第45話「華怜と空乎、雄飛と舞歌」

 俺たちはその後、世界平和連合軍に保護され、大阪へと向かうことになった。

 軽い怪我をしていた俺と華怜は、応急処置を受ける。

 Ouroborosの連中に襲われたこと、大阪に着いたら知り合いを頼って岡山県に移住することなどを、母さんがうまく平和連合軍の大人たちに伝えてくれた。

 茉純さんはというと、気を失ってはいなかったのだが、華怜が光の矢を受けた辺りでショックのあまり記憶が抜けてしまったらしい。

 茉純さんが一番精神的なダメージが深刻なようで、船の医務室のベッドで眠っている。


「華怜、ごめん……俺、弱くて……。結局、いつも助けてもらってばかりだ」

 俺がベッドの上で華怜に向かってそう呟くと、彼女は首を横に振りながら言う。

「ううん……そんなことない。名女川と合原を追い詰めたじゃない。 私こそごめんね? すぐに力になってあげられなくて……」

 その笑顔に胸が締め付けられ、同時に悔しさや不甲斐なさも込み上げてくる。

 あの男が来なければどうなっていただろうか。華怜はOuroborosに連れて行かれていたかもしれないんだ……。


 そういえば……。

 あの男は何者なんだろう。

「ねぇ、華怜。さっきの男のことなんだけど。あの人と2年前に会ったことがあるんだ。俺に話があるって追いかけて来たから、てっきりOuroborosのメンバーだと思って……。あの人は誰なんだ? 華怜、知ってるんでしょ?」

 俺の疑問に、華怜は少し躊躇しながらも答えた。

「……ええ。彼の名前は"空乎"。倉城空乎」

「倉城って……やっぱり?」

 あの男、空乎が華怜を姉ちゃんと呼んでいたことからそうじゃないかと思っていたけど……。

「そう、あの子は私の弟。あ、正しくは前世時代の私の弟、ね」

 やっぱりそうだったのか。もう少しいろいろと話そうと思っていると……。



「あ、ここにいたんだ。華怜ちゃん、茉純さんが目を覚まして、"華怜に会いたい"って。行ってあげて?」

 母さんがやって来て、華怜にそう言った。

「あ……はい。わかりました。」

 華怜はそう言うと立ち上がり、医務室の出口に向かって歩き出したが、途中で足を止めて俺を振り返る。

「雄飛、またね。ちょっと行って来るから、あなたもママとゆっくりお話してきなさい」

 華怜はそれだけ言うと、医務室から出て行った。



「雄飛ちゃん……ごめんね。怖かったよね……」

 母さんは俺を力強く抱きしめる。名女川を前に取り乱したこと、俺の手を払ってしまったこと、お互いに様々な真実を知ったことなど、色々な感情が入り交じっているのかもしれない。

「ううん……そんなことないよ。ママが無事で良かった……守ってくれてありがとう……」

 俺がそう言うと、母さんはさらに力強く抱きしめる。


「雄飛ちゃん。雄飛ちゃんが知ってること、教えて?」

 母さんは俺の目を真っ直ぐ見据えてくる。その瞳には強い意志のようなものが込められているように感じる。

「……う、うん。……あの、ね……」

 俺は意を決して全てを話した。


「そっか……。うん……そうだったんだ……。転生……か……。なんとなくね、雄飛ちゃんは大人っぽいなぁって、思ってたの……。それに転生者っていう存在がいるのは、知ってたんだ」

 母さんの言葉に、俺は驚きを隠せなかった。

「えっ、ママは知ってたの? いつから?」

 俺がそう聞くと、母さんはゆっくりと語り始めた。

「雄飛ちゃんには言ってなかったけど……私もね、転生者らしいの。雄飛ちゃんや華怜ちゃんと同じ、ね」

 母さんの告白に俺は頭が真っ白になりそうになる。まさか……俺の母さんまで転生者だったなんて……。


「それって、いつ知ったの? 前世の記憶とかは?」

 俺がそう聞くと、母さんはゆっくりと頷いた。

「うん……知ったのは、モデルを辞めてから。前世の記憶はね、無いんだ。でも、私は転生者だって言われて……」

 母さんはそこで言葉を詰まらせる。きっと、いろいろな思いがあるのだろう。

「……誰が言ったの?」

 俺は母さんにそう聞くと、彼女は少し間を置いてから言った。

「秀ちゃん……ううん、雄飛ちゃんのお父さんを名乗っていた人だよ……」

 母さんの顔は悲しそうだった。

「そっか……。父さんが……。でも、それって本当なのかな? 記憶がないってことは、父さんがママを利用するために嘘をついたんじゃ……」

 俺がそう言うと、母さんはゆっくりと首を横に振った。

「……そう、かも……。だけどね、その時から転生者っていう存在とか、秀ちゃんが転生者だっていうのは知ってたんだ……」

 母さんは俯き、言葉を区切る。



「ママはさ、俺が前世のことを覚えている転生者でも嫌じゃないの? 俺は古代の遺跡で発見された遺物から作り出された……」

 声を震わせながら続けようとする俺を、母さんは再び抱きしめてくる。

「言ったでしょ? 雄飛ちゃんは、私の可愛い子供だよ。誰がなんと言おうと、私の子供。私がお腹を痛めて産んだんだもん。絶対に、誰にも渡さない」

 母さんは力強くそう言ってくれた。いつものような何気ない温もりが、尊くて愛おしく感じられる。

 俺は……クリーチャーじゃない。少なくとも母さんは、俺のことを愛してくれているんだ……。

「……ありがとう、ママ」

 母さんは満面の笑みで応えてくれる。その笑顔に安堵すると同時に、ずっと心の中にあったモヤモヤが消えていくのを感じた。


「秀ちゃ……あの人のこととか、これまでのことを考えるとすぐには受け入れられないけど……、頑張っていこうよ、雄飛ちゃん……!」

 本当は声を上げて泣きたいはずなのに、母さんは涙を堪えながらそう言ってくれる。

「うん……俺、頑張るよ」

 俺がそう言うと、母さんは満面の笑みでより強く抱きしめてきた。

「雄飛ちゃん、大好き!!」

 そんな母さんを見ていると、胸がポカポカとしてくるのを感じた。

 そうだ……俺は一人じゃないんだ。

「ママ、大好き!!」

 俺も母さんに負けないように、強く抱きしめ返すのだった。

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