第14話「雄飛の能力 ~魅了と精力~」

「はじめまして、種吉雄飛です」

「ふむ、倉城……じゃなくて華怜からある程度電話で聞いているよ。さて、さっそく君の能力を調べてみようか? 時間が無いのはお互い様だろうからね」

 その言葉に少し緊張して、華怜の方に視線を向けると、彼女は大丈夫だとうなずいている。


 俺は入間さんに案内されて、彼女のあとについて行く。

 歩きながら周りを見て実感する。上の廃屋からは想像も付かないほどの広さだ。それに見たこともない設備や薬品、水槽なんかもある。

 彼女はいったい何者なんだろうか……。それにこの電力はどこから引っ張ってきているのだろうか……。そもそもどうやってこんな施設を作ったのだろうか……。

 疑問は尽きなかったけど、今はそのことよりも自分の能力について知ることが最優先事項だ。



「さて、じゃあまずは能力の簡単なチェックをさせてもらうよ。準備はいいかい?」

 彼女はそう言って、俺を大きな機械の前に座らせるとキーボードのような物をカタカタと操作していく。するとその機械から光の帯のようなものが出てきた。それは俺の体に巻き付くように動き、まるでスキャンをしているかのような感じだ。

「な、なんだこれ——!?」

 心で発したはずが思わず声になる。まるでアニメや映画で見るレーザースキャンのようだ。


「ふむ、君の能力は"魅了みりょう"と……。ほぅ……これはこれは……」

 入間さんは興味深そうに俺のデータを見ている。

「ククク……。いや、笑ってすまないね。苦労する能力を身に着けているなと思ってね」

 入間さんは意味深なことを言う。

「え……? それってどういうことですか?」

 俺がそう聞くと彼女は、キーボードを操作しながら答えた。

「そのままの意味だよ? 君の1つ目の能力の"魅了"は、周囲の人間を虜にする力だ。もう1つの能力は"精力せいりょく"だ。止めどなく湧き上がるリビドーを力に変える。これら2つの能力は、君が成長するにつれて強くなっていくだろう」

 彼女はそこまで言うと、俺の目を見つめる。

「雄飛くん。君はこれらの能力によって、苦労することになるかもしれないよ? いや……もうある程度は経験済みかな?」


 彼女の言葉に俺は俯く。スーパーでの誘拐未遂事件や、ショッピングモールでの3人の女性によるつきまとい、首飾りを忘れた日の十数人の女性による学校へのつきまとい、そして最近では、首飾りをしていても女性からの視線が気になるようになってきたことを思い出す。

「俺には……どうしても叶えたい願いがあって……。そのためにも力に飲まれるわけにはいかないんです。……一体どうすればいいんですか?」

 俺は顔を上げて、見上げながら質問する。


「ふむ、そうだね……。まずは能力の制御から始めるといいだろう。君はまだ自分の能力を完全には理解していないようだし」

 彼女はそう言うとキーボードを操作して、俺のデータが表示されているであろう画面を俺に見せる。

「これは……?」

 画面には、"魅了"、"精力"の説明らしき文章が書かれていた。彼女はそれを読み上げて説明してくれた。



 まず、どうやら俺の魅了の能力は、それなりに高いレベルにあるらしく、既に結婚していたり誰かに明確な好意を抱いたりしていない異性は、無意識に俺に好意を抱くようになってしまうらしい。

 つまり、簡単に言えば俺は、この能力があることで何をしなくてもモテてしまうということのようだ。

 ただもっと強力な魅了は、心に決めた相手がいる場合であっても問答無用で惚れさせてしまったり、異性のみならず性別問わずに魅了してしまったりするらしい。

 そして魅了の能力の最高レベルは世界中に影響を及ぼし、異種族や動物など生きとし生ける全てを魅了してしまい、その魅了の持ち主を巡って人同士や国同士で殺し合いが起こるレベルとのことだった。

 ここまで来ると、魅了した相手の正常な思考すら奪い、その能力者が存在するだけで世界が狂ってしまう。

 俺の魅了は本来そこまで強力ではないものの、母さん似の整った容姿が魅了のレベルを引き上げているのと、2つ目の能力の影響で少し変質しているのだという。


 その2つ目の能力である精力は、リビドーの高まりを肉体・精神に還元する能力らしい。

 様々な欲求を発散させずに溜めれば溜めるほどその間の運動能力や思考能力の向上、感覚神経を鋭敏化えいびんかさせる効果があるのだという。

 本来であれば、この精力の能力は、我慢すれば我慢するだけ能力が向上するため、(倫理的な問題やスポーツマンシップの問題を度外視した場合)戦場で戦う兵士やスポーツ選手としては理想的な能力になる。


 しかし、俺の場合、"魅了"と"精力"の能力が互いに干渉し合い、通常よりも遥かに性的な側面に傾いてしまっているらしい。その結果として、俺自身は精神的な疲労や肉体的な疲労を感じにくくなるばかりか、尽きることのない性的欲求と衝動に絶えず苦しめられることになる。

 そして魅了される者は、俺に対して純粋な恋心だけでなく、生物としてもっと本能的な欲求を抱くことになるのだという。……つまり1人の女性としてではなく人間という種族の雌として、俺という雄の遺伝子を自分の子宮に宿すことを望むようになってしまうというのだ。

 もちろん本来の能力としての側面も持っているが、俺の場合はこっちの方が強くなっているらしい。


 その結果として俺は、常に異性から性的な対象として見られてしまうことになり、常に多くの女性から肉体的・精神的なアプローチを受け続けることになるのだそうだ。

 幸いなことに、結婚している人や、心に強く決めた相手がいる人には影響を及ぼさないらしいが、それでも能力の組み合わせのせいで本来より効力が強くなっているため、きちんと制御できるようにならないと普通の生活は送れないだろうとのことだった。



「本当に興味深い組み合わせだね。まぁ、君にとっては大変だろうけどね」

 入間さんがキーボードを操作しながら話している。

 俺は彼女の話を聞いて、こんな強力な能力を本当に制御できるようになるのか不安を感じ始めていた。

 前世ではついに一度も女性との深い交わりが無かった俺が、簡単に異性を魅了できる能力を手に入れてしまったのだ。

 今はまだ自分自身、能力を否定することができるけど、思春期になったら? 大人になったら? ……俺は、本当にこの能力を制御できるのだろうか?


「とりあえずは華怜にあらためて感謝することだ。もしも彼女の抑制の能力が無ければ、雄飛くんは今頃、誰かにひっそりと誘拐されているか、暴徒と化した女性の集団に乱暴されているかしていただろうからね」

 入間さんは俺の目を見ながらそう言った。その言葉に寒気がした。……たしかに華怜がいなかったら、俺は本当にどうなっていただろう? 彼女は俺の命の恩人なんだ。


「華怜、ありがとう。本当に」

「い、いいのよ別に! 転生者として後輩を助けられるのに助けなかったら、私の寝覚めが悪いってだけなんだから!」

 彼女は少し照れたようにそう言った。本当に感謝してもしきれないことだと思う。

「まぁ、そう悲観したものでもないよ。君の能力は強力だが、まだ完全に覚醒しているわけではないからね。今のうちにコントロールできるようになればいいのさ」

 入間さんが、パソコンで何かを調べながら言う。


「そうですよね。じゃあ……」

と俺が言いかけたところで彼女は言葉を続けた。

「ただし、君の能力の組み合わせは非常に特殊でね。前例が無いんだ」

 俺はその言葉にゴクリと唾を飲む。前例が無いということは、制御も難しいのでは? 俺の頭に、再び不安がよぎる。

 だが入間さんは、そんな俺の緊張を解くように続けた。

「だからこそ、今集めた君のデータと私の持つデータベースを参照し、制御の方法を構築中なんだ。……なに、心配はいらないよ? 私は自他共に認める天才なんだ」

 俺は彼女の言葉に少しだけホッとする。自分自身を天才と言い切る彼女が心強く感じられたのだ。



「さて、さっそく制御の方法案が作成されたようだ」

 空間に浮かんだ映像で出来たような紙に入間さんが触れると、それは本物の紙になった。

「ふぅん。あんまり難しいことは無さそうだ。……普通の人なら、ね」

 入間さんはそう言うと、白衣の胸元からペンを取り出してその紙に何かを書き込み始めた。

 少しして書き終えた紙を俺に手渡す入間さん。

 そこには、禁欲の仕方とその日数を記録する欄が記されていた。


 ……え? えっと、これは?

「うん? 見ての通りだよ。禁欲の方法と、その期間を記録するんだ」

 入間さんは笑顔で言う。……え? それだけ? 俺は拍子抜けしてしまった。もっと難しい訓練をさせられると思っていたからだ。

 呆気にとられる俺よりも先に入間さんを問いただしたのは、華怜だった。

「ちょっ、ちょっと入間! あんたふざけてるの? こんなののどこが制御の鍛錬になるっていうのよ! 私の時より全然手抜きじゃない!?」

「ふざけてなんかいないとも。たしかに君の時とは違う方法だけど、それは当然だろう? 彼の能力は、魅了と精力。君の能力とはまったく違う。能力が違えば鍛錬の方法も異なる。至極当然の理屈だよ」

「う……。た、確かにそうだけど……」

 華怜はその言葉に渋々納得したようだった。

 そんな彼女を見て満足げに微笑むと、入間さんは再度口を開いた。


「さて雄飛くん、話を続けよう。この鍛錬を続けていけば、自分の意思で精力の使いどころをコントロールできるようになるはず。その紙が無くなる頃に、その都度私に経過を報告しに来て欲しいんだ。できそうかな? 雄飛くん?」

 俺は入間さんの言葉にうなずいた。それを見た彼女もうなずき返すと、続ける。

「今のは君の、精力の能力制御の仕方についてだ。もう1つの魅了についてなんだが……。残念だけど、いくら鍛錬しても魅了を自分自身でコントロールすることはできないんだ。これは魅了の能力が、君の意思とは無関係に君自身の魅力を高めている常時発動能力だからなんだけどね」


「でも……。それじゃあ……」

 俺がそう言いかけたところで入間さんが続けた。

「大丈夫、安心していい。コントロールはできないけど、制御することはできる。華怜が君にあげた抑制の首飾りのようにね。……っと、さっそく完成したようだね」

 入間さんは、俺たちがここに入って来た時に調合していた試験管を持ってくると、そこに粉末状のものをいれて混ぜ合わせる。俺には何が何だかわからないけど、華怜もどうやら同じようだった。

 それを小さい丸型の容器に次々と注入していき、何かの装置にセットする入間さん。白い煙が出て来て、少し離れた場所にいる俺にも冷気が伝わってくる。どうやらあれは急速冷却装置のようなものらしい。


「よし、これでOKだ。さぁ見てごらん? これが君の魅了の能力を抑える薬だよ」

 入間さんはそう言って、俺に透明な錠剤のような薬を見せる。

「これを一粒飲めば、君の意思とは関係なく異性を虜にする力は発動しなくなる。この薬は華怜の抑制とは違って、君の能力を完全に封じ込めるものだ。薬が効いている間は、能力は発揮されないんだ」

「え、じゃあ……」

「そう、君は普通の生活に戻れるんだ。この薬は1週間に1度飲めばいいだろう。ちょうど、さっき渡した禁欲コントロール鍛錬の用紙が埋まる頃と同じくらいに無くなるだろうから、またその時に渡そう」

 俺はその薬を受け取ると、それを大切にポケットにしまった。これでやっと普通の生活を送れる! そう思うと自然と笑みが零れる。そんな俺を見て、華怜も安心したように微笑んだ。


「あ、そうそう。華怜からもらった首飾りは今後も持ち歩いた方がいいだろう。もしも薬を飲み忘れたり、不意の災害なんかで立ち往生している間に薬の効果が切れたりした場合に、その首飾りがあると無いのとでは全然違うからね。……さて、これで一旦私の話は終わりだよ」

 入間さんは、薬を機械にセットして包装させながら俺にそう告げた。

「ありがとうございます。詳しく教えてくれて……」

 俺がそう言うと、彼女は

「いやいや、いいのさ。新しいタイプの組み合わせを発見できたことは、私にとってもよい発見だ」

と、笑みを浮かべるのだった。

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