第46話「Ouroboros狂気の科学者、ミラ」

 その頃、Ouroborosの簡易拠点にて。

「アァ!  モットモットアソビタカッタノニィ! アノ変ナ男ノセイデ! 舞歌チャン、雄飛クン……!」

「痛いですねぇ、完全に油断してしまいましたよ。もう少しで華怜ちゃんを私のモノにできたというのに……」

 名女川と合原は、雄飛の攻撃で負傷した体を横たえて口々に恨み言を呟いている。

「ったく、俺も舞歌の不意打ちをもらっちまったよ。元夫に対して、ああも本気で殴りかかれるかねぇ、普通」

 種吉秀は、舞歌が拾ったパイプによって殴られた脇腹を擦りながら、呆れたように言った。

「本来の目的は達成できなかったが……。これで聖母と種主、お互いの結びつきが強くなる。計画はまた一段と進んだわけだ。……って、みんな怪我して大丈夫か?」

 白始友は負傷した3人を見て小さくため息をつく。

「モチロンヨォ! アレクライ平気ダモンネェ! モット傷ツケテクレルナラ大歓迎ナンダケド!」

「私は問題ありませんね」

 名女川と合原は白始友にそう答えたが、実際には精力を放出して覚醒した雄飛の攻撃よって全身複数個所を骨折していた。

 白始友は内心で(いや、絶対痛ぇだろ……)と思ったが、言葉にはしなかった。



「お呼びですかぁ?」

 その言葉と共に、白衣を着たスラリと背の高い女性が拠点の施設内に入って来る。

 グルグル眼鏡にピンク色のアフロパーマという奇抜な髪型をしたその女性は、白始友が呼び出した人物だった。

「おう、ミラ。コイツら怪我しちまってよぉ。お前の薬で治してやってくれよ」

 白始友がそう言うと、ミラは名女川たち3人の体を見る。

 グルグルとしたメガネの渦が、高速で回転し始める。そしてその僅か数秒後。

「あらぁ? ふむふむ。3人共、全身複数個所骨折してますね。特に合原さんの肋骨と名女川さんの脚は複雑に折れてますねぇ。でも、すぐに治せますよ?」

 そう言ってニッコリと笑うミラに、合原はおぉ、と歓喜の声を上げる。

「これは入院しなければと思っていたのですが、それはありがたい! ぜひ、治していただきたい。今すぐに!!」

 よほど痛みを我慢していたのか、治療が可能と聞いた瞬間に、合原は目を輝かせながらミラに詰め寄る。

 

 ミラはグルグル眼鏡で目の表情が見えないものの、口元に笑みを浮かべてうなずいた。

「ええ、ええ。さっそく治療しましょう。私の治療はとってもスピーディーで、すぐに終わるんですよ?」

 それを聞いた合原は満足げにうなずいた。

「あぁでも……。その代わり死ぬほど痛いと評判なので、覚悟してくださいねぇ?」

 思い出したようにミラが笑うと、合原の笑みは引きつり、名女川は「ヒッ!」と短い悲鳴を上げる。

 2人が騒いでいる間に、忍び足で去ろうとする秀だったが……。

「あなたも治療が必要ですよ、秀さん? 大人しくしてくださいねぇ?」

 ミラは彼にそう告げる。秀は観念したように、椅子に座るのだった。

 その後、その部屋には3人の男女の絶叫が響き渡るのだった。


「はい♡終了♪ 痛かったですかぁ? でも痛いのは生きている証拠。よかったですねぇ、フフフ」

 ミラはニッコリと笑いながら、3人に向かってそう言った。

「いや、全然良くありませんよ!痛すぎて死ぬかと思っ……」

 合原がそう言いかけた瞬間、彼は自分の肉体が完全に回復し、絶好調であることに気付く。

「おお、すごい! もう治っているではないですか!」

 合原がそう叫ぶと、名女川や秀も驚いたように体を動かすのだった。

「痛い思いをしたくなければ、怪我をしないことです。では、お大事にどうぞ♪」

 ミラはフフッと笑うのだった。



 それから少し後。

「Ouroborosのミラだな? 平和連合軍よ! 両手を挙げなさい!?さもなければ、撃つわ!」

 ラボに戻ったミラの背後に銃を向けながら叫ぶ1人の女性。ミラが手を挙げながらゆっくりと振り返ると、そこには3人の武装した兵士の姿があった。

「あらあらぁ……。私が不在の間にラボを勝手に荒らすなんて、酷いですねぇ」

 3人の女性兵士に銃を突きつけられながらも、ミラはニコニコとした笑みでそう返す。

「ふざけているのか? Ouroborosによって、ここや別の施設で行われた非道な実験の数々。それら全ての指揮はお前によるものだな!?」

 女性兵士たちのリーダーがそう言って銃を向けると、ミラは観念したように手を挙げる。

「その通りですぅ……。私はこれまで多くの命を奪ってきました……」

 そう言ってミラが目を瞑ると、女性兵士たちは「フン」と鼻を鳴らす。

「Ouroborosの最高科学者も、自分を守るものが無ければこの程度か。投降するんだな?」

 リーダーがそう言うと、ミラはアフロパーマをフワフワと動かしながら首を横に振るのだった。


「自分を守るものが無ければ……ですか。それならばなぜ、私のラボにたった3人で踏み込んだのですかぁ? 科学者が最も大切だと思う場所に、何も仕掛けていないと判断するとは……。愚かですねぇ」

 ミラがそう告げると、女性兵士たちはハッとする。

「何をバカなことを! 投降しろ!」

 リーダーがそう言うと、ミラは小さくため息をつく。

「残念ですけど、あなたたちの余命はあと僅かです、ね?」

 ミラがそう言った瞬間、2人の女性兵士がうめき声を上げる。彼女たちは苦しそうに首を抑えながら倒れた。

「お、おい! お前たちっ!」

 リーダーの女性が2人に駆け寄って揺さぶり起こそうとするが、その彼女の顔色もすぐに青白くなっていく。

「な……んだ、こ、れは……」

 リーダーはそう呟いたが、そのまま立っていられないほどの苦しさから倒れてしまう。


「あらあらぁ……。どうですかぁ? 私の開発した薬は?」

「き、貴様……いつの間に……薬を……。う、ごけ……ない……?」

 女性兵士はミラにそう問い返すが、その口調もたどたどしくなっている。

 その問いに、ミラは自らの手を見せる。最初は何を見せられているのかわからないリーダーだったが、指の間にかなり細い注射針のようなものを挟んでいるのがわかった。

「……うっ……うああっ!! く、苦しいっ……。お、おね……おねが……い。止め……て……!」

 女性兵士が苦しそうに呻くが、ミラはニッコリと笑ったまま表情を変えない。

「うふふ♪ あらあらぁ……? 苦しいですねぇ? ですが……まだまだこれからですよ?」

 そう言うとミラは再びアフロパーマをフワフワと動かし、もう1人の兵士を覗き込む。

「殺して……苦しいの……早く……殺して……」

 女性はそう懇願するが、ミラはクスクスと笑うだけだ。

 リーダーも同じ苦しみを味わっているはずだがなおも気丈さを保ち、ミラを睨み殺さんばかりだ。

 

 だが……程なくして……。

「くっ……な、なんとか……して……殺さ……ない、で……」

 リーダーの女性は涙を流しながら、苦痛にあえぎつつそう言う。

「たす……け……て……死にたく……ない……」

 彼女が縋るようにミラへ手を伸ばすと、その手を優しく取るミラ。

「あぁ……先ほどまでの余裕はどこへやら……。恥も外聞もなく命乞い……。それほどまでに生きたいのですね? それならば、私はあなたたちを助けたいと思うのです。我々に二度と敵対しないと誓うのなら。……どうです?」

 ミラは慈愛に満ちた表情で、リーダーにそう囁く。

「そ、それは……。し、しかし……!」

 リーダーは言葉を詰まらせるが、ミラはゆっくりとうなずく。

「任務が大事ですか? 命が大事ですか? 時間はありませんよ? 私はあなたたちを助けたいのです」

 ミラにそう言われ、リーダーは迷いながらもコクリとうなずく。すると……。

「そうですかぁ。では、助けてあげましょう」

 その言葉にリーダーの顔が明るくなる。


 だが、その直後……。

 カシャァン! という音と共に薬の入った試験管が地面に落ちる。

「あっ! いけないいけな~い。手が滑っちゃいましたぁ~♡」

 わざとらしくそう言うと、ミラはトレードマークのグルグル眼鏡を外した。

 隠された美しい青い瞳が露になる。

「今ある薬はそれで最後ですよ」

 彼女は満面の笑みで、リーダーたちに残酷な事実を告げる。

「あ、ああ……あああ……」

 リーダーは絶望した表情を浮かべると、床に零れている薬を必死に舌で舐めようとする。

 ミラは満面の笑みのまま続けた。

「まるでワンちゃんですねぇ。……さて、あなたたちにできることは……。壮絶な苦痛を味わいながらも、死の瞬間まで己が生を全うするか……。さもなくば……」

 ミラはそこで言葉を区切って、女性兵士の1人に視線を向ける。すると彼女は自らの頭に向けて、自身の武器である銃を放ってその命を閉じた。

「彼女のように苦痛から早く解放されることを良しとするか……。2つにどちらかですねぇ」

 ミラはニッコリと笑いながら、リーダーにそう告げるのだった。

「……あなたたちの亡骸は実験体として丁重に扱いますし、決して無駄にはしませんからご安心ください♪」

 それを聞いた女性兵士のリーダーは、絶望した表情のまま息絶える。

「……うふふ♪ あはっ! あはははははははははっ!! あーっはっはっはっは!!」

 ミラはラボにて、1人高らかに笑うのだった。

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