第34話「進む占領、親子の愛」

 それから俺たち4人は小一時間ほど各々の部屋で過ごした後、非常用バッグに詰める物を持ち寄ってリビングに再び集まった。

 テレビを消すと遠くから爆発音や衝撃音が聞こえてくる。この辺りで暴動が起きるのも時間の問題だろう。

 今度は前回と違って、ここまで被害が及ぶ可能性が高い。だから俺が守らないと……。


 以前、都心5区が占拠された時のように、俺たちはできるだけ音を立てないように過ごすことにした。

 どうしてこんなことになってしまったんだろう……。どうして……こんな目に遭わないといけないんだ……?

 そんなことをずっと考えていたさらに数時間後、外から車のエンジン音が聞こえてきた。

 それは徐々に近づいているようだった。俺たちの間に緊張が走る。


「来た……」

 俺はそう呟いた。

「え? 来たって何が?」

 茉純さんが俺にそう聞いてきたけど、俺はそれに答えずに玄関に向かうと、扉に耳を付けて外の音に意識を集中させる。すると……。

 外から人々の悲鳴やガラスが割れる音、車のクラクションの音が聞こえてくる。明らかに暴徒たちがこっちに押し寄せて来ていた。

 俺たちは電気を消して、息を潜める。どうかこの家が見つかりませんように……。

 そう願いながら、俺は玄関の扉をジっと見つめた。


 それから1時間ほど経ったが、外から聞こえてくる暴動の音は依然として変わらなかった。だけどすぐ近くまで来る気配はあっても、一向に家に近付いて来ようとしないのはなぜだろう?

 もしかして……。俺は華怜に小声で尋ねる。もしかして、華怜が何かしてくれたのか、と。

 彼女はうなずいて、俺に耳打ちする。


 彼女曰く、家の門や扉、そして地面の石にまで抑制の能力を付与しているらしい。俺にプレゼントしてくれた首飾りや、以前何度か見たようなビーズなど、彼女は物質に能力を付与することができる。

 何を抑制するのかを彼女自身が選ぶこともできるため、今回彼女は、この家に入ろうとする暴徒たちの記憶力と行動意欲などを抑制する能力を、この家のあらゆるところに仕掛けたのだという。

 抑制が付与された門や扉に触れたり地面の石を踏んだりすることで、しばらくの間は自分がなぜその場にやって来たのか記憶が曖昧になり、自らが起こすあらゆる行動に対しての意欲が低下するのだという。


「すごいな華怜……。そんなことできるなんて……」

 思わず感心するが、彼女は首を横に振る。この家一帯に能力を分散していることと、物質に付与するだけの間接的な能力の作用であるため、完璧とはいえないとのことだった。

 それでも一般人レベルならばこの家に関する興味を失わせるには十分だそうで、その証拠にしばらくすると家の周りに暴徒たちの気配は感じられなくなった。

「ふぅ……。とりあえずは安心、かな?」

 俺は母さんや茉純さんの方に振り返ってそう話す。2人も緊張が解けたのか、大きく息を吐いている。だけどまたやって来るだろう。秩序が崩壊した今、善良だった市民も暴徒になり得る。そんな恐怖を抱きながら、俺たちは静かに息を潜めた生活をしなければならないのだ。



 それから数日が経ったある日、俺は夕飯の支度を手伝った後、華怜と茉純さんに先に入浴するように促した。そして俺はリビングで寛ぎながらテレビをつける。

「それでは次のニュースです。政府は住民の暴動により東京の中心部全域が占拠された状態を"関東地獄化"と名付け……」

 そんなニュースが画面に映し出された。占拠された東京の中心部の様子が映し出されると、多くの住人たちが暴徒となって暴れている光景や、略奪を行う住民たちの様子が生中継で流れ始める。


 俺は、現実から目を背けるようにチャンネルを変える。

 映されたのは、「家燃やしてみた!」という、ニュー東京が都心5区を占拠してから増え始めた過激番組だった。

 家主が居るかいないかわからない家を探して、唐突に火を点けるという狂った企画だ。

 俺は次のチャンネルに画面を切り替える。映されたのは「奥さん、娘さん買います! いくらで?」という、人身売買を当然のように行う番組だった。これは選民の中から選ばれた出演者が、飛び入りで平民や下民が住む家庭を巡り、気に入った女性を見つけたらその家の家主に、金銭での買取を要求するという企画らしい。


 ちょうど今、どこかの家の若い娘が出演者の中年男性によって買い取られているところだった。出演者の男性がニヤニヤと笑いながら鼻息を荒くするのに対して、娘は泣き叫びながら両親に助けを求め、両親は絶望した顔で俯いている。

「ごめんな……ごめんなぁ……家のためなんだ」

 さも両親が金に目がくらんで娘を売り渡したかのように演出しているが、実際には違う。平民や下民が選民に逆らうことは許されない。ニュー東京では、それは死罪に値する重罪だった。

「じゃあさっそく買い取った娘さんを、お2人の前で美味しくいただいちゃおっかな~? ぐふふ、お父さんとお母さんに、君がママになるところみせてあげようよ? 僕の子供、産んでくれるよね?」

「ひっ……!」

 画面の中で女の子を強引に抱き寄せた出演者が、下卑た笑いを浮かべてそう言った瞬間、俺は思わずチャンネルを変えた。


「うっ……!」

 吐き気を催す。そんな俺の様子を、夕食の支度を終えて戻って来た母さんが心配そうに見つめて声を掛けてきた。

「大丈夫? 顔色悪いよ……?」

「うん……ちょっと気分悪くなっちゃって……。悪いけど、華怜たちがお風呂から出るまでベッドで横になるね」

 俺はそう言うと急いで寝室に向かう。そしてベッドに横になって目を閉じると、さっきの番組の内容を思い出してしまい、再び吐き気を催しそうになるが何とか堪える。

「……くそ……!」

 俺は思わず悪態をついた。あんなのが許されるのか? 選民たちは、平民や下民に何をしてもいいと思っているのか……? そんな怒りと悲しみで胸がいっぱいになるが、今の俺にはどうすることもできない。ただ耐えるしかないんだ。



「雄飛ちゃん、大丈夫?」

 部屋の外から母さんの声が聞こえてきた。

「……入っていい? ママ、雄飛ちゃんが心配で……」

「……うん」

 俺がそう言うと、母さんが部屋に入って来た。そしてベッドで横になる俺の隣に腰掛けると、頭を撫でてくれる。その優しさに思わず涙が出そうになるが、ぐっと堪えた。俺は男なんだ。母さんの前で泣くわけにはいかない。


「何かあったら何でも言ってね? ママ、いつでも雄飛ちゃんの味方だから」

「……ありがとう。でも俺は平気だよ」

 俺は無理やり笑顔を作ってそう答えた。母さんを心配させたくない。そんな俺の様子を見た母さんは、少し悲しそうに微笑むと、再び頭を撫でてくれる。

「何かして欲しいことがあったら、何でもママに言ってね? 雄飛ちゃんのためなら、何だってするから」

「うん……。ありがとう……あのさ……」

 俺はそう答えることしかできなかった。


 父さんのことを2人きりの今、話そうかとも迷った。

「どうしたの? 遠慮しないで」

 だけどただでさえ危険なこの状況で父さんが悪い組織の幹部だった、なんて話なんかしたら母さんが立ち直れなくなってしまいそうで言えない……。

「……じゃあさ、もう少しこうしててもいい……?」

 代わりにそう言うと、母さんは

「もちろんだよ」

と笑顔で答えてくれた。


 そして母さんは俺の頭を撫でながら、優しい声で言う。

「大丈夫だよ。ママが側にいてあげるからね」

「うん……」

 俺は母さんに甘えるように抱きついた。そんな俺を、母さんは優しく抱きしめてくれる。

 母さんの温もりを感じると、少しだけ気分が楽になった気がした。

「ずっと……このままでいたい……」

 思わずそう呟く。母さんはそんな俺を再び優しく撫でてくれた。

「大丈夫、ずっと一緒だよ。ママと雄飛ちゃんは親子だもの」

「……そうだね」

 俺は母さんの胸に顔を埋める。とても安心する匂いだ。思わず甘えたくなる。


「ママ……」

「ん? なあに?」

 優しい声で尋ねる母さん。大好きだよ、と言いたくなったけど、少し気恥ずかしくて躊躇われた。

「やっぱり、何でもないや」

 俺がそう言うと、母さんは優しく微笑む。そして俺の額に軽くキスをした後、再び俺をギュッと抱きしめてくれる。

 俺は母さんをギュッと抱きしめ返した。そして母さんは、そんな俺を安心させるように背中をポンポンと優しく叩く。


「大丈夫、大丈夫だよ。辛いことがあっても、怖いことがあってもママは最後まで雄飛ちゃんと一緒だから」

 俺は母さんに身を委ねるように、さらに強く抱きしめる。すると母さんもそれに応えるように俺を強く抱きしめてくれた。

「雄飛ちゃん……大好きだよ……」

「……うん」

 先に言われてしまった。俺もだよ、母さん。

「ママ……」

 だから今度はちゃんと言葉にしないとね。

「なあに?」

「大好き」

 俺の言葉に母さんは愛おしそうに俺の頭を撫でてくれた。そしてしばらくそのまま抱き合っていると、下から物音が聞こえる。華怜と茉純さんがお風呂から上がったようだ。


「雄飛ちゃん、いこっか。みんなで夕飯を食べてちょっとでも元気出そうね」

 母さんはそう言うと、俺を抱きしめていた腕を離して立ち上がった。俺はそんな母さんの手を取ると、笑顔でうなずく。

「うん! 行こう!」

 2人で手を繋ぎながらリビングに向かう。父さんなんかいなくたって、大丈夫だ。俺には母さんがいるし、華怜や茉純さんもいる。どんな地獄みたいな状況でも、手を取り合って乗り越えていくんだ。


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