第36話「混沌の町 ~華怜の疲労~」
だが、もう少しで俺たちの番、という時だった。
「おいおい、商品どもががん首揃えて集まってやがるぜ……へへ、全員ひっ捕らえて売りゃあ、どんだけの金になるか……」
「ひゃっひゃっ! おいお前ら、今からお前らをニュー東京に連れて行って、奴隷オークションに出してやるぜ!」
いかにもガラの悪そうな男たちの一団が、列の後方から声を張り上げた。その声を聞いた住民たちが騒ぎ出す。
「きゃああああ!」
「嫌だ! あと少しでここから出られるのにっ!」
パニックになる住民たち。男の1人が手にしていた銃を空に向かって発砲し、そんな彼らを黙らせる。
「おい、止まれ! お前ら全員動くんじゃねえぞ? 検問所の職員の連中も、死にたくなけりゃあ無駄な抵抗はすんじゃねぇぞ?」
リーダー格と思われる男がそう告げると、職員たちは皆、苦虫を嚙み潰したような表情で大人しく両手を挙げる。
俺たちは1か所に固まり、大人しくしていた。今は連中を刺激しない方がよいと判断したからだ。
(すでに検問所の職員が、警察や自衛隊、連合軍に連絡をしたはずだ。もう少し待っていれば、必ずここから脱出する機会があるはず……)
俺は心の中でそう呟くと、華怜や茉純さん、そして母さんに目配せする。2人も俺の意図を察してくれたようで、静かにうなずいてくれた。
(今は大人しくしていよう……)
俺たちはただ黙って連中の出方を待つことにした。
「おい! そこの女!こっちに来い!」
職員たちの列を割いて、1人の男がこちらの方に視線を向けて手招きをしている。その表情は下卑た笑みを浮かべていた。
嫌な予感がしなかったといえば嘘になる。やっぱり母さんは変装でもさせてくるべきだった。
「お前だよ、そこの子連れの女。へへっ、可愛い顔してるしスタイル抜群じゃねぇか……。お前みたいな美人なら高く売れるだろうが、すぐに売っちまうのはもったいねぇなぁ。おい! その女をこっちに連れて来い!」
リーダー格の男が叫ぶと、仲間の男が数人連れて母さんに近づいて行く。
俺は咄嗟に母さんの前に出て庇った。そして男に向かって叫ぶ。
「母さんに手を出すな!」
「あ? 何だこのガキは?」
男が俺を睨みつけてくるが、俺も負けじと睨み返す。
母さんには指一本触れさせるものか。
「へへっ、なるほど。この女のガキか。なぁ坊主。お前のママ、可愛いなぁ。どうだ? 俺がお前のパパになってやってもいいぜ?」
男が下卑た笑みで俺に語りかけてくる。俺はそんな男に嫌悪感を抱いた。気持ち悪い奴だ。
俺は怒りに駆られながらも、冷静に男たちの様子を観察する。
武器を持っている男は5人。そのうち、すぐに銃弾を発射できる状態なのは2人だ。
戦闘になる場合、狙うのはまずその2人だ。だけどその2人を倒している隙に、他の連中も攻撃の準備を整えるだろう。
それでも、華怜と2人なら制圧することは可能だ。男たちの様子を見ていると、彼らがこの混乱に乗じて、つい最近暴徒化しただけの素人であることが分かる。おそらく武器の扱い方もろくに知らないだろう。
華怜の方に視線を向けると、彼女は"任せて"と言ったように小さくうなずいた。
「あ? 何黙ってやがんだこのガキ。ママを俺によこせって言ってんのが聞こえねえのか?」
男の態度に、俺が反撃の覚悟を決めた時だった。
「キュキイィィッ!!」
という唸り声と共に、上空から何かが舞い降りて来た。それは小学生~中学生ほどの大きさのコウモリの生物兵器だった。その数は全部で10体ほどだ。
「なっ!?なんだこいつ!?」
男は慌てて銃口をコウモリの生物兵器に向けて発砲する。コウモリたちは銃弾に多少怯んだものの、男たちに向かって飛びかかって行った。
「うわあああ!」
「来るんじゃねえええ!!」
男たちはパニックに陥りながら、次々とコウモリに咬み付かれていく。
「キュキイィィッ!!」
コウモリの1体が男の手から拳銃をはたき落とし、その隙に別のコウモリが男の首筋に牙を突き立てる。
「ぐあっ!」
男は悲鳴を上げて倒れ込み、体をビクビクとさせている。首筋からは血がしたたり落ち、コウモリの生物兵器はそれを満足そうに啜っている。
「あ、ああっ……た、助けて……」
男は助けを求めるが、もはやその声はコウモリたちの唸り声と吸血音でかき消されている。
その有様を見た他の住民たちは悲鳴を上げて逃げ出す。検問所の職員たちも職務を放棄して逃げ出した。
だがそんな彼らの行く手を阻むように別のコウモリたちが降りてきた。
「キュキイィィッ!!」
コウモリたちは検問所の職員や住民たちを襲い始める。あっという間に検問所は地獄絵図と化した。
「あぁっ!」
「うわぁっ!」
「きゃああ!」
あちこちから悲鳴と怒声が聞こえてくる。
そんななか、俺は母さんの手を握ると華怜と茉純さんの近くに移動した。
「そんな! あと少しだったのに……どうすれば……」
涙目になりながら呟く茉純さんの肩に手を貸す母さん。
俺たちはコウモリたちの動きに注意しながら、検問所の外へと歩みを進める。
「雄飛、私たちが来ている服に私の"抑制"の能力を付与したわ。あの生物兵器のことは知っててね。アイツは目がほとんど見えてなくて、超音波を発して相手の位置を探ってるの」
華怜が小声で、俺にだけ聞こえるように耳打ちする。俺には彼女が何を言いたいのかわかった。彼女の能力にはもう何度も助けられているからだ。
「なるほど。……超音波を抑制の能力で遮断してるから、俺たちは襲われてないんだな?」
「そういうこと。だけど完全に安全ってわけじゃないわ。それに、当然だけど人間相手には何の効果もないわ。あまり目立たないように慎重にいきましょう」
華怜の言葉に俺はうなずき返すと、検問所の外へと歩みを進めた。
そしてやっとの思いで検問所の外に出ることができた。
しかし外の様子を見ると、そこは地獄絵図だった。
検問所を出たところでそこはまだ東京。普段であればたくさんの車や、人々が行き交っている。
だが今は、そんな日常とはかけ離れた光景が広がっていた。
人々を襲うコウモリの生物兵器とネズミの生物兵器。それらの犠牲になる人たち。そしてここから一刻も早く逃げようと、車から運転手を引きずり下ろし車を奪おうとする人々。恐怖と焦りからか車が衝突事故を起こし、火の手も上がっている。
その光景に俺は吐き気を催しながらも、母さんの手を握りしめて前へ前へと進んでいく。茉純さんと華怜も付いてきてくれた。
「……どこかに動かせる車があるはず……絶対に諦めないで逃げよう!」
母さんは震える手を押さえながら、俺たちを励まそうとしてくれている。
「うん……絶対に諦めない」
俺は母さんにそう返すと、華怜と茉純さんもうなずいた。
「か、華怜……? どうしたの?」
それから少し歩いていると、茉純さんが心配そうに華怜に声を掛けていた。
見ると彼女の顔は青ざめてしまっており、一目見て体調が優れていないことが伺える。
「だい……じょうぶだよ」
そんな彼女の返事にも力が感じられない。明らかに大丈夫ではない様子に、みんなが心配を隠せない。
「華怜……もしかして、能力を?」
小さい声で尋ねた俺に、彼女は弱弱しくうなずく。
「え、ええ……。心配いらないわ……。絶対にここから逃げるために……ちょっと無茶をしただけだから」
彼女の言葉に俺はますます心配になった。彼女はそんな俺そうな表情を見て、優しく微笑んでみせる。
「心配してくれてありがとう……でも本当に大丈夫。抑制の範囲と効力を現状できるレベルで最大にした……。これであのコウモリだけじゃなくて、他の生物兵器にも……他の人間にも、私たちは気付かれない。だから……ね?」
彼女はそう言うと、俺の頭を優しく撫でてくれる。
華怜はそのまま歩き出そうとするが、彼女の足取りは明らかに重そうだ。俺は思わず彼女に肩を貸した。
「えっ……あ、ありがと……」
彼女は少し驚いた様子だったが、素直に俺の好意を受け入れてくれた。
「華怜、歩くの辛いでしょう? お母さんがおんぶしてあげる」
茉純さんがそう言うと、華怜は首を横に振った。
まだ歩けるし、お母さんの体力だって現界のはずだから、と。
「それに……雄飛くんと手をつないでると、なんだか元気が出るの」
そう茉純さんに告げながら、彼女は俺に向かって微笑んだ。
俺はこんな状況にありながらも、そんな華怜の言葉と笑顔にドキッとする。
「そ、そっか……ありがとう」
そんな俺の言葉を聞いた彼女は微笑む。
茉純さんは俺たちを見て、納得したようにうなずいた。
「わかったわ華怜。雄飛くん、華怜をお願いね」
茉純さんの言葉に俺はうなずき、彼女の手を取る。華怜は嬉しそうに微笑むと、俺の手を握り返してくれた。
こうして俺たちは車を探して、歩みを進めるのだった。
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