第30話「異常なニュー東京の現実 ~雄飛の鍛錬の成果~」

 俺は電車の中で華怜からの注意事項を聞く。

「いい? 雄飛。渋谷に着いたら、今日は私の前世時代の知り合いが使っていたアパートに泊るわよ? 彼女からパスワードは聞いているから、入れるはず。さすがに夜中の都心を子供2人で歩くのは、いくら何でも危険すぎるわ。だから今夜はそこに泊まりましょう」

「うん、わかった」

 華怜は俺よりもずっとあの辺りのことをよく知っている。彼女に従うのが一番だと判断した俺は素直にうなずいた。


 電車から降りて改札を通り、しばらく歩くと古いアパートが見えてきた。今の時代ではあまり見ないタイプの建物だ。古い見た目の建物に反して、入り口は番号入力式という最新式のセキュリティーが備わっている。

 華怜は番号を入力して、そのアパートの扉を開けた。中は少しひんやりしていたけど、ライフラインは通っているようだった。


「ここが私の前世時代の知り合いが使っていた部屋よ。今はほとんど使ってないから自由に使っていいって言ってたわ」

 俺たちは中に入ると、駅の売店で買った食べ物と飲み物を冷蔵庫に入れる。

「さて、と。じゃあこれからのことについて少し話しましょうか」

 そう言って華怜はソファに座る。

 俺はうなずくと彼女の言葉を待つのだった。


「これからのことだけど……まず明日の朝になったら雄飛のお父さんのレストランを目指すわよ。着いたら、雄飛のお父さんが1人になるところを見計らって話しかけましょ? 周りに誰か……特に彩とかいう女がいると話がこじれそうだから。それに野蛮な連中に見つかるのもマズいわね……。私たちを捕らえようとするかもしれないわ。まぁ……私はなんとかなるけど、雄飛はそうはいかないものね」

 華怜はそう言って俺を見る。俺が不安そうな顔をしていたからだろうか? 彼女は微笑んで続けた。

「そんなに心配しなくても大丈夫! いざという時は私の能力でなんとかするわ。だから安心してね、雄飛?」

 俺は彼女の言葉にうなずいた。

「ありがとう。でも、俺も頑張るからね!」

 華怜は「その意気よ!」と言って俺に微笑みかけた。彼女の笑顔を見ていると、俺も不思議と落ち着くのだった。



 翌日、俺たちは午前6時頃に目を覚ました。朝食を済ませると、俺たちは部屋を出てアパートの外へ出る。そして徒歩で父さんの経営するレストランを目指した。場所は俺がよく覚えている。問題は、ニュー東京となったこの場所がどれだけ安全か、ということだ。

「ねえ、華怜。俺たち無事に帰れるかな?」

 俺は率直な疑問を華怜にぶつける。彼女は少し考えてから答えた。

「大丈夫よ。昨日言ったでしょ? いざって時はなんとかするって」

 そう言いながらも華怜は険しい表情を崩さない。


 歩いていると、やはり以前の渋谷とは違うと感じた。殺伐とした雰囲気になっており、遠くから誰かの叫び声が聞こえてくる。

 そして少し歩くと、何やら家の前で揉めている人を見つけた。俺と華怜は電柱の影に身を隠した。どうやら若い夫婦と小さい子供と思われる3人と1人の若い男性が、言い合いをしているようだ。

 だがすぐに夫と思われる男性が、若い男性に暴力を振るわれて地面に倒れ、その背中を若い男が踏みつける。

「あんたら夫婦は、ずっと隣に住む俺のことを馬鹿にして見下してやがったよなぁ! 今こそその報いを受けてもらうぞ!」

 そんな男性の言葉に、子供や妻は怯えており、夫は悔しそうに顔を上げるも、その目は涙で濡れている。

「くそ……か、金ならやる……だから……」

「あぁ!? 金なんかいらねぇよ! それよりも……へへっ。まずは……そうだな、奥さんをいただくぜ!」


 そう言って若い男が妻へと手を伸ばすと、夫と思われる男性が声を荒らげる。

「や、やめろ! 妻には手を出すな!!」

 だがその必死の叫びもむなしく、妻は男に強引に引き寄せられてしまう。

「奥さん、今日からあんたは俺のモノだ。あんたも夫の稼ぎで生活してるだけのくせに散々、俺のことを見下しやがって! 俺を馬鹿にしたことを後悔させてやるよ!」

「つ、妻を放せ!」

 夫は起き上がり必死に手を伸ばすが、その手は空を切る。

「黙れ、お前らは下民! そして俺様は選民だ! お前らはここじゃあ家畜同然なんだよ! お前とガキはさっさと野垂れ死ね! お前の奥さんはペットとして俺が飽きるまでは可愛がってやるからよ!」

 そんな男の言葉に、俺の怒りは爆発しそうになる。だがそんな俺を華怜が制止する。


「落ち着きなさい、雄飛! 今は堪えて! 助けたいでしょうけど、キリがないわ!」

 華怜の言葉で、辺りを見回す。嫌がる女性を無理やり抱きしめる者、数人で店の窓ガラスを割る者、首輪をつけた男性を散歩させる高齢の女性。そんな人たちで溢れている。

「くそっ……! 」

 俺は怒りのあまり拳を握りしめ、奥歯を噛んだ。こんなことがすでに日常茶飯事で行われている。そんな状況に俺は心底怒りを感じた。

「行きましょう、雄飛。辛いけど今は堪えなさい」

 そんな華怜の言葉にうなずくと、俺たちはその場を静かに立ち去った。

 何もできない悔しさで心が押しつぶされそうになるが、今の俺たちでは何もできないと悟ったからだ。

 例えあの家族を助けることができたとしても、その騒ぎで人が集まれば多勢に無勢。いくら華怜がいるとはいえ、こちらが消耗してしまう。


「お母さんを放せ!」

「頼む! 許してくれぇ!」

 先ほどの子供と夫が、男に縋りついている言葉が聞こえる。

「へへ、うっせぇ! おいガキ、それから"元"夫! 今から目の前でお前らの大事な母ちゃんを可愛がってやるぜぇ? 俺の子供、妊娠しちまうかもなぁ? あはははは!」

「やめろぉ、やめてくれぇ! 頼む!!」

 そんな1つの家族の悲痛の叫びを聞きながらも、俺と華怜は耳を塞いで歩き去ることしかできない。

「なんで、こんな……」

 俺は思わずそう呟く。華怜はそんな俺の肩に手を置いて言った。

「……今は……お父さんと会うことだけ考えなさい……。じゃないと……私たちだって……」

 華怜は涙を堪えているようだ。今は父に会う、それだけに集中しよう。そう思って俺も必死に涙をこらえるのだった。


「待ちたまえ! その奥さん、この私が貰い受ける! とぅっ!」

「なんだてめぇは! こいつは俺を見下した女だ! 俺が痛めつけてやらなきゃ気が済まねぇんだよ! 邪魔するなら殺すぞっ!!」

「はっはっはっ! 受けてたとうひきこもりボーイ!」

 塞いでいる耳を通して、背中越しに僅かに声が聞こえる。

 どうやら別の男が、先ほどの家族と男の元にやって来たようだ。このニュー東京は、力づくで相手から全てを奪うことができる。

 助けても助けても……キリがないのかもしれない……。

 (俺がもっと強かったら……)



 俺たちは再び歩き出し、父さんのレストランへと着いた。そこは以前と変わらず営業を続けていたが、まだ早朝のため開店前だ。

「さて、と。開店まではまだ時間があるから、外で待ちましょう」

 そう言って俺たちは店が見える場所にあったベンチに座る。

「子供である私たちもターゲットにされやすいかもしれない。油断しないでね、雄飛」

 華怜の言葉に俺はうなずく。そしてしばらく待っていると、店の中から父さんが出てきた。


「あ! お父さ……」

 俺がそう言いかけた時、華怜が俺を制止する。彼女は険しい表情をしていた。

「どうしたの?」

 俺が聞くと、彼女は小声で言う。

「誰か一緒に出てくるみたい……」

 華怜の言葉を受け、俺は父さんの店から出てくる人影を見る。1人……いや2人だ。1人は男性で、もう1人は女性だ。

「あれは……彩さん?」

 2人のうち、女性は間違いなく彩さんだった。そしてもう1人の男性は……誰だろう?


 華怜はより一層険しい表情で呟いた。

「あの男……Ouroborosの構成員よ……。それも幹部クラスだわ……」

「え!?」

 俺は思わず声を上げてしまう。なんで父さんがOuroborosなんかと……。しかも幹部クラスの男と一緒だなんて。

「……雄飛、少し様子を見ましょう」

 Ouroborosの構成員と思われる男性と父さんは、何やら親しげに話している。そして3人は店の中に入っていった。

「一体……どういうことなんだ?」

 俺がそう呟くと華怜が答えた。

「雄飛のお父さんが……何らかの形でOuroborosと関係してるってことかしら?」

 華怜の言葉に俺は言葉を失う。信じられない話だった。父さんがあのOuroborosと関係しているなんて……。


「……もう少し、店に近付いてみましょう? 危険かもしれないけど、このまま何もしないならここまで来た意味がないんだから」

 俺たちは店のすぐ近くまで近付く。すると店の中から父さんの声が聞こえた。

「……例の"不死鳥の子"なる組織が、雄飛……いえ、種主しゅしゅに接触してきたようですね。連中の目的はわかりませんが、我々の障害になることは明白です。早急に手を打たないといけませんね」

「聖母と種主の身に問題が起きては、神の降臨はまた先延ばしになってしまいます。それだけは避けねば……」

 父さんと、もう1つは彩さんの声だ。2人が言い終えると、先ほどのもう1人の男であろう声が聞こえて来た。


「ん~まぁ最悪、聖母の方は別で用意できるからなぁ。種主だけは死なせるな、とキエルさんからのご指示だ。まぁ、このニュー東京にでも近づかねぇ限りは安全だろうぜ?」

 不死鳥の子? 種主? 聖母? 何の話をしているのかさっぱりだ……。華怜の方に視線を向けると、彼女は囁くように言う。

「今の会話で少しわかったことがある……。あのアパートに戻ったら、説明するわ……」

 華怜の言葉に俺は無言でうなずく。

 そのすぐ後、誰かの足音が近づいて来るのが聞こえた。


「今は雄飛のお父さんに話を聞けないようね。一旦アパートに戻って、時間を置いてからまた来ましょ? 今ここで"アイツ"と遭遇するのは危険だわ……」

「アイツって?」

「それもアパートで説明するわ。さぁ、早く!」

 華怜に急かされて、俺たちは急いでその場を離れるのだった。



 アパートに帰る途中、運悪く5人の男が話しかけて来た。

「よう可愛い子供たち。パパとママとははぐれちゃったのかなぁ? おじさんたちが一緒にパパとママを捜してあげるから、おじさんたちに着いてきな」

 ニヤニヤしながら1人の男が言った。俺は男たちを警戒しつつ言う。

「い、いいえ大丈夫です。すぐそこが家なので……」

 そう言って俺が歩き出そうとした時、男の一人が華怜の肩を掴んだ。

「遠慮すんなって! おじさんたち優しいからさぁ! へへっ!」

「華怜に触るな! 手を離せ!」

 俺は思わず声を荒げる。先ほどの一件や父さんがOuroborosと何らかの形で関係していることを知り、我慢の限界に達していた。

 俺は男たちを睨みつける。すると1人の男が俺に近づき、顔を近付けた。


「へへへっ、僕ちゃんにはわからねぇか? ここニュー東京じゃあ、欲しいもんは力づくで手に入れていいんだぜ? お前ら2人は俺らのオモチャってワケだ。だから大人しくしてな。言うこと聞いてりゃあ、俺らが飽きるまでオモチャでいさせてやるからよぉ? へへっ」

 俺は俯きながら、肩を震わせる。

「雄飛、大丈夫よ。こいつらは私がなんとかするから。あなたはアパートに戻ってなさい」

 華怜は俺を守るようにして、男たちの前に立つ。だけど……。

「いいや。こいつらは自分より弱い者を虐げる悪人だ。こうやって直接狙われたんだったら、俺も戦う。いつまでも華怜に守ってもらってばかりじゃいられない! 鍛錬の成果、見せてやる!」

 俺は華怜を後ろに下げ、男たちを睨む。すると1人の男が拳を振り上げて俺に迫る。

「うん。それじゃあ、見せてもらおうかな。鍛錬の成果ってやつ」

 華怜は俺の後ろでフッと笑う。


 俺は男の拳を躱すと、すかさず鳩尾に強烈なパンチをお見舞いする。男は倒れるとそのまま気絶してしまった。

 そしてすぐに移動し、もう2人の男に蹴りを入れる。

 どう見ても非力な子供に圧倒されて、男たちは狼狽えている。転生者特有の身体能力の高さだけでなく、日々の肉体鍛錬と華怜との格闘術鍛錬がようやく実を結び始めた。


「こ、この野郎!」

 1人の男が拳を突き立てて来た。だけど、遅い!

 俺は、男の拳を手の平で受け止める。そしてそのまま腕を掴み、もう片方の手で男の頭を掴んで地面に叩きつけた。

「ぐはっ……!」

 男は白目を剥いてその場に倒れる。その様子を見た男たちは驚愕するのだった。

「なっ!? 何が起きた!?」

 俺は睨み殺さんばかりに男たちに視線をぶつける。

「や、やべぇ! このガキ、化け物だ! 逃げるぞ!」

 男たちは怖気づいたのか、そう言って逃げて行く。俺はホッと胸を撫で下ろした。


「へぇ! この短期間でそんなに動けるようになるなんて、大した素質ね! ま、師匠である私の教えが上手ってのもあるだろうけど!」

 華怜が拍手をしながら褒めてくれる。後半は自分を褒めてたけど……。

「まぁ、そりゃあ華怜と比べたらまだまだだろうし、あんな連中、華怜なら簡単に倒せたから余計なお世話だったかもしれないけど……」

 俺は照れ隠しに言ってみる。すると華怜は首を横に振った。

「いいえ、そんなことないわ。確かに私の教えの賜物かもしれないけど、あなたは確実に強くなってるわ。もっと自信を持って! うん! かっこよかったわよ、雄飛」

 華怜はそう言って微笑んでくれた。俺はその微笑みにドキッとする。


 華怜と2人で歩きながら、俺は強く思った。もっと強くなりたい、と。

 自分の身だけじゃなく、華怜のことも、そしてさっき助けられなかった人たちのことも、助けられるくらい。

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