんたちは一体どうなったのか。連絡が付かない、と警察は言っていたが何かあったのか。
色々と気になる事はあるが、もう関わることは無いだろう。それでも、あのボロボロのひな人形を、時折思い出してしまう時があるのだ。
――顔や胸に何本も螺子や釘を打ち込まれた、あの雛人形を。
叔父さんの雛飾り 高久高久 @takaku13
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます