第37話「人が去った町 ~皆の役に立たちたい~」
それから少し歩くと、辺りには生物兵器の影は無くなっていた。
こちらは華怜の能力で完全に気配が抑制されているのに対して、俺たちがやって来た方角にはまだまだ生存している人がいるのだから、生物兵器たちがそちらに向かうのは当然のことと言える。
さらに歩き続けているうちに、だんだんと日が暮れて来た。
やはり日中の騒ぎが影響したのか、この辺りの人の気配は一斉に無くなっていた。
悪いな、と思いつつも生きるためだ。
放棄された建物の中から、比較的頑丈で安全そうな建物を選んで中に入る。
どうやらそこは何かの会社オフィスだったようだが、まるで神隠しにでもあったように綺麗さっぱり人だけがいなくなってしまっている。
飲みかけのペットボトルや、作りかけの資料、ポットに入ったまだ温かいお湯を見るに、少し前までは人がいたのだろう。
ホワイトボードの日付も、やはり今日の日付になっている。
ニュースで見たか、あるいは実際にその目で見たのか……。俺たちに起こった生物兵器の襲撃を受け、ここにも来るのは時間の問題だと判断し、みんな一斉に逃げ出したのだろう。
「華怜、体調は大丈夫?」
「……うん……何とか」
俺の手を握りながら力なくうなずく彼女だが、やはり相当に消耗しているようだ。呼吸も荒いし顔色だって良くない。
「今日はここで休みましょう。何か食べ物とか、華怜ちゃんの症状を軽くできる薬があるかもしれないから、私探して来るね」
母さんは茉純さんに華怜を横になって休ませるように言うと、そう言って部屋を出て行こうとする。
「華怜、茉純さん。俺も母さんと一緒に探して来ます。何かあったら、スマホで連絡してください」
俺はスマホを掲げてそう言った。華怜は弱々しくうなずくと、安心したような表情で目を閉じた。茉純さんも険しい表情のままうなずいた。
「ええ、雄飛くんも舞歌さんも気を付けて。……ありがとうね」
俺は茉純さんの言葉に会釈で返すと、母さんの後を追うように部屋の扉を閉めた。
「雄飛ちゃんも華怜ちゃんと一緒に休んでいてもいいんだよ? 雄飛ちゃんだって疲れてるし、ここにはどんな危険があるかわからないんだから」
母さんの言葉に俺は首を横に振る。
「ううん。ママを1人にはできないよ。危険があるなら、俺がママを守ればいいし」
俺の言葉を聞いた母さんは嬉しそうに微笑み、そっかとつぶやく。
「ふふ、雄飛ちゃんもどんどん逞しくなっていくね。華怜ちゃんに肩を貸して歩いてるところなんか、キュンとしちゃった」
母さんは俺の頭を撫でながら嬉しそうに笑う。俺は照れくさくなり、思わず顔を背けた。
「そ、そう? 俺だってみんなの役に立ちたいから。絶対にみんなで岡山までたどり着くんだもん。どんなことだって任せてよ!」
俺は恥ずかしさを紛らわせるように、母さんにそう言う。すると彼女は俺を見つめながら言った。
「頼もしいね雄飛ちゃん……でも、雄飛ちゃんはまだ子供なんだから、それっ!」
そう言って母さんは俺を抱き上げた。
俺の体は、もうそろそろ中学生になるにしてはかなり小さくて、まだ母さんでも簡単に抱き上げることが出来る。
「ちょ、ちょっとママ! もう子供じゃないんだから降ろしてよ!」
俺は母さんに抗議の声を上げるが、彼女はそんな俺の言葉を無視して俺を抱きかかえたまま歩き始める。
「ふふ、可愛いなぁ。もう少しだけこうさせて。来年の今ごろは、もう大きくなって抱っこできなくなるかもしれないし……ね? お願い」
母さんはそう言うと、ギュっと俺を抱きしめた。
「ママ……」
俺はそんな母さんに、何も言えなくなってしまった。
確かに前世でも、中学生になってから急に成長する同級生もいたな……。俺だって今よりも身長も伸びて体も大きくなるはずだし……もうその頃になると抱っこなんてできないだろう。……いや、普通はこの年の子は抱っこされないんだけど……。
でも、俺も胸が温かくなる。こんな状況だからか、母の温もりというものがとても貴重で尊いものに思えた。
「うん、分かった……。でも疲れたら下ろしてね。ママに無理させたくないんだ」
俺は母さんの温もりに包まれながら、そんな素直じゃない言葉を口にする。すると母さんはクスクスと笑う。
「うん、ありがとう雄飛ちゃん……」
俺の頭を優しく撫でてくれる母さん。その感触はとても心地よくて、ずっとこうしていたいと思うほどだった。
しばらく歩くと建物の中に社員食堂のような場所を見つけた。
幸いなことに、そこには缶詰や乾麺、冷凍ご飯、レトルトの惣菜などが備蓄されていた。
「よかった、これなら十分すぎるね」
母さんの言葉に俺もうなずく。これだけ食料があれば、数日は飢えることはないだろう。
さらに1階のフロアの奥には倉庫のような部屋があり、そこにはレトルト食品や日用品などが大量に置かれていた。まるで戦争にでも備えていたかのような量だ。
そこには、市販されている薬や包帯、一般的な生物兵器の感染症に効く薬なども置かれていた。
「これで華怜ちゃんの症状が和らぐはずだわ」
俺と母さんはいくつかの薬を手に取ると、華怜と茉純さんが休んでいる部屋へと戻る。
帰りの道中、オフィスの窓から外を見るとすでに真っ暗になっていた。
普段のこの時間でであれば、まだまだ勤務時間中の企業や、残業で残っている人がいるオフィスの光、外を走る車などで明るいのだが、今はそんな様子は見られない。
「暗いね……。でも、街灯が点いているのは助かるね」
母さんの言う通り、オフィスの窓から見える道路には、いつもどおり街灯が灯っている。
逆を言えば、それしかない、とも言えるが……。
「そうだね。電源は生きてるみたいだし、スマホの充電もできそう」
そんな会話をしながら、俺たちは華怜たちが休む部屋へとたどり着いた。
華怜は小さく息をして眠っていた。
その傍らでは、彼女の髪を優しく撫でる茉純さんの姿が見える。
「茉純さん、華怜の様子はどうですか?」
俺は彼女にそう尋ねると、彼女は静かに首を振った。
「まだ……辛そうね」
茉純さんはそう言うと、再び華怜の頭を撫でる。
「カセットコンロとお鍋、それからいくつか食料を持ってきたから、今から作るね。栄養のある者を食べれば、きっと華怜ちゃんもよくなるはず」
母さんがカセットコンロの火を点けて、調理を開始する。茉純さんはそれを聞いて安心したようだ。
「舞歌さん、私も手伝うわ。雄飛くん、華怜を見ていてもらっていいかしら?」
茉純さんは俺にそう言うと、母さんと一緒に調理を開始した。
俺はそんな2人の邪魔にならないように、華怜の側に座ると彼女の手を優しく握った。
すると彼女はゆっくりと目を開く。
「ゆ、雄飛……?」
「うん……俺だよ」
俺がそう答えると、彼女は嬉しそうに微笑む。そして俺の手を優しく握り返した。
「ありがとう……雄飛」
そんな華怜の言葉に、俺も笑顔で応えるのだった。
こんなに弱弱しい華怜を見るのは初めてで、その笑顔が儚く、痛々しくて……。
でも、だからこそ俺は、俺に今出来ることを精一杯やろうと心に決めた。
「母さんと茉純さんが料理している間、側にいるよ。ゆっくり休んで」
俺がそう伝えると華怜は小さい声で、ありがとうと言うのだった。
しばらくすると母さんたちが料理を運んできたので、俺たちはみんなでそれを食べた。
華怜の体調はやはり力の使い過ぎによるものが原因だったようで、先ほどまで休んでいたことと、栄養のある食事をしたことで、だいぶ回復してきたようだった。
「ありがとう、みんな。だいぶ楽になった」
華怜がそう言うと、茉純さんは安堵したように娘を抱きしめる。
「よかった! よかった華怜。あなたに何かあればって……本当に……」
茉純さんはポロポロと涙を流しながら華怜を抱きしめた。そんな母を、彼女は優しく抱きしめ返すのだった。
「ありがとう、お母さん。もう大丈夫……心配かけてごめんね」
そんな親子のやり取りを見ながら俺はホッとしていた。
華怜の体調が回復して本当によかった。俺も彼女の役に立てたかと思うと嬉しい。
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