第35話「地獄から脱出せよ」
夕飯の時に、母さんから全員に話が合った。どうやら本格的に危険になってきたこの辺りを離れようと母さんは考えているようだった。
父さんが帰って来ないであろうと覚悟を決めた母さんは、この東京を離れる決心が着いたようだ。いや、とっくにそのことは覚悟していたのかもしれない。
だけど、この数日間は外に出るのも危険だった。周囲は暴徒化した住民や、人身売買のために集団で女性や子供を誘拐する業者などで溢れていたから。
だけど、今日の早朝から世界平和連合軍が本格的に参入してくれた。彼らは生物災害やテロ事件を解決するために組織された部隊で、化け物のような生物兵器や危険な武装組織との戦闘に慣れているため、暴徒化した住民程度ならば簡単に制圧できる。
日本政府の対応が遅れているせいで、警察や自衛隊の足並みは揃っているとは言えない。いや、日本政府はもはや関東を見捨てる気なのかもしれない。
警察や自衛隊と違い、平和連合軍は国連機関だ。各種災害や不当な武力抗争によって、無辜の民が危険が重大な危険にさらされると各国が判断した時、"世界を守る軍隊"として派遣される。
だから日本が関東を見捨てたとしても、彼らは日本政府の同意なく、人民救助や事態鎮圧のために介入することができる。
「だから、数日のうちに、比較的安全な時を見計らってここを離れようと思うの」
母さんの言葉に、華怜と茉純さんがうなずく。2人とも賛成のようだ。俺も異論はない。だけど問題は行き先だ。
「でも……どこに向かうの?」
茉純さんが母さんに尋ねた。
「岡山に行きましょう。日本の新しい首都である香川県にも近いし、私の知り合いが住んでいるから、そこに身を寄せようと思うの」
母さんの言葉で俺はすぐにピンと来た。母さんが言う知り合いは、新山さんのことだ。彼女は、母さんにとっては本当の母親のような存在であり、母さんがモデル時代に所属していた事務所の社長だ。母さんや俺のことを心配して、いつでも住む場所を用意する、と連絡してくれていたのだ。
たしかに新山さんなら、俺たちを受け入れてくれるかもしれない。とにかく関東さえ出れば、比較的安全だ。あとはそこから岡山を目指せばいい。
俺たちは母さんの提案に従って、近々ここを離れることにした。
夕食後、俺と華怜は2人だけでこれからのことについて話し合っていた。
「私の能力があるし、雄飛もずいぶん強くなった。暴徒たちに襲われても切り抜けることは難しくないと思う」
華怜が俺を見つめながら言う。俺はもう少し前までの無力な自分じゃない。これまでの鍛錬を通して、華怜ほどではないにしろ、そこそこ戦えるほどの強さを得た自信がある。
「問題は……」
華怜の顔が少し険しくなる。俺も華怜の言わんとすることをすぐに理解した。
「Ouroborosの連中のこと、だね?」
俺がそう確認すると、華怜はうなずく。Ouroboros……。たしかに連中が、種主である俺や聖母である母さんを簡単に関東から出すはずがない。
「Ouroborosだけじゃないわ……。言いにくいけど、Ouroboros以外の組織も雄飛や雄飛のママを狙っているかもしれない……。Ouroborosと敵対する組織にとっても、あなたたちは重要な存在だろうから」
華怜は言いにくそうにそう言った。たしかにその通りだ。今、俺たちは自分たちの身を守るのにも必死な状況だ。だけどOuroborosやそれに匹敵する力を持った組織が俺たちを狙ってくるかもしれないと想定しておかなければ、いざという時に命取りになる。
華怜の言う通り、Ouroboros以外の組織が俺や母さんを狙っている可能性は捨てきれない。
Ouroborosの連中は、俺たちを種主や聖母として崇拝している。その俺たちが奴ら以外の組織などに捕まってしまえば、奴らにとっては大きな打撃となるだろう。もちろんどの組織に捕まっても、俺たちが無事な保証はないし、母さんを辛い目に遭わせたくないからどの組織に捕まるつもりもない。
「さらにだけど……。テロリストたちが操る生物兵器は、Ouroborosみたいな連中と同等か、それ以上に危険な存在よ。Ouroborosは基本的に私たちに危害を加えない。だけど、テロリストが操るような化け物たちは違う……」
華怜の言う通りだ。テロリストが操る化け物たちは違う。Ouroborosの連中よりは攻撃的にこちらを襲ってくるだろう。
「戦闘になることも覚悟しておかないとね」
「ええ。でも安心して、雄飛。私が必ずあなたを守るから」
華怜はそう言うと、俺の手を握った。その目は真剣で、俺への信頼が見てとれる。俺もそんな華怜に笑顔で答えた。
「……俺も華怜を守るよ。協力して一緒にこの街から逃げるんだ」
そして彼女の手を強く握り返すのであった。
それから数日後、俺たちはついにこの東京を離れることにした。
「じゃあ……行こうか」
俺は母さんに声を掛ける。母さんも緊張した面持ちでうなずく。そして華怜や茉純さんも俺たちに続くように歩き出した。
俺たちが目指すのは岡山だ。新山さんが住んでいる。
「雄飛ちゃん、ママから離れちゃダメだよ?」
俺の手を握る母さんが優しく言う。俺は笑顔でうなずいた。そして俺たちは家を後にした。
家を出てしばらく歩くと、暴徒化した住民や人身売買業者に遭遇したが、華怜の抑制の能力のおかげでこちらの足音や気配を察知されること無く、穏便にやり過ごすことができた。
「ありがとう華怜」
俺が礼を言うと、彼女は照れたように髪を弄りながら言った。
「いいのよこれくらい。それより油断しないでね? ここからが本番なんだから」
その言葉に、俺は気を引き締め直した。
これから向かう先では俺たちのように関東から脱出しようとしている人たちと、それを待ち伏せして追い剝ぎをしたり、誘拐してニュー東京に売り飛ばしたりする組織や人間がいるだろう。
さらにOuroborosの連中だって、ある程度はこちらの動きを把握しているだろうから、待ち伏せしている可能性が高い。
それら全てに対処しつつ、俺たちは目的地に向かう必要がある。かなり厳しい旅路になるだろう。だからこそ油断はできないのだ。
「わかってる」
俺は華怜にそう返事を返すと、前を歩く母さんと茉純さんの背中を見つめる。
(絶対に誰も欠けずにここから出てみせる)
俺は心の中でそう誓い、2人の後を追いかけた。
徒歩での脱出はなかなか大変だろう。
かと言って、バスや電車も使えない。暴徒化した住民や人身売買業者、そしておそらくOuroborosの連中たちも警戒しているからだ。
とりあえず関東から出ることができれば、比較的安全なはず。
治安が落ち着いている場所に出れば、そこからは公共交通機関を利用してすぐにでも岡山に向かえる。
俺たちは歩き続けた。
しばらく歩き続けた俺たちの前に、検問所が現れた。
関東から出るにあたって、危険物を所持していないか、感染症にかかっていないかを検査されるらしい。
大勢の人たちが関東から出ようと列をなしている。
俺たちが近づいていくと、職員らしき男がこちらに気づいたのか近づいてきた。
「検問だ! 関東から出る人は列に並んでください!」
男は俺たちに向かってそう叫んだ。俺たちは言われた通り列に並ぶことにした。
「雄飛ちゃん、ここを出たらもう大丈夫だからね……」
母さんは俺を安心させるように優しく抱きしめ、頭を撫でてくれる。
俺はそんな母さんに笑顔で返すと、小声で呟くように言った。
「うん……もう少しだよ」
そうだ、ここさえ越えれば大丈夫だ。華怜に目を向けると、彼女も真剣な眼差しでうなずき返してきた。
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