第31話「Ouroborosの目的と、父との再会」

 アパートに戻ると、華怜は早速さっきの会話について説明を始めた。俺は真剣に耳を傾ける。

「つまり……父さんはOuroborosと関わっていたってこと?」

 俺がそう聞くと華怜はうなずいた。

「少なくとも無関係ではないでしょうね。ただの協力関係の可能性もあるけど、それにしては事情を深く知っているような口ぶりだった」

 華怜の言葉に俺は考え込む。父さんが俺を襲ったあの痩せ細った女がいる組織と手を組んでいたなんて……。


「雄飛のお父さんと、有藤彩、その2人に加えてもう1人いたでしょ? アイツは幹部クラスの構成員よ。名前は、"白始友ペク・シウ"。アジアを代表する資産家よ。Ouroborosの活動資金の多くはコイツからの援助でしょうね」

「資金援助って……どうしてそんなことを? Ouroborosは一体何が目的なんだ?」

 俺は疑問を口にする。華怜は再び口を開いた。

「これまではわからなかった。だけど今日ハッキリしたわ。さっきのアイツらの会話の中で、種主しゅしゅ、聖母って言葉が出ていたでしょ? アイツらの目的はね、神の子種を持って生まれた人間と聖母を交わらせて、この世に人の体を持った神を誕生させることなの」

 華怜の言葉に驚きと戸惑いを隠せない。神を誕生? なぜそんなことを? いや、そもそもそんなことが本当に可能なのか? 俺は聞きたいことが山ほど浮かんできたけど、華怜の言葉を待つことにした。


「私は前世から白始友と因縁があってね。その頃から彼と彼が崇拝する教団の目的は、それだったの。もちろん最初は信じなかったわ。神を崇めるとか言いながら、適当な宗教を立ち上げてお布施を集めるための詐欺だとしか思ってなかったし」

「Ouroboros幹部との因縁……? じゃあ華怜はOuroborosを前から知ってたってこと?」

「いいえ、私とアイツとの因縁はアイツがOuroborosに所属する前のことよ。アイツが所属していた教団は、Ouroborosよりもっと規模が小さかったわ。たった数人だけの組織だったけど、Ouroborosは人数も多いみたいね。そして雄飛や私に接触を図った時みたいに、強引な手段も辞さない。連中は本気で神を誕生させるつもりよ」


 今聞いた情報を整理すると、Ouroborosは神の降臨を目的としていて、それには種主と聖母が交わることが必要。何となく話は見えて来たけど、種主ってのは言ってしまえば種馬みたいな存在なんだろうか? 俺はそう聞いてみた。

「まぁ近いと言えば近いのかしら……。だけど誰でもいいってわけじゃないみたいね。神の子種を持っていないといけないらしいから。そして聖母は神の子供を産むことができる女性のこと」

 なるほど、だいたい理解した。だけど、そこまでして神を誕生させることにどんな意味があるんだ? そして神を誕生させて何がしたいんだろう?

「まだそれ以上の目的までは、わかっていないわ。だけど本当に神を誕生させてしまったら、この世界の状況は一変するでしょうね。人間の常識が通じない事態だって起こりうるわ」

 華怜の言葉に、思わず息を飲む。Ouroborosが神を誕生させてしまえば、本当に世界はどうなってしまうんだろう?


「だ、だけど。そもそも神なんて存在が本当にいるのか? もし存在したとしても、それは人の常識を覆すような存在で……」

 俺がそこまで言うと、華怜は首を横に振った。

「この世にはまだ解明できていないことがたくさんあるわ。私たち転生者みたいな存在だってそうでしょ? それに、雄飛だって神様と会ったことあるでしょ? 転生する前に……」

 華怜の言葉を受け、俺の記憶が甦る。そうだ……俺が命を落とした時、転生前に出会ったあの男性は、確かに自分のことを神だと言っていた。いや、彼が本当に神であろうとなかろうと、あの出来事は紛れもない現実だ。だからこそ俺はこうして転生しているんだから……。



「ちょっと話を戻すわね。……覚悟して聞いて欲しいんだけど、いいかしら? 雄飛……」

 華怜は急に真剣な顔になって、俺に告げる。

「Ouroborosが必要としている種主と聖母、その内の種主はね……。雄飛、恐らくはだと思うの」

 その言葉に一瞬理解が追いつかない。が、その意味に気付いた時、俺は絶句した。 

 俺が……神の子種を持つ種主? でもそうだとするなら、自分の転生者としての能力にも納得がいく。俺の能力はあまりにも性的な方面に特化しすぎている。それはきっと神の子種を宿す種主としてのさがのようなものなのかもしれない。

「信じたくないだろうけど、雄飛が種主なら、Ouroborosがテロ事件前にあなたに接触を図ってきた理由の説明がつくわ」


 俺は思った。それならなおさら、父さんに会っていろいろと問いただしたいことがある。

「……華怜、もう少ししたらもう一度父さんの店に行こう。1人になったところを見計らって、話を聞くんだ」

「そうね……。でも、慎重にいきましょう? あの店はOuroborosの息がかかった場所みたいだから」

「うん。わかった」

 そう言って俺は立ち上がる。


 華怜はそんな俺をジッと見つめていた。

「……どうしたの? そんなにこっち見て……」

 俺が尋ねると、彼女はゆっくりと立ち上がった。

「いい? 私が逃げろって言う時は、本当にどうしようもない時だから振り返らずに逃げなさい。あなたさえ捕まらなければ、Ouroborosの目的は果たされないんだから」

 俺はそのいつも以上に真剣な華怜の瞳を見て、うなずいた。そして昼ちょっと前、俺たち2人はアパートを後にした。



 父さんの店まで再びやって来た俺と華怜は、しばらく店の近くで様子を探っていた。

 街の様子は早朝と比べると、以前の活気に似た近さを取り戻していた。だけどやはりすぐに異常が見て取れる。若い女性や子供は危険な目に遭うのを恐れてか、辺りには1人も見当たらない。

 代わりに至るところで喧嘩をしている人や、集団で奇声を上げながら闊歩する男たちの姿がある、など秩序が崩壊したかのような光景が広がっていた。


 そして大型LEDディスプレイに映されている映像は、これまでのようなCMなどではない。ニュー東京への移住を進める映像が流れる他、アダルトビデオのような過激な映像や、卑猥な広告などが流れるようになっていた。

 嬉々としてその映像を眺める通行人の男たちは、まるで飢えた獣のように欲望を丸出しにしていて、とても正気だとは思えなかった。


 俺はよく父さんのレストランに来ていたから、この辺りには父さんと母さんとの思い出が詰まっていた。父さんのことも含めて、全て遠い昔のことに感じてしまう。変わり果てたこの街を見ていると、虚しさと悲しさが同時に込み上げてきた。

 そんなことを考えながらも、俺は華怜と一緒に物陰に隠れながら店の様子を窺う。少しして店の前に父さんの姿が見えた。

 どうやら外の空気を吸いに出て来たらしい。俺は華怜に目配せをする。華怜は小さくうなずいた。華怜には何かあった時のために、少し離れた位置から見守ってもらうことにしている。

 俺は静かに店に近づくと、父さんの背後に立った。



「お父……さん」

 俺が声を掛けると、父さんはゆっくりとこちらを振り返った。そして俺の顔を見ると驚きの表情を浮かべる。

「ゆ、雄飛!? なんでここに……?」

 父さんは戸惑いながらそう言った。

「か、母さんはどうしたんだ? ダメじゃないか、こんな危ないところに1人で来たら! さぁ、早く帰るんだ!」

 父さんは慌てた様子で俺の肩に手を置く。だけど俺はその手を振り払うと、父さんを睨みつけた。

「雄飛……? どうしたんだ? そんな顔をして……。お、怒ってるのか?」


「とぼけないでよ! テレビで言ってたじゃないか! 父さんは彩さんとここで住んでるんだろ! ペットを飼ってるとか言ってさ! どうしちゃったんだよ!? どうして母さんを悲しませるんだ!俺、今までずっと父さんはすごい人だと思ってたのに……。Ouroborosとかいう連中と一緒にいるんでしょ!?」

 俺の言葉に父さんは肩をビクッと震わせる。そして申し訳なさそうな表情で俺を見た。

「そうか……知ってしまったんだな。わかった、全て話すよ。だけどその前に場所を移そう」

 父さんはそう言うと、店の中に入るよう促す。俺は静かにうなずいて中に入った。


 店内に入ると、椅子に座るよう言われ、大人しく指示に従った。父さんは厨房の方に行き、しばらくして温かいコーヒーを2つ持って戻ってきた。

「ほら、飲みなさい」

 そう言って俺にコーヒーを手渡すと、向かい側の椅子に座った。

 俺はコーヒーを一口すする。コーヒーの苦味が俺の頭を少し冷静にさせてくれた気がした。

 父さんは少し黙っていたが、俺の視線に耐えかねたのか、口を開いた。



「Ouroborosと私の関係性、それからお前の出生について話そう。長い話になるが、聞いてくれるか?」

 俺は何も言わずにうなずいた。父さんはコーヒーを口に含むと、一呼吸置いてから静かに語り始めたのだった。

「雄飛も知っての通り、俺はOuroborosと繋がりがある……。母さんと結婚するずっと前からだ。いや、むしろ母さんと結婚したのも、全てはOuroborosの計画のためだと言ってもいい」

 俺は父さんの言葉にショックを受ける。


 そんな俺を無視して、父さんは話を続けた。

「俺がOuroborosと関わりを持ったのは、俺が小学生の時だ。俺はなぁ、雄飛。お前と同じ転生者なんだよ」

 父さんの言葉に、俺は驚いて目を見開く。その反応に父さんは

「驚くのも無理ないよな……」

と自嘲気味に笑った。


「右も左もわからなかった。お前も知っての通り、転生者には生まれ持った能力が1つか2つある。俺はその力のせいで、周囲と馴染めず、友達もいなかった。そんな時にOuroborosのメンバーに出会ったんだ。

 彼らはとても優しくて……そして俺に生き方を教えてくれた」

 父さんは昔話を語るように、ゆっくりと話しを続ける。俺は黙ってそれを聞いていた。


「それからの俺は、転生者としての力を使って、自分の居場所を作ることができた。彼らと生活する中で俺は悟った。転生者こそが、この世界を動かすべき存在なんだと。そしてOuroborosは、新たな世界の中心に絶対的な神を降臨させることを目的とされた組織だった。俺はOuroborosのメンバーとして、転生者の力を使って様々な活動を行ってきた。そして……その組織が今、新たな神を誕生させようとしている」

「それが……俺なの?」

 俺が尋ねると、父さんは首を横に振った。

「いや、違う。お前じゃない……。お前と聖母が交わって産まれるのが、我らの求める神なんだ。そしてOuroborosが創る新たな世界には、我ら転生者こそが必要なんだ」


「……俺がOuroborosにとって種主とかいう役割なのはわかったけど、聖母って……?」

 父さんはうなずくと、再び話を続ける。

「聖母とは、神の子を宿す胎盤を持つ女性だ。……と言っても、種主とは違い、一応誰にでもその素質はあるんだ。大事なのは種主との関係性だ。お互いを深く愛し合い、求めあう仲でなければならない。そして最も相性がいいとされているのは血の繋がりが濃い者同士だ。つまり……」

 父さんがそこまで言いかけた時だった。



「秀、喋り過ぎよ。そんなことまで話すなんて、親子として過ごすうちに情でも湧いたの?」

 声の主は彩さんだ。いつも礼儀正しく大人しい彩さんとは違う、冷静な口調と俺を見下すような視線。俺はその視線に悪寒が走った。

「はは、雄飛は人たらしだからなぁ。だけど安心しろ、彩。俺はOuroborosの幹部だからな」

 先ほどまで少しいつもの父さんに戻っていたように感じたけど、今目の前にいる父さんはやはりOuroborosの関係者……それも幹部なんだ。

 気を許してはいけない、そう思った瞬間、俺の視界が歪み、瞼が重くなる。

 まさか——さっきのコーヒーに何か!?


「くっ……。父さん、何を……」

「なぁに、ほんの睡眠薬だ。何も心配することはないよ」

 父さんはそう言うと、椅子から立ち上がり俺の元までやって来た。俺は自由が利かない体をなんとか動かそうと試みるが、上手くいかずに倒れてしまう。このままだと、俺はOuroborosに捕まってしまう……。だけど俺の意思とは裏腹に、どんどん瞼が下がってくる。

「雄飛を離しなさいっ!」

 華怜が飛び込んで来るのが目に入って安心したのも束の間、俺の意識はそこで途絶えてしまうのだった。

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