第15話「2人だけの秘密の冒険」
俺はここに来てから気になったことを、入間さんに聞いてみたくなった。
「そういえば、入間さんはここに住んでるんですか?」
唐突で失礼だとは思いながらもそう尋ねると、彼女は表情を変えずにすぐに答えてくれた。
「ああ、そうだとも。ここは私の研究所でもあり、私の家でもあるんだ。まぁ、他に借りている部屋がここ以外にもいくつかあるけどね」
「へぇ~。この研究室も広くて綺麗ですね」
俺は素直に称賛した。
彼女は褒められて嬉しそうにすると、自慢気に続けた。
「ふふ、そうだろう? ここは私の夢の第一歩なんだ」
そんな入間さんの言葉に、華怜は続ける。
「雄飛、ここのことは誰にも言っちゃダメよ? もちろん、あなたのママにもパパにもね」
「うん、わかってる。絶対に言わないよ」
彼女の言葉に力強くうなずくと、入間さんはニヤリと笑って言う。
「私と華怜は、それはもう長い付き合いなんだけどね。他の転生者を連れて来たのは君が初めてだよ雄飛くん。私は最初何度も断ったのに、どうしても助けたい人がいるって聞かなくてねぇ~」
「ちょっ、ちょっと入間!? なに変なこと言ってんの! 私はただ……」
華怜が慌てて反論しようとする。そんな彼女を見て、俺は笑って言った。
「ありがとう、華怜」
すると彼女は赤くなって下を向いてしまった。なんだかだんだん、華怜の性質がわかってきたかも……。
そんな俺たちを、入間さんは微笑ましそうに見ていた。
「さて、他に聞きたいことはあるかい? 私自身については、華怜も詳しく教えてくれると思うけど」
何の研究をしているのか、五度も転生している華怜だけど一体いつからの知り合いなのか、なぜ転生者の能力に詳しいのか、など聞きたいことは山ほどあったけど……。
これから何度もお世話になるだろうし、少しずつ入間さんの話を聞ければいいかな、とも思った。
だから一番聞きたいことを聞いてみた。
「じゃあ最後にもう1つだけ。どうして見ず知らずの俺を助けてくれたんですか? ……入間さんも転生者だから?」
彼女は首を横に振る。
「私は転生者ではないよ?」
その答えは意外だった。そのせいで、彼女に対する疑問がまた増えてしまったからだ。
「え……? じゃあなんで……」
「フフ、君を助けたのは長い付き合いがある華怜の頼みだったからさ。本来、ここには気を許した人しか入れないんだよ? 新しい人を入れたのは、本当に久しぶりなんだ」
俺が黙って聞いていると、彼女はそのまま続ける。
「そしてどうして転生者でもないのに、転生者の能力を研究しているのかについてだけど。それはもっと単純な話だ。"知識"だよ。まだ見ぬ現象、力、そして技術。それを知りたいという知識欲が、私をここに導いたんだ。これまで様々なものを研究してきたけど、今はこの場所で転生者とその能力について研究しているというわけさ」
知識……か。彼女はそもそも何歳なんだろう? かなり若い見た目をしているけど、華怜と長い付き合いってことは……。
またしても聞きたいことがどんどん浮かんできたけど、今日はこの辺にしておいた方がいいかもしれない。すでにお昼を過ぎているし、帰り道も山を下りてバスや電車を乗り継いで1時間以上掛かるのだから。
「さて、子供たちはそろそろ帰る時間かな?」
俺の考えを読んだように入間さんが言った。俺は時計を見てうなずく。
「……はい、今日は本当にありがとうございました。これ、どうぞ!」
俺は母さんから預かったお土産を1袋分けて、入間さんに手渡す。華怜の親戚の家に遊びに行くと嘘をついて預かったお土産を、1つ分けて入間さんにあげることにした。
「おぉ~、気を使ってくれたんだね? ……おや、ここの和菓子は大好物なんだ! これはありがたいね」
彼女は嬉しそうにそのお菓子を受け取った。
出口まで歩いている時に、今後定期的にここに通うのは大変そうだなとふと思った。今回のように毎回、華怜の親戚の家に遊びに行くと嘘をついていてはバレてしまうし、他の嘘もそう簡単には思いつかない。
どうしたものかと考えていると、その考えを見透かしたように入間さんは言った。
「そうか……。君たちだけでここに来るのは、年齢的にも容易では無いだろうね……。う~む、ではこうしよう。私は月に何度か表に出て都内に行くことがあるんだけど、雄飛くんに渡した鍛錬のシートが埋まって、薬が切れそうなタイミングに私が合わせてそちらに行こう。そして公園かどこかで待ち合わせして、その時に私が薬を渡して、鍛錬の結果を確認する。これなら怪しまれることもないんじゃないかな?」
「あ、確かに……。でもいいんですか? わざわざ来てもらっても」
俺がそう尋ねると彼女は笑って答えた。
「もちろんだとも。私はこの能力の研究者だからね。その研究対象が困っていては本末転倒だろう?」
俺は、彼女のその気遣いに心から感謝した。
「なに……。ただ自分の研究のためさ。そうだ、華怜から連絡してもらってもいいけど、一応私の電話番号も教えておこう。さっきの紙を貸してもらってもいいかい?」
彼女は俺の禁欲コントロール鍛錬シートの余白部分に、電話番号を書くと俺にそのシートを返した。
「それじゃあ雄飛くん、華怜。また今度会おう! 山道で滑らないように気を付けて帰りたまえ」
そう言って彼女は手を振った。
俺はそんな彼女に深くお辞儀すると、華怜と並んで研究所から廃屋を出て、山道を下るのだった。
「ふぅ、アイツのことだから雄飛の能力を見て、"もっと自由に力を使ってくれたまえ"、"欲望を解放して、研究に協力してくれ"……な~んて言われるのを覚悟してたけど、そんなことなくて一安心ね」
歩きながら華怜が言った。入間さんってそんな人なんだろうか?
「うん、俺も安心したよ。華怜が言うよりも全然優しくていい人そうだったし」
俺がそう同意すると、彼女は少しムッとした表情になる。
「ちょっと! 雄飛はまだアイツのことよく知らないだけ! アイツはね、たしかに天才だけどなんでも言いなりになっちゃダメ。利用してやるくらいのつもりでいなさい? アイツだって最終的に優先するのは、自分の研究なんだから」
俺は彼女の言葉にうなずく。入間さんと長い付き合いの彼女が言うんだから、そうなのだろう。それでも俺には、あまり悪い人には思えなかったなぁ。
「雄飛は素直でお人好しだから心配なのよね~。……まぁ、そこがいいところでもあるんだけど」
彼女は小さな声でそう言うと、俺の方に笑顔を向けてきた。
「さてと! 帰りましょ? 今日のことは2人だけの秘密ね? 絶対内緒よ?」
彼女の言葉に俺もまた笑顔でうなずく。これは2人だけの秘密だ。
「うん、わかってるよ華怜。もちろん、母さんや父さんにも内緒にする」
「よし! それじゃ……ん?」
華怜が何かに気付いたように立ち止まったので俺も立ち止まると、彼女は林の方を見つめて固まっていた。
そんな変な様子の彼女に声をかけようとした時、俺の目にとんでもないものが飛び込んできた。
そこには黒い物体が草木を分けてこちらの様子を窺っていた。……間違いない! ツキノワグマだ!
悲鳴を上げそうになった華怜の口を、手で押さえる俺。そして彼女の耳元で囁く。
「大丈夫、静かに……静かに……目を離さないで斜めにゆっくり下がるよ? ゆっくりね……」
俺は彼女の体を支えながら、目を逸らさずに後ずさりする。クマは数歩ほどこちらに歩み寄ってきたが、しばらく睨み合ったのち踵を返して林の奥へと消えていった。
「ふぅ……。もう大丈夫だよ華怜、ゆっくり帰ろう」
俺は彼女の口から手を離すとそう言った。彼女はまだ少し涙目になり震えていたが、俺の目を見てうなずくと、ゆっくりと歩き始める。
ようやく下山すると、華怜はようやく安心したように声を上げる。
「あ~怖かった! でも雄飛のおかげで助かったわ!」
「ううん、俺なんて何もしてないよ」
俺がそう返すと、華怜は
「謙遜しなくていいわよ。なんであんなに落ち着いてて、クマに詳しいのよ! びっくりしちゃった」
と、少し嬉しそうに言った。
「いや……まぁ田舎暮らしだったから多少ね? でも俺だってあんなに近くで遭遇するのは初めてだよ」
「どうりで……。今までちょっと頼りないと思ってたけど、いざって時は頼りになるじゃない! カッコよかったわよ?」
彼女は振り返って微笑んだ。夕日を背にしたその笑顔は、今までよりも眩しく見えて、俺は不覚にもドキッとしてしまった。
「あ……ありがとう」
俺は顔が熱くなるのを感じながら、そう返すのがやっとだった。すると彼女は悪戯っぽく笑って言う。
「ふふ、雄飛ったら顔赤いわよ? あ、もしかして照れちゃった?」
「……ち、違うよ! 夕日のせいだよ。もう帰ろう!」
そう言って歩き出す俺に、彼女は笑いながらついてくるのだった。
いつもは華怜の方がこっちの言葉に照れるのに……。今日は一本取られた。
バスや電車を乗り継ぎ、最後の乗り換え電車に乗るとやっと一息つけたような気がした。
俺は華怜と2人、並んでシートに座って電車に揺られていた。俺は向かい側の席の窓から見える景色を見ながら、今日のこと、それからこれからのことを考えていた。
とりあえずは入間さんから貰った薬を1週間に1度服用し、禁欲コントロール鍛錬を行って精力の能力を少しずつでも制御できるようにしていく……。いずれは薬に頼らなくてもいいようになりたいし、2つの能力を自分で制御できるようになりたい。今の生活を守りながら、七海と再会するために……。
(七海……本当に……会えるのか……?)
ふと、そんなことが頭をよぎり必死に否定する。……絶対に見つけ出すんだ!
そういえば、華怜の能力はいつ自分で制御できるようになったのだろう? そのためにどんな訓練をしたのだろう? 気になった俺は、彼女に尋ねることにした。
「ねぇ、華怜……」
俺が彼女の方を見ながら声を掛けると、彼女は少し疲れてしまったのか、俺の肩にもたれかかって眠っているようだった。やっぱりお人形さんのように綺麗だと思った。
「すぅ……はぁ……」
静かな寝息が聞こえてくる。今日はずいぶん歩き回ったし、熊に襲われそうになったりもしたからなぁ。俺は彼女を起こさないように小声で呟いた。
「華怜、いつもありがとうな……」
電車が音を立てて揺れる度に、彼女の髪からいい香りがする。俺はそんな華怜の寝顔を眺めながら、これからのことをまた考えるのだった。
しばらくして、ようやく家の最寄りの駅に着いたので彼女を起こした。
「ついたよ華怜?」
俺が声を掛けると、彼女は目を擦りながら体を起こした。
「あれぇ……寝ちゃってたのね……」
まだ少し眠そうな様子の彼女と一緒に電車を降りると、そろそろ日が落ちそうというところだった。
華怜も俺もそれぞれ親がここに迎えに来てくれることになっている。俺は約束の時間までもう少しだけ時間があったけど、華怜の方は彼女の母親、茉純さんがすでに車で迎えに来てくれているようだった。
「こんにちは、雄飛くん。今日はこの辺で遊んだんだって? いつも華怜と遊んでくれてありがとうね!」
「こ、こんにちは! 華怜のお母さん。う、うん……今日はこの辺で遊んだんだ。ね、華怜?」
華怜もどうやら茉純さんに嘘をついていたらしく、俺はとっさに合わせて誤魔化す。
「え、えぇ……。そうなの。今日はこの辺で遊んでたの」
茉純さんはそんな俺たちの様子を少し不思議そうに見ていたけど、特に追及することもなく、華怜に車に乗るように言った。送っていこうか? と尋ねられたけど、父さんが来るので大丈夫ですと返した。そして、母さんから預かっているお土産を茉純さんに手渡す。
「まぁ! 舞歌さんから?」
「はい、いつも僕がお世話になってるからって! また、華怜ちゃんと一緒に遊びに来てくださいって言ってました!」
茉純さんは優しく微笑み、俺の頭を撫でる。
「そう、ありがとう。今度また、お礼させてくださいね、とお母さんに伝えてね?」
華怜は茉純さんの車に乗り込むと、こちらに手を振る。今日はいろいろとあったけど、華怜と一緒に冒険してるみたいで楽しかったな。
「雄飛くん、今日は楽しかったよ~! また明後日ね~!」
「うん、また明後日ね~!」
彼女を乗せた茉純さんの車が遠ざかっていくのを、手を振って見送るのだった。
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