第43話「雄飛誕生の秘密、強い母」

「父さん! いい加減にしてよ! 本当は脅されてるんでしょ!? こんなの……間違ってるよ!」

 俺は精一杯の思いで父さんに向かって叫んだ。

「ふっ、どうやら何を言っても無駄なようだな」

 そんな俺を見て父さんは呆れたように笑った。

「何度も言うが、俺とお前は本当の親子じゃないんだよ。俺とお前は血のつながりが無いんだ」

「えっ……?」

 父さんから思いもしなかった言葉が返ってきた。……何を言っているんだ? 血のつながりが無い? どういう事だよ……?


「……じゃあ、俺は誰の子なんだ……。俺は、母さんと誰の間にできた子なんだ……?」

 自分に問うように、そして父さんに問いかけるように俺は口にしていた。

「……始友、もう教えてやってもいいよな? ノーラや彩は早いって言うだろうが、そろそろいい時期だと思うんだが?」

 父さんは白始友に視線を投げかける。

「あぁ、いい頃合いだろう。その方が計画は加速するしな」

 白始友がそう言うと、父さんは俺の方に再び体を向けて話を続けた。


「……雄飛、お前も知っての通り、お前の母親は舞歌だ。そしてお前の父親はいない。お前にはな……んだよ」

「な、何を言って……」

 父さんは何を言っているんだ? 俺に父親はいない……? いや……そんなはずは……。なら、どうやって……。


「古代の遺跡から発見された神の遺物と呼ばれる物質……。そこには人間とは明らかに異なる生体情報が記録されていた。Ouroborosは長年の研究の末にそれを解析し、神の細胞を作り出した。そしてそれを人工の精子として、舞歌の子宮に宿したんだ」

 ……父さんが何を言っているのか、俺には理解できなかった。

「ちょ、ちょっと待てよ! 俺の父親はいないって……そんなわけ……」

 俺は混乱していた。それじゃあ俺は……俺に父親はいなくて……古代の遺物を元に作り出された存在だって……。

「……お前は普通の人間じゃない。神の子種を宿した、だ」

 父さんは俺に対して無情な言葉を浴びせてきた。

 そんな……嘘だ! 俺は人間だ!! クリーチャーなんかじゃない!

「嘘だ……そんなの……」

 俺の呟くような言葉は、誰にも拾われることなく消えていく。


「もう1つ教えてやろう、雄飛。いや、前世は熊山三四郎だったな……。お前が雄飛として転生したことすら、全て我らの予定通りだ」

 どういうことだ? 全て仕組まれていた、のか? 疑問は尽きない。でも、今はそれ以上に俺は自分が人間ではないかもしれない、という衝撃の方が大きかった。



「か、母さんはこのことを……知ってるの?」

 俺は震える声で尋ねた。

「いいや、舞歌は美人だが、抜けてるヤツだからな、ハハ」

 父さんは嘲るかのように笑う。俺は俺の後ろで気を失って倒れている母さんの方を見る。

 名女川と再会した恐怖から、溢れ出た涙が閉じた目の辺りを濡らしている。長くて綺麗な髪も乱れてしまっている。

 いつも笑顔で優しい母さんのそんな姿に、俺は涙が溢れてくる。

「母さんが……抜けてる、だって?」


「ああ、舞歌は自分に降りかかっている不幸な出来事を何も知らずにいるのさ。俺は近所に住んでいたコイツの美貌に目を付けた。"新世界を統治する神を生んだ聖母"という偶像アイドルとして、コイツは完璧な素養を持ち合わせているからな。だから俺は舞歌に近付いたんだ。そして彼女が俺に頼らざるを得ない状況を作った。俺を愛するような状況を、な」

 俺の問いに父さんは、淡々と言葉を紡いでいく。俺の前で、母さんを最初から利用するつもりだったと、平然と語っている。

「学校や芸能界では嫌がらせを受けるように仕組んだ。その一方で聖母として神を生むという役割を果たす処女性を残すために、Ouroborosの科学者が開発した薬を舞歌に投与し続けたのさ。……舞歌自身の性欲も、舞歌に対する周囲の性欲も遮断する薬をな。そして、彼女が性行為に対して強いトラウマを持つように仕向けた」


「トラウマを……仕向けた……? ま、まさか!?」

 父さんはそこで言葉を区切り、ニヤリと笑うと言った。

「ああ、名女川優希が舞歌を襲ったのは、ただの欲望によるものだけではない。Ouroborosという組織の意志によるものなのだ。そして、それを演出したのは俺だよ、雄飛。おかげで舞歌は、性行為そのものに恐怖を感じるようになり、ますます彼女の処女性は守られた」

 父さんのその一言で、俺は心臓を鷲掴みにされた感覚に陥った。

 ひどい……ひどすぎる。全てコイツのせいなのか!?

 父さんは不敵な笑みを浮かべて、こちらに歩み寄って来る。

「その後、弱った舞歌を支えるフリをし、俺は舞歌と結婚した。翌年には雄飛、お前が産まれた。舞歌のトラウマを心配した俺が配慮し、体外受精をおこなったことで雄飛が産まれた、と舞歌は勘違いしている。おめでたいことにな。ハハ」

 父さんは、笑いが止まらないといった具合で、俺の頭を乱暴に撫で回す。


「本当は、遺物から作られた細胞でしかないってのになぁ! ハハハ! "雄飛ちゃん、雄飛ちゃん"って、何も知らずに本当の人間の赤子みたいに可愛がってるアイツの姿は、滑稽だったよ。ハハ!」

 俺の目の前にいる男は……父さんじゃない。

 人の皮を被った悪魔だ……!


「もういい! それ以上、母さんの悪口を言うなぁッ!!」

 俺は怒りを爆発させる。

「ハハ、無茶をするな。舞歌もお前も俺たちの道具でしかない。大人しく従っていろよ」

 父さんの言葉にさらに怒りが込み上げる。少し体が動いた……! これなら……!



 その時だった。

 俺の横を通り過ぎる影があった。

「ハハハ! 雄飛、惨めだなぁ!」

 天を仰いで高笑いを続ける父さん。

「おいっ!? 秀、避けろ!」

 白始友の声に、ただ事ではないと判断した父さんは前を向く。

 と、次の瞬間。


「雄飛ちゃんからっ! 離れなさいっ!!」

 凄まじい剣幕で言い放ち、棒のようなもので父さんの腹部を殴打したのは先ほどまで気を失っていた母さんだった。

 折れたパイプのようなものを持った母さんは、もう一度それで殴打すると、すぐに俺を抱きかかえて距離を取る。

「マ、ママ……?」

「ごめんね、雄飛ちゃん。遅くなっちゃって」

 母さんは優しく微笑むと俺にそう声をかける。俺はそんな母を見て涙が止まらなかった。

「舞歌! お前、まだ動けたのか!?」

 白始友が驚いた様子で叫ぶと、母さんはキッと睨みつけた。


「秀ちゃん……。さっきの話、途中から聞いてた……。正直ね、受け入れられないよ。でも……雄飛ちゃんを、私の大事な息子を傷つけようとするなら……私は誰が相手でも絶対に許さないっ!」

 母さんはそう言うと、棒を構えて父さんと対峙する。その目は怒りに満ちている。

「ハハ! 舞歌、お前は本当におめでたいヤツだな。お前はコイツのことを息子だと本気で思っているのか?」

 その言葉が、またしても俺の心臓を鷲掴みにする。握り潰されそうなほど苦しい。

 "お前は普通の人間じゃない。神の子種を宿した、クリーチャーだ"。

 さっきの父さんの言葉が突き刺さる。

 母さんも聞いていたはずだ。父親はおらず、俺は研究の末に作り出された細胞から……。



「思ってるよ。雄飛ちゃんは私の息子。たった1人の私の子供」

 母さんの……言葉。

「ハハ! 笑えない冗談だな!」

 父さんは吐き捨てるようにそう言うが、母さんは強い眼差しを崩さずに彼を睨んでいる。

「ママ? で、でも……」

 俺は不安から、母さんに声をかけていた。

「大丈夫、心配しないで。雄飛ちゃんは雄飛ちゃんだよ。私の可愛い息子」

 いつものように優しく微笑む母さん。

 あぁ……やっぱり母さんだ。俺の大好きな、母さんだ。

 そんな母さんの姿を見て、俺は……涙が止まらなくなる。


「ハッ! 面倒だ、舞歌と雄飛を気絶させろ。聖母と種主だ、絶対に殺すなよ」

 俺と母さんのやり取りに苛立ったように、父さんは自身の部下に命令する。

 Ouroborosの構成員たちが向かってくる。母さんは俺の前に立って、パイプを構えていた。

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