第32話「華怜2つめの能力と、動き出すOuroboros」

 そして次に目覚めた時には、俺は手足を縛られた状態で椅子に座らされていた。背中合わせで華怜も同じように縛られていた。さすがの華怜もOuroborosのメンバーが複数人相手となると、抵抗できなかったのだろう。

「起きたか雄飛。まったく……子供だけでこんな場所に来るから、こんな目に遭うんだぞ? でもまぁ、お前が自ら俺に会いに来てくれたのは嬉しかったよ。としてはな」

「うるさい! よくも騙したな!」

 俺は縛られた状態で身をよじらせながら叫んだ。そんな俺を父さんは哀れみの表情で見つめる。


「騙しただなんて……人聞きが悪いぞ? 俺はお前に危険が及ばないように、敢えて突き放してたんだぞ? まぁそれも親としての愛情じゃなくて、お前が計画に必要な種主だから、だけどな。その体はもっと大事に扱ってくれ? 我らの神のためにも」

 父さんの言葉に、俺は絶望する。やはり父さんはOuroborosに心も体も染め上げられてしまっているんだ……。こんな身近にいたのにも関わらず、それを気付けなかったなんて……。


「母さんは……母さんのこともずっと騙してたのか?」

 俺の問いに父さんは

「もちろんだ。俺の仮初の妻、つまりお前の母さんも計画のために利用している。彼女は昔から鈍感だから、まったく気付いていないだろうがな、ははは」

と笑って答えた。

 母さんの涙を思い出す。許せない……。優しい母さんを利用しようとするなんて! 俺は怒りでどうにかなってしまいそうだった。だけど今の縛られて無力な状態では、どうすることもできない。

 悔しさと怒りが混ざり合って涙が溢れる。それを見た父さんは眉を下げて悲しそうな表情を浮かべた。

「雄飛……すまんな……」

 だけど次の瞬間には笑みに変わって言った。


「お前も、母さん……舞歌も最初から、俺たちの計画のための道具だったんだ。俺たちは、お前と舞歌を種主と聖母に仕立てあげるためにもう何年も前から動いていたんだよ」

 父さんの言葉に俺は愕然とする。転生してから今までの人生は、最初から全て仕組まれていたのか……。これまでの日々も……。

 それに母さんを聖母に仕立てあげたってことは、俺と母さんを……。


「俺はもう……父さんを父親だとは思わない! お前らのやろうとしていることも絶対に認めない!」

 俺がそう叫ぶと、周りにいたOuroborosのメンバーたちは声を出して笑い始めた。

「なぁ雄飛、安心しろ。俺とお前は元々親子じゃないんだよ」

「何を……言ってるんだ?」

 俺は父さんの言っていることが理解できなかった。血が繋がっていないとか、そういうことなのだろうか……。

「血縁関係の話じゃないぞ? お前に父親なんて最初から存在しないんだ。お前は遺伝子研究の……」



「秀さん、そこまでにしてください。喋り過ぎです」

 15、6歳くらいであろう少女が父さんの言葉と、メンバーたちの笑い声を遮る。彼女はヨーロッパ系の外国人で、長い金髪ロングストレートに白い肌、透き通ったような青い瞳が特徴的だ。

「そう怖い顔するなよ、ノーラ。雄飛は種主。形式上は神の父になる者だ。真実を知る権利がある」

 ノーラと呼ばれた少女は、軽くため息をつくと

「わかりました」

と言って、こちらを一瞥して再び沈黙する。

 だが、彼女の他にも父さんに反対する者がいた。彩さんである。彼女は父さんの仕事上の相棒であり、不倫関係であることもわかったけど、それだけでなくOuroboros内でも父さんとは親しい関係みたいだ。


「ノーラちゃんの言う通りよ秀。今はまだ、その時ではないわ」

 父さんの肩に頭を乗せながら彩さんはそう言うと、父さんは彼女の髪を撫でて困ったように微笑む。どうやら彼女には頭が上がらないみたいだ。

「仕方ないな、彩がそこまで言うなら……。さて雄飛。じゃあ何も知らないところ申し訳ないけど、お前にはこれから数ヶ月複数の女性と交わってもらう。交配実験というヤツだよ。聖母からしか神は誕生しないが、お前の子種は神の子種だ。聖母以外の女性であっても、お前との間にできた子供は優れた才能や身体能力を生まれながらに有している可能性が高い。その辺で誘拐してきた妊娠・出産に適した女性を複数人用意した」

 父さんの言葉に俺は頭が真っ白になった。正気じゃない!


「父さん、冗談はやめてよ!」

「冗談じゃないさ。それにこれはお前のためでもあるんだ」

 俺のため? そんな訳ないじゃないか! こんな残酷な事実を突きつけておいて……何が俺のためだ!

「お前は魅了と精力という厄介な能力を持って生まれてしまった。それゆえに耐えがたい欲求に支配されて、それを抑えるのに苦労してきたことだろう……。これからは我慢しなくていい。欲望を全て解放しろ。多くの女性に子を宿すんだ。快楽を否定する必要はない。欲望のままに行動しろ」


「ふざけるな! そんなことできる訳ないじゃないか!」

 怒りで体が熱くなる。

「まぁ今はそう言うだろうな。だが、じき快楽に溺れるようになる。……さっそくだけど、実験施設へ移動しよう」

 そう言って父さんは、自分の部下らしき男性数人に指示を出す。このままだと本当に俺は、実験体として複数の女性と交わらされてしまう。



 絶望し始めた俺の背中越しにトントン、と押される感覚があった。背中合わせで拘束されている華怜の方を見ると、まだ眠っているかのように目を瞑って項垂れている。

「雄飛、私に任せて……」

 かなり小さく華怜は呟いた。俺は咄嗟に状況を理解する。彼女はまだ眠っているフリをしているんだ。隙を見てこの状況を打開する方法を考えているのかもしれない。

「種主は実験施設へ移送。もう1人の少女の方は、地下オークションにでも出せ。容姿は整ってるから、どこかの金持ちが高く買ってくれるだろう。……よし、移動だ」

 そう言って父さんの部下らしき男たちが、縛られた俺に近寄って来る。

 

 が、次の瞬間。

「雄飛、私に掴まって!!」

 目を開けた華怜は拘束していた縄を簡単に擦り切れさせる。これは! 華怜の抑制能力によって、縄の強度を抑制し、千切りやすくしたのだろう。

 俺は華怜の腕に掴まり、そのまま2人で走り出した。

「待て! 雄飛! 追うぞ!」

 父さんたちが叫ぶが俺たちは止まらない。男の1人が俺の背中を掴んだが、華怜がその男の手を掴み返した。

「視力、筋力、抑制!」

 華怜が叫ぶと同時に、男は崩れ落ちるようにして倒れ込む。

「目が! くそ! 視界が!」

 目を押さえながら男が叫ぶ。


 外に出た華怜は振り返ることなく、俺の手を握ったまま走り続ける。

「筋力、走力、共に"解放"、Level1……」

 華怜が呟くと俺と華怜の走るスピードがどんどん速くなり、あっという間に普通の人間では追いつけない速度になった。これが華怜のもう1つの能力……すごい……これなら逃げ切れるかもしれない!

 だけど後ろを振り返ると黒い車が猛スピードで追いかけて来ていた。さすがに車じゃ追い付かれる!

「華怜! 後ろから車がっ!」

「わかってる! 雄飛は逃げることだけ考えて!」

 華怜はそう言うと、俺を引く手をさらに強めて加速する。


 車との距離がどんどん近づいて来る。

 もう少しで追い付かれる、というところで華怜は懐から取り出した小さなビーズを車に向かってばら撒いた。その上を通った車は徐々にスピードが落ち、やがて完全に停車した。俺たちはその間も走り続け、やがて車は小さくなっていった。

 これも華怜の能力による抑制なのだろう。ビーズに能力を付与して、その上を通った車のエンジンか何かの働きを抑制した、といったところかもしれない。



 それからもしばらく走り続けて、父さんのレストランからはだいぶ離れたところまで来た。ここまで逃げればそう簡単に追跡されないだろう。

「ふぅ……なんとか逃げ切れたみたいね……」

 華怜はそう言うと、俺の手を離す。あれだけ走ったというのに、彼女は呼吸1つ乱れていない。

「華怜、ありがとう。助かったよ……」

 俺がお礼を言うと、華怜は優しく微笑んでくれたがすぐに険しい表情になる。

「まだ安心はできないわ……。アイツらはもう本気で動き出した。これまで以上にあなたに危険が及ぶかもしれない。それにOuroborosのメンバーに、私の能力が露見してしまったわ。アイツらの中には私の前世を知ってる白始友もいるから、正体が割れた私も危険ね……」

 華怜の前世? そうか、華怜は前世から白という男と因縁があるって言っていた。

俺のせいで華怜まで危険に晒してしまっていたんだ。


「ごめん……俺のせいで華怜まで巻き込んでしまって……」

 俺が謝ると、彼女は笑って首を横に振った。

「気にしないで。どのみちアイツらには見つかってただろうから。それに……私だって、もうこれ以上Ouroborosの好きにはさせたくない。アイツらの計画で雄飛が苦しんでるのを見てるだけなんて出来ないもの」

「華怜……」

 彼女の優しさに俺は救われる。いつものように。彼女がいなければ、俺は何度身の危険に晒されていたのだろうか。


「さて、父親に会うって目的も果たしたんだし、一旦雄飛の家に戻りましょ? お母さんたちが今頃本気で心配しているはずよ。危険を承知で、私たちを探しに出かけるかもしれないわ」

 確かに、母さんや茉純さんが俺を探して町に出ないとも言いきれない。華怜の言うように、一旦家に戻らないと……。

 俺は華怜と共に、電車に乗り込むと家まで向かうのだった。



 俺と華怜が無事に家に帰ると。

「雄飛ちゃん!」

「華怜!」

 母さんと茉純さんは、俺と華怜をそれぞれ抱きしめる。

 俺は母さんの温かさに触れて自分がどれだけ心配をかけていたのかを実感した。彼女は、目に涙を浮かべながらしばらくの間、安心したように、そして愛おしそうに俺を抱きしめ続けた。

「よかった……本当に無事で……」

 母さんはそう言うと、俺の目を見つめる。こんな危険な状況で外出してしまったことを申し訳なく思ったけど、父さんやOuroborosとの間にあった出来事は母さんたちには黙っておくことにした。今はこれ以上、母さんの心が傷付くような事態は避けたい。


 ……それになんて説明したらいいんだろう。父さんが悪い組織の人間で、神様を産ませるために俺と母さんを交わらせようと企んでいる、なんて……。

 俺は母さんに抱きしめられながら、複雑な気持ちになっていた。

「雄飛ちゃん? どうしたの?」

 俺が考え事をしていると、母さんが心配そうに俺の顔を覗き込んだ。

「ううん! 何でもないよ!」

 俺は慌ててそう答えると、母さんは安心したように微笑んだ。

「ところでどこに行っていたの? さっき起きたら2人ともいなかったから、茉純さんと心配したんだよ」

 母さんは心配そうな表情を浮かべるとそう聞いてきた。俺と華怜は顔を見合わせると、お互いにうなずき合った後、俺が答えた。


「……実は朝早くから学校に行ってたんだ。避難している友達が、大丈夫かどうか気になって」

 もちろん俺と華怜で考えた嘘だ。

「え? そうだったの……。でも、それなら行く前にちゃんと言ってほしかったよ……。これからはそうしてね? ママも茉純さんも本当に心配したんだから」

「ごめんなさい……」

 俺は素直に謝る。母さんを心配させてしまった罪悪感がより一層こみ上げてきたからだ。もう母さんを悲しませることは絶対にしたくない。

 ……そして、俺は種主になんてならないし、母さんを聖母になんて絶対にさせない!

 あらためてそう決意する俺だった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 ~その日の夜、ニュー東京のとある教会にて~


「……なるほど。つまり種主と例の少女を取り逃がしてしまった、と? それもわざわざ組織の目的まで説明してしまうとは……大失態ですな、秀殿?」

 Ouroborosのメンバーである太めの中年男性、"合原茂樹あいはらしげき"は手にした缶コーヒーをグビっと飲み干しながら、少し責めるような口調で、雄飛の父である秀にそう問いかけた。

「……新入りの分際で偉そうに……。たしかに取り逃がしたが、それが何か大きな問題になると? 我々はすでにいつでも種主と聖母を確保できる体制を整えている。むしろこれで種主に聖母のことを意識させることができ、さらに計画を進めやすくなる。種主である雄飛と聖母である西木舞歌は母子でありながらいずれお互いを求めあう関係になるんだ。その2人の間にできた子こそ、我々が望む神なのだ」

 

 秀の言葉を受け、合原は少しの間黙る。だが、再び言葉を続けた。

「それは分かっていますが、組織の目的が明るみになるなどというのは、今後計画がやりにくくなるのでは……? 種主と一緒にいた例の少女は相当な切れ者で、我々の計画の全貌まで見通している可能性が高い」

「問題ない。計画は既に最終段階に入っているんだ。彼女の思惑も所詮は我々の手の上だ」

 自信満々にそう語る秀に、合原は納得いかなそうな表情で何かを言おうとする。


「待チ遠シイ。降誕ノ儀ガ終ワッタラ、聖母モユウト君モ私ニクレルッテ約束、忘レナイデチョウダイ?」

 割り込んで口を開いたのは、ガリガリに痩せた女性、"名女川優希なめかわゆき"だった。どこか恍惚とした表情で、独り言のように呟く。

「相変わらず凄まじい執着だな……。もちろんキエル様は許可するだろう。その時は2人ともお前の好きにするといい、名女川」

 秀がそう答えると、彼女は満足したようにうなずく。

 

 それに続いて合原も少し恥ずかしそうにしながら手を挙げる。

「それでは……。私もあの例の少女、門宮華怜をいただいてもよろしいでしょうか? 彼女にそそられるんです。一目惚れというやつなのでしょうが、とにかく彼女の心と身体を自分のものにしたいと思って仕方がありません」

「いいだろう……。ただし、名女川と同じだ。万事我々の計画が上手く行ってからだ」

 秀の答えに合原はニヤリと笑う。

「ありがとうございます! いやはや楽しみですなぁ。彼女ほどの美しい少女をこの胸に抱けると思うと、興奮してきましたよ……。少女から大人の女性へと成長していくカラダとココロをじっくりと味わい尽くす。……想像しただけで……ムッフ~ン」

 そう言って合原は顔を紅潮させ、鼻息を荒くする。


 秀は気色の悪さを感じて視線を逸らした。だがその視線の先には、名女川がおり、彼女も彼女で恍惚とした表情で舞歌と雄飛の写真を見て、舌なめずりをしている。

 秀は大きなため息をつきながら、小さく零した。

「はぁ……Ouroborosには変態しかいないのか……」

 秀のつぶやきに2人は反応することなく、それぞれの妄想に耽っていた。



「秀、そのように同士を悪く言ってはなりません。2人とも、神が治める新時代に導くため協力してくれているのですから」

 そう言いながら奥の部屋から姿を現したのは、1人の美しい女性だった。彼女は修道女のローブを身に纏い、目元まで隠れたフードからのぞく口元を優しく微笑ませていた。

「キエル様、申し訳ございません……」

 秀はそう言って頭を下げる。それを見た女性、"キエル"は首を横に振った後、合原と名女川の方を向く。

「さぁ、間もなく他の者たちも到着するでしょう。皆で話合いましょう。種主と聖母、彼らが産む神について……。そして、その先の新時代について……」

 キエルの言葉に3人は頭を下げて、恭順の意を示すのだった。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

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