第33話「2年後の悲劇 ~関東地獄化~」

 それから2年近くの月日が流れ、俺はもうすぐ小学校を卒業する年になっていた。都心5区が日本から切り離されニュー東京になってから1週間が経過すると、総理やニュー東京の首相である河南乱下かなんらんげが言っていた通り、ニュー東京と日本は完全に切り離された。

 ニュー東京の中は危険だろうけど、完全に日本とは分断された以上、それ以外の東京近郊の治安はだんだんと落ち着いてきた。それでも、やはり以前に比べると事件の発生率は高くなっていた。関東を中心に、全国で何人もの行方不明者が続出している。ニュー東京へと拉致している、という噂も根強い。

 そんな中で、俺はなんとか学校に通っていた。


 父さん……いや……種吉秀とはあれ以来会っていない。俺と華怜は情報収集のために何度か都心5区に近付こうとしたけど、日本と切り離されて以降公共交通機関も完全に遮断され、大きな壁で門を作り、出入り口を厳重な警備で固められた都心5区に入ることは叶わなかった。

 母さんはあいつが何をしているのか今でも心配している様子だったけど、俺はもう種吉秀という人間を信用するつもりはなかったから、特に気にならなかった。


 母さんは最初は落ち込んでいたけど、

「雄飛ちゃんがいれば、ママはそれだけで幸せだから」

と俺にすぐに元の明るい母さんに戻ってくれた。……無理しているのは当然わかっている。だからこそ、俺だけは母さんに笑顔を見てないと。



 問題なのはOuroborosだ。彼らはあの日以降何も仕掛けてこないし、華怜や入間さんも調査を行っているものの、目立った動きはしていないとのことだった。不信に思う俺に、入間さんが警告してくれた。

 恐らく俺の肉体が男性として成熟してきたため、彼らの計画をいよいよ実行に移す機を窺っている可能性が高い、と。

 俺はその話を聞いた時、神を産ませるためなら手段を選ばないOuroborosのやり方に怒りを感じた。だけど、それと同時に恐怖も感じた。

 もし計画が実行されれば……俺と母さんはどうなるんだ? それに華怜だって……。


 そんな日々に怯えながら、そうはさせないために俺は基礎体力の向上と、能力の制御、格闘術の鍛錬に打ち込んだ。そのおかげか、小学生にしては服を脱げば逞しく、だけど敏捷性も損なわないバランスのいい身体つきになった。……身長はあまり伸びなかったし、華怜には相変わらず格闘術で及ばないけど……。



 ニュー東京の件があってからというもの、ニュー東京以外でも暴力で何かを訴えたり解決しようとしたり、欲望の赴くままに行動する人たちが日本中に増えて来た。幸いにしてニュー東京のように大規模なテロ活動を成功させた例はあれ以降無いものの、小さく徒党を組んで無秩序な行為を働く者たちが明らかに多くなっている。

 学校は少ししてから再開されたけど、バスによる送迎か保護者の車での送迎による登校に限定され、自由に下校することは不可能になった。

 ここは東京都だから、ニュー東京との距離はかなり近い。だからあの事件のあと学校が再開されても、安全のために別の都道府県にある学校に転校した生徒がたくさんいた。


 俺の母さんはこれまで同様に在宅でファッションデザインの仕事を続けていて、茉純さんはその手伝いを始めていた。茉純さんは、こうなる以前は別の仕事をしていたけど、前の職場が都心5区に近かったため、母さんを始めとして俺たちが家で出来る仕事を勧めたのだ。


 母さんの元所属事務所の社長で、母さんにとっては母親のような存在である新山さんは新首都である香川県に近い、岡山県に新たにマンションを借りたらしい。困った時はいつでも住む場所を用意するから、すぐに連絡してと、母さんに伝えているようだ。


 そして俺が密かに惹かれていた麗衣さんだけど、彼女もまた心配してくれた遠い親戚を頼って、1年前に京都の方に移住してしまった。だから会うことができなくなってしまったけど、今でも月に何度かは電話で連絡を取り合っている。

 彼女の声を聴いているだけで少し気持ちが穏やかになる。俺が小学校を卒業したら、お祝いになんとか会いに来てくれるという約束をしてくれたから、その日が待ち遠しい。


 そんなふうに過ごしてきた2年。これからどうなるのかを考えると、楽観的になんてなれないけど、俺はいつもと変わらず日々を過ごす。いつあの計画を実行されるか分からないから、警戒は怠れない。だけど、今できることを全力でやるしかないんだ。



 それは俺が小学校を卒業して、中学校に入学するまでの間に起きた。

 のちに日本本土最悪のテロ事件と語り継がれることになる事件。"関東地獄化かんとうじごくか"が引き起こされたのだ。

 ニュー東京の一部の暴徒たちが領土を広げようと、ニュー東京政府の制止を無視して、東京各所に火を放ったのだ。そしてそれを合図に暴徒たちは各地で思い思いに暴れ、破壊活動を始めた。

 これは事前に予測されていた通りのことだったため、すぐに自衛隊や警察による鎮圧作戦が行われて暴徒たちは次々に制圧されていくかと思われたが……。現日本政府に対する不満、東京を実質見捨てたことへの怒りなどは東京都民を新たな暴徒に変えた。

 それは東京のみに収まらず、関東全域で一斉に行われ、日本全体を巻き込んだ大きな事件へと発展したのだ。

 もちろん東京で暮らしている俺たちは、もろに巻き込まれることになった。そのせいで……。



 朝10時。

 中学校に入学するまで休みの俺と、中学が春休み中の華怜は、朝食を食べ終えると外に出て格闘術の修行をしていた。

 すると辺り一帯にサイレンが鳴り響いた。かなり久しぶりのサイレンだ。町に響き渡ったのは男たちのふざけた笑い声と耳を疑う宣言だった。

「え~、只今よりぃ~……えぁ~っと……殺して奪いまぁす! 女は犯しまぁす! 男は殺しま~す!」

「はははははは! いいね、最高だぜ相棒!」

「せいぜい頑張って逃げてくれよぉ~! じゃないとすぐ死んじまうぞぉ~!」

「ギャハハハハハハ!」

 そんな下卑た笑い声がスピーカーを通して町に響き渡る。それを聞いた俺と華怜は急いで家の中に戻った。


「雄飛ちゃん! 今、なんて言ったの? 殺すとかなんとかって……!」

 母さんが慌てて俺のところに駆け寄り、そう聞いてきた。俺は一呼吸置いてから答える。

「これは……暴動だよ!」

「そんな……! 雄飛ちゃん、華怜ちゃん、早く家に入りましょう! 外は危険だよ!」

 母さんは俺の手を取って強引に家の中へ引き入れた。華怜も茉純さんに手を引かれて、家に入る。そしてすぐさま鍵を掛けると、玄関の扉をテーブルなどで押さえ始めた。

 そして窓からも簡単に侵入できないように、協力してタンスや本棚などでバリケードを作る。


 テレビの音量を小さくしてニュースを見ていると、すでに東京各地で大混乱に陥っているようだった。

 毒舌コメンテーターが

「断固とした対決姿勢が重要だ」

と真面目な表情で話し、若年層のコメンテーターは

「これは未曽有の大災害だ。政府は直ちに行動を起こすべき」

と主張するが、そんななか繋いでいた中継先で事件が起きる。



「現場は大変な混乱状態になっています! 少し離れた場所では銃声が聞こえ、煙も上がっています! 見えますでしょうか!? 私たちのすぐ近くでも争いが勃発しているのです!」

 中継先の女性リポーターがそう実況する。画面に映る映像には、暴徒たちが一般人に襲い掛かる姿が映っていた。そしてカメラとリポーターに気付いた男たちは、ニヤリと笑うとカメラに向かって走ってきた。そしてあっという間にカメラマンからカメラを強奪し、逃げ惑う人々にそれを向け始めた。

「ちょっと! 私たちのカメラ返してよ!」

リポーターがそう訴えると、男たちはゲラゲラと笑った後、こう言った。

「お? コイツよく夕方のニュース番組に出てるデカ乳アナウンサーじゃん! ついでに服脱がして犯すか!」

「ギャハハ! そりゃいいや!」

 そんな会話を耳にしたリポーターは、男の様子を見て顔を真っ赤にした。そして怒りに震えながら叫ぶように訴える。


「ちょっと何するの!? やめてよ! いやっ! あっ……! いやっ! だめっ!」

「え……?」

 俺は思わずそう呟いてしまった。そして画面に映る女性リポーターの服が、男の1人によって強引に脱がされていく。すると彼女の胸が露になり、カメラに映し出された。

「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 女性は悲鳴を上げるも、男は嬉々としてカメラを回し続けた。

「うっひょぉ! 柔らけぇしでっけぇなオイ!」


「おらよっと」

「あっ……! いやっ……」

 そして最後に1人の男が彼女のショーツも剥ぎ取り、押し倒す。そして彼女の足を開かせた瞬間、カメラの映像からスタジオの映像に切り替わった。

 出演者たちは皆、青ざめた表情だった。皆一様に言葉に詰まり、ただ呆然と画面を見つめている。

「え……今、一体何が……? あの映像は……い、いったんコマーシャルです! 少々お待ちください……!」

 スタジオのアナウンサーは、何とかそう話すと画面がコマーシャルの映像に切り替わった。


 俺はあまりの非道な状況に、思考が止まってしまう。母さんや茉純さん、華怜も同じだったようで誰もが言葉を失っていた。少し時間が経って、母さんは俺の頭を抱きしめて髪を優しく撫でてくれていた。

「大丈夫……。大丈夫だからね……」

 そんな母さんの声を聞きながら、俺は気持ちを落ち着けようと深呼吸し、俺も母さんを強く抱きしめた。



 他のチャンネルに切り替える茉純さんだったが、どの局も混沌とした東京各地を映し、スタジオがパニックに陥いる映像を流していた。

「奪え! 犯せ! 殺せ!」

「どうせもう誰も止める奴はいねぇんだ! 今この時がチャンスだ!!」

 暴徒と化した住民たちが中継に映り込んでいる。茉純さんはたまらずテレビの電源を消した。

「もう……何が起きてるの……?」

 茉純さんは頭を抱えて、そう呟いた。母さんはそんな茉純さんの肩を抱きながら、優しく声を掛ける。


「大丈夫。自衛隊や鎮圧部隊が動いてるはずだし、きっとすぐに収まるから」

「でも……!」

「……今は信じて待ちましょう。そしてもし何かあっても、あの2人だけは私たちで守るの!」

 母さんの強い眼差しに、茉純さんも冷静さを少し取り戻して力強くうなずく。

「大丈夫、絶対にお母さんたちが、華怜と雄飛くんを守るから!」

 茉純さんは俺と華怜にそう力強く言ってくれた。

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